メモ:Dworkin, G. (1988). Is more choice better than less?

 Dworkin, G. (1988). Is more choice better than less? In The Theory and Practice of Autonomy (Cambridge Studies in Philosophy, pp. 62-82). Cambridge: Cambridge University Press. doi:10.1017/CBO9780511625206.006

今回の5章は、個人的に理論編で一番面白かった章。ヒトの血液の売買は認められるか?など生命と市場と技術の倫理にまつわる具体例を扱いながら議論が進むのも面白いポイント。
同書の1章のメモは以下。

ch.5 Is more choice better than less?

やること
合理的個人にとって、より多い選択肢はより少ない選択肢よりも常に好ましいという想定を吟味する。諸々の厚生経済学者の他に、政治哲学者の間でも一般的な想定。ロールズもノージックもこの想定は共有している。しかし、この原則の限界をより正確に判断するだけでなく、それが当てはまる状況での正当性の理解を深める必要がある。本論文では、選択肢が増えることが必ずしも望ましいわけではなく、追加の選択肢とコストの関係が、選択肢の一般的特徴、あるいは特定の選択肢の内在的intrinsic特徴のどちらかを反映している場合があることを紹介する。
定義「選択肢が増える」
⑴ 既存の選択肢集合に更に少なくとも一つの選択肢を付け加えること。
*たまたまより大きい disjoint な選択肢集合は本論文の射程に入らないとあるが、このdisjointな選択肢集合というのが、いまいち理解できていない。
⑵ 選択肢を増やすことによって、自分の欲しいものが手に入る可能性が低くなる場合は、本論文への反例にはならない。
⑶ 選択肢の多寡は「他のことが全て等しいなら」で理解されるべき。
選択肢が増えることが必ずしも良いとは言えない場合
選択肢の拡張が選択自体へ影響する場合→①〜④
選択肢の拡張が厚生を下げる場合→⑤
選択肢の制限が共同的な道徳に寄与している場合→⑥
選択肢の制限が長期的には合理的な場合→⑦

①DECISION-MAKING COSTS

「意思決定のコスト」
取引費用の概念に注目。このようなコストは様々だが、何かを買う時のことを考えてみよう。選択肢が増えるほど、多くの情報、比較や判断が必要になる。
また、関係がある情報を入手するコストもある。取引を代理人に授権することもできるが、今度は代理人が信頼できるかという問題が生じる。
加えて、決断したことによる精神的なコストもある。これでよかったのか??と悩むことになる。
*脚注8が面白い。法律が市場規制をすることで、消費者が必要な情報量を減らすという面を指摘している。

②RESPONSIBILITY FOR CHOICE

「選択への責任」
・運命や変化、他の行為者の決定に未来を任せるのではなく、何か行為し、世界に変化をもたらすときには、責任が生じる。
・実際、自分に選択肢があることに気づけば、今選択しなかったことも、自分にとって不利になる。選択できるようになる以前には私に責任がなかったような出来事に対しても、選択肢が増えれば、私は責任を負い、責任を負わされるようになる。そして、責任があるという事実によって、「責任ある」"responsible"選択をしなければならないという(社会的、法的)プレッシャーが生じる。
・例として、出生前診断が挙げられる。また、脚注10では エホバの証人に救命のための輸血を強制した裁判所の判断が挙げられる。つまり、血液そのものの選択はそもそもできないので、患者の信教の自由は妨げられないと判断した。

③PRESSURE TO CONFORM

「同意への圧力」
・新たな選択の可能性が生まれると、社会に同意するような選択肢を選ぶばなかった場合に、その選択をした人に社会的、法的制裁が加えられる可能性が出てくる。
・例として、子どもの性別が選べるときに、社会的に不利な方の性別を選ぶと、それを選んだこと自体が制裁の対象になる。そのような圧力のもとでは、単に好きな方を選べばよいという問題には縮減できない選択の状況が生まれる。

④EXERCISE OF CHOICE

「選択の実行」
この節はヒトの血液の売買の例を取り上げながら進む。結論を先に示すと、売買が可能になるという新しい選択肢ができることによって、贈与するという既存の選択肢の性質が変化することを無視してはならないと指摘される。ある選択肢の存在は、特にそれが実行されるか否かに関わらず、当初の状況を変える。

