you said




ボールペンをもらった。
これはあの人が使っていたものだけど、そっと気付かれないようにもらった。
白のシャツの肩のライン。
腕捲りをした肘もと。
少し汗が滴る襟足。
笑うときにすっと細くよれる目元。
開けかけの缶ジュース。
ふっと彼がこちらを見る。
手を挙げる。
「あ…」
吐息が溢れた。
椅子を引いて、こちらへ。こちらへ。
心臓がどくどくする。
わたしは、わたしは、どうしたら。
目を瞑る。惹かれる。彼に集中する。
わたしが彼になる。
なんていう? なんておもう?
どういうふうに言葉を広げるの?
どうやって吐き出すの?
流れる。緩い時間が過ぎていく。
脳から溢れる甘い味に酔う。
「ねえ」
それは私の声か、彼の声か。
届く、と思った。
今なら、私の手は貴方に触れることができる。
だいじょうぶ。私は貴方になれる。
一緒で居られる。
伸ばした手が光に当てられて反射する。
その反射が彼の綺麗な横顔をなぞる。
触れる、ただそれだけでいい。
わたしは、忘れることができるから。

瞬間。透き通った指は、柔く落ちる。
獲れるはずだった。
だって、彼は、わたしの。

後ろの方で、彼の声がした。
少し低くてぬるい声。
ゆっくりとした足音。

それで、わたしの恋は終わり。

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