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監物稔浩の引退に寄せて

横山 茂嘉(おかやま山陽高校教)

東京マラソンという縁が千載一遇の巡り合わせとなった。

2007年に始まった第1回東京マラソンは、五輪2大会連続メダリスト有森裕子の現役選手ラストランであった。また、陸上界のホープ新谷仁美も初マラソンで、このレースを走り初代女王になっていた。新谷はそこから15年の歳月を経て10000mで五輪を2度経験し、今度は選手生活の集大成としてマラソンで2024パリ五輪の挑戦を表明。その出発点には当然のように東京マラソン2022を指名した。そして、岡山県出身者最速マラソンランナー監物稔浩選手は現役最後の路を東京マラソンとすることを決意した。新谷と監物は岡山県総社東中学校陸上競技部出身。2022年3月6日9時10分スタート。ふたりはそれぞれの道を走る。

有森裕子 1966年12月17日 岡山県岡山市出身(岡北中学〜就実高校〜日本体育大学~リクルートを経て、現在は(株)アニモ、日体大客員教授、日本陸上競技連盟理事等)岡北中学校ではバスケットボール部に所属。就実高校から陸上競技を本格的に始めるも、インターハイは未経験。日体大で地力をつけて関東学生対校選手権3000m2位、全日本大学女子駅伝では区間賞を獲得。自問自答の末、「このままでは終われない。」と教師の道を変更して最強軍団リクルートの門を叩く。実業団で不屈の精神が実を結びマラソンで大輪の花を咲かせる。1992バルセロナ五輪で銀、1996アトランタ五輪では銅メダルを獲得した。最後のオリンピック後のインタビューでの「メダルの色は銅かもしれませんが、初めて自分で自分を褒めたい。」の言葉はあまりにも印象的だった。

新谷仁美 1988年2月26日 岡山県総社市出身(総社東中学〜興譲館高校〜豊田自動織機を経て、現在は積水化学)総社東中学校で競技者としての基礎を学び、駅伝の名門興譲館高校に入学した。その年の師走、陸上界に衝撃が走った。全国高校女子駅伝1区区間賞、15歳の少女は『飛び出したワンダーガール』と評された。以降、3年連続1区区間賞と無類の強さを誇った。高校3年でインターハイ優勝、地元岡山国体ではスタートと同時に先頭に立ち、場内総立ちの喝采を浴びながら歓喜のゴール。完璧なレースで女子3000mを制した。

鳴り物入りで実業団に入り、トラックや駅伝で大活躍。社会人7年目の2012ロンドン五輪10000m9位、翌年のモスクワ世界選手権は健闘の5位。しかし、痛めていた右足の回復と自己を見つめ直す時間を必要とし、長い期間陸上競技から離れてしまう。2016リオ五輪は通り過ぎ、千葉から故郷岡山に帰省することもあった。恩師や仲間とのふれあいで、英気を養ったのか…。

新谷は、心のひもを結び直して2020東京五輪を目指す決意を固めた。そして得意の10000mで30分20秒44の驚異的な日本新記録を叩き出し、東京五輪のメダル候補に名乗りをあげた。しかし、新型コロナウイルスの影響で五輪は翌年に延期され、ピークが合わず惨敗を喫する。東京五輪の失速でうつむく時間はあったものの、所属する積水化学は、程よく同年12月に行われる全日本実業団女子駅伝大会での初戴冠を目指しており、目標を達成するためには、自らを含め、選手全員の意識改革は不可欠であった。一致団結、徹底した自己管理と走り込みを実践した結果は悲願達成の大願成就。新谷も駅伝優勝請負人としての使命を果たせ、改めてチームメイトや指導者の有り難みを感じることができた。「多くの人のおかげで走ることができる。」 新谷仁美は心を新たにして、競技人生を歩む。

『帰ってきた東京マラソン2022』 陸上界の不死鳥がパリ五輪に挑む。
 
監物稔浩 1990年6月25日 岡山県総社市出身(総社北小学校〜総社東中学校~おかやま山陽高校~環太平洋大学~現在はNTT西日本)。総社北小学校6年のとき、情熱あふれる先生が津山学童記録会に引率したことが原点だ。総社東中学校、おかやま山陽高校時代、観衆は騒めいた。「あの選手のスピードはどこまで続くのだろうか」スタートから常に先頭を走るフロントランナーが専売特許。監物のレースは輝ける未来への可能性を感じさせた。環太平洋大学に進み、その健脚がトラックに映える日が訪れた。『フロントランナー、花開く』全日本学生個人選手権1500m優勝。全日本学生対校選手権3位、日本選手権8位と全国レベルに到達。NTT西日本入社後も、全日本実業団選手権1500m日本人1位、日本選手権3位、全日本実業団の日本代表に選抜されヨーロッパ遠征。また、全日本実業団ニューイヤー駅伝ではインターナショナル区間専門の選手としてチームを支えた。

自己最高記録、1500m3分42秒69、5000m13分47秒59、10000m28分46秒31は、いずれも岡山県歴代記録の上位にランクされ、2021年にはマラソンで2時間12分41秒の岡山県出身者最高記録を樹立。このレースの通過記録、25km1時間14分56秒、30km1時間30分03秒は岡山県歴代1位。 競技生活20年、現役選手としてのラストラン。

『完全燃焼、東京マラソン2022』 監物稔浩が行幸(ぎょうこう・みゆき)通りを駆け抜ける。

3/6追記

監物は最後のマラソンを2時間10分29秒の自己ベストで走り、パリ五輪を目指す新谷も2時間21分27秒の自己新で走破し、MGCの参加資格を得た。このタイムはいずれも岡山県新記録に相当する。

私は、監物の最後の勇姿を目に焼き付けようと上京した。13km、30km、41kmで声を掛けることができた。「東京に来てよかった。」と思える瞬間だった。

一番驚いたことは、テレビ放映で監物がフィニッシュするとき、なんと「一山、新谷、勝負です。」と、女子の先頭争いの話題が出た。新谷と監物は共に総社東中学校。この瞬間にふたりの名前が…。奇跡ではないかと思った。

ユニフォームを脱ぐ選手、パリ五輪を目指す選手。しかし、どの道、自分との勝負、人生はスタートの連続。新谷と監物は、これからも、それぞれの道を一生懸命ひた走る。

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