宗教化してしまった方が早いかもしれない

こんにちは。現在大学4回生を休学してワーキングホリデーとしてカナダに住んでいますAKIです。


宗教化してしまった方が早いかもしれない。

こう考え出したのは、僕が大学を中退しようと考え始めたころです。

今思うとこのころは誰にもこのことを相談していなかったら、本当に辞めていたかもしれません。

それくらい自分の中で、強い意志を持っていました。ある種の宗教みな異なものです。


大学をなぜやめようと思ったのか、最大の理由は

大学の名前で甘えたくなかったから。


確かに僕が通っている大学は国立なので卒業すれば、間違いなく世間で言われる良い就職ができるだろう。

だが、それが本当に自分が望んでいることなのかと考えると、違いました。

大学を辞めようと思っていたころはすでにしたいことは決まっていたので、そのしたいことが大学にあるのかと自分に何度も問うていた。


なかった。

しかし、もし自分のしたいことが失敗してしまったら、、、、

と考えたくなかったのです。ていうか


失敗?そんなもの自分には存在しない。

完全に自分の脳を自らで洗脳し、宗教化させました。


失敗を恐れていたら、絶対に成長できないと思います。

なので、保険なんか自分には必要ないと本気で思っていました。


ここまで描いたことことからいくと、大学を中退する勢いでしたが

結局辞めずに、もう1年休学することにしました。


なぜかと言いますと、国際協力の分野でまだ大学が必要だとわかったこと、まだ学生である必要があるということ(※原貫太さんの学生チームの条件)、さらにもし大学を辞めると、奨学金の返済が開始してしまうということです。

そこが唯一現実に戻った部分です。

しかし、一つ言えるのが、失敗した時の保険として大学を残したわけではないということです。大学の本来の意味をこの時再確認できました。


大学は就職するためにあるものでないと。


一つは、時間を作れる場所。

一つは、したいことに向かって足掻く場所。

一つは、失敗する(部分的成功)場所。


この3つがそろったとき、人は急激に成長できると思います。

さらに言うと、これは大学に限らず、自分で作ることも可能だと思います。

これらの環境(場所)を自分で作ることができれば、常に成長し続けることができます。


社会人になってもこれらの環境を作れる人は自由に生きることができるんだろうなと、22歳のまだ社会人を経験してない僕は思ってしまいました。(※だいぶ生意気w)

この考えも自分の中のある種の宗教ですね。


というように、自分の中であらゆる考えを宗教化すると、自分の考えも明確になりますし、思考もさらに深まります。

相手の意見を取り入れることももちろん大事ですが、前提として、自分の意見を明確化しておくこと、それを相手に上手く伝えることも大事です。


宗教化。

お勧めしますw


今日はここまでにしたいと思います。

次回もよろしくお願いいたします。







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