⑤INCREASED CHOICES AND WELFARE DECLINE

「選択の増加と厚生の低下」
選択肢の増加が厚生の低下につながるような場合をいくつか挙げる。
・お見合い結婚を放棄したことで、結婚相手を見つける場面での幸運serendipityが失われた。
・特定の選択肢を相手に利用させたくないという戦略的理由がある場合。
*オニールの「あなたが拒否できない申し出は何か」をちょっと連想したが、それよりも一般的な(あなたに注目しない)話をしている。
・prisoners' dilemma situationsなど、選択肢が相互依存的な場合。このような場合には個人がより多くの選択肢を持つべきかどうかという問題は、より大きな集団が同様にこれらの選択肢を持つべきかどうかという問題と同じになる。普遍性が要求される。これは、理論的にはmore chioce想定への反論にはならないが、実践的には反論になり得る。公平性や効率性、政治的現実を考慮し、私たちの選択肢に関連性を持たせる必要がある場合、他者が同様に追加的な選択肢を持つことによる個人への影響を無視することはできない。
・この事実から、ロールズの基本財としての自由に対しての批判ができる。自由の価値は全ての人にとって等しいわけではない。全ての人の自由が等しく拡大すると、状況がより悪くなる人がいる。公平ではない。

⑥MORALITY AND CHOICE

「道徳と選択」
・その人がそれを利用する意図があろうとなかろうと、その人が選択肢を持っていることがすでに道徳的に重要significantである。
例:特定の人が徴兵制度からの免除を購入できるのは公平fairではない。
・選択肢を限定することには、道徳的関係を象徴したり、押し出したりする役割がある。互いに特定の選択肢を放棄し合う。(ただし、共同性を維持する方法はこれに限定はされない。)
例:結婚における貞操観念

⑦PATERNALISM

「パターナリズム」
ある選択をすることが長期的な利益の観点から有害であることをあらかじめ認識しているという理由で、個人がある選択をする可能性を排するrejectことが合理的な場合がある。この議論が、薬物法、民事収容手続き、社会保障規定に適用できることは明白。
*詳しい議論はGerald Dworkin, "Paternalism," Monist, 56 (January 1972), 64-84.を読んでねという扱い。

CAUTIONS

「注意」
①(ある条件下で)個人がある選択肢を持たないことを好む preferかもしれないが、その選択肢がある場合に、その行使を控える(あるいは控えるべきである)とはならない。様々な理由から、その選択肢を行使することが合理的である場合もある。
②例の中には選択肢を制限する道具として国家が関わっているものもあるが、必ずしも国家が選択肢の制限に最も適した主体だとは考えない。選択を制限するための適切なメカニズムの問題は、特定の選択、関係する個人の性質、管理上のコストなどについての知識がなければ決定できない。
③特定の選択において選択が制限されることが合理的だからといって、行為者の意思に反して他者が強制することが導かれるわけではない。問題は、強制が正当化されるかを決めるときに、個人の最大の利害に何が関係するかであり、それは包括的に決されることはない。

THE VALUE OF CHOICE

「選択の価値」
選択には道具的価値と内在的価値がある。どちらの価値も、選択肢が少ないより多い方が常に好ましいと いう見方を支持するものではない。選択の領域で重要なのは、わたしたちが”enough is enough.”と結論づけること。
道具的価値
①自身の欲求を満たす蓋然性を上げることで、個人の厚生を上げる。
・選択肢が増えると、欲求充足の蓋然性が上がるというのは、世界に存在する選択肢の内容や自身が持つ選好の内容に依存した偶発的な事実contingent fact。追加的な選択肢には、より好ましい点があるかもしれない。
・それでは、所与の選好からして特により好ましいところがない選択肢は無駄なのか?そうではない。選好は変化するかもしれないし、選択肢が増えることで、変化した選好をよりよく満たせるかもしれない。
・選択することそのものに満足する。
②特定の性格特性を発達させるには、選択実践が必要になる。
・例えば、自分に自信を持ちたいなら、受け身でいるより、自ら選択することが必要かもしれない。
③選択を通して自分自身を知る。
・例えば、自分が軽率なのか臆病なのか、勇気があるのか卑怯なのかは、ある特定の状況下で自分がどのような選択をするのかを見ることによってわかる。
内在的価値
・道具的な価値は経験則に過ぎず、新しい情報や選択肢はいらないと人々が考えるだろうという経験則も同様にある。一方で、選択には本質的な価値があり、それ自体が望ましいという考え方はより強力。
①本質的な価値を持つのは、選択肢があることではなく、選択が可能な生物であると認識されること。
*ここでthe infinite divisibility of utilityがわからないおかげで、a proof that having choices cannot be intrinsically valuableという結構重要な論証が読めてない。誰か助けて。
②選択には、人の善き生における構成的価値がある。
構成的価値の意味は「選択の因果関係や選択それ自体の価値ではなく、それ自体が価値あるより大きな複合体を構成するものとして価値がある」ということ。人が決断を下し、その責任を引き受けるような人、あるいは人生設計を選択し展開するような人になりたければ、選択は、それが生み出すものでもそれ自体でもなく、ある良い理想を構成するものとして、評価される。



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