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大学入試センター「試作問題」の分析

植原啓介(慶應義塾大学)

 2022年11月9日に大学入試センターが,2025年度入試から新しく導入される予定の科目である「情報I」の試作問題を公表しました.これまでにもサンプル問題などが公表されていましたが,今回は実際の試験時間である60分を想定した問題セットが公開されています.合わせて経過措置として実施される「旧情報(仮)」の問題セットも公表されています.ここでは注目度の高い「情報I」の問題を対象として,問題セットを分析してみたいと思います.

大学で学ぶ準備としての「情報I」の大学入学共通テストへの導入

 実際に問題セットを確認する前に,そもそも大学入学共通テストにおける「情報I」の位置づけについて確認しておきます.

 高校教科「情報」の大学入学共通テストへの導入は,情報の専門家のみを想定したものではなく,大学で学ぶための基本的なスキルの一つとして捉えられています.このことは,大学入試センターが2021年3月24日付で発表した「平成30年告示高等学校学習指導要領に対応した令和7年度大学入学共通テストからの出題教科・科目について」において,「情報Ⅰ」が必履修科目として設定されていることを根拠に,実施科目を「情報I」としていることからもうかがえます.「情報I」を実施科目としているということは,すべての高校生が学ぶべきスキルの習得度を測ろうとしているということです.また,国立大学協会は「2024年度以降の国立大学の入学者選抜制度 ─国立大学協会の基本方針─」において,「国立大学においても,これからの社会に向けた人材育成の中で,文理を問わず全ての学生が身に付けるべき教養として『数理・データサイエンス・AI教育』が普及しつつある.そのような状況の中で,高大接続の観点からも,『情報』に関する知識については,大学教育を受ける上での必要な基礎的な能力の一つとして位置付けられていくことになる」とし,6教科8科目の原則受験を打ち出しています.このことによって,大学においては「情報I」で学んだことを前提として授業を進めることができるようになります.

 では,「情報I」で学ぶ内容とはどのようなものでしょうか.学習指導要領では「情報I」の内容は下記のとおりとされています.

  1. 情報社会の問題解決

  2. コミュニケーションと情報デザイン

  3. コンピュータとプログラミング

  4. 情報通信ネットワークとデータの活用

 情報科学と呼ばれる分野に限定されたものではなく,情報社会を生きるために必要な内容が網羅されています.

 大学における学びは,あらゆる分野で情報学と密接に関係するようになっています.地理においては地理情報システム(GIS)はもはや必須ですし,情報社会を前提としない法律は今後破綻をきたすでしょう.あらゆる分野で情報学を活用していくために,高校教科「情報」の最低限のスキルの獲得が大学入学の前に必要なのです.

試作問題の構成とその内容

 今回公表された「情報I」の試作問題は,大問4問から構成されています.大学入試センターが公表している問題と内容の関係は図-1のとおりです.

図-1 試作問題の構成(文献1)より)

 出題内容を見ると,学習指導要領にある4つの分野それぞれから出題されていることが分かります.ただし,配点を見ると,第2問Aを2つの分野で按分すると,分野(1)が11.5点,分野(2)が11.5点,分野(3)が46点,分野(4)が31点となっており,より技術的な内容に重きが置かれているように見えます.

 また,思考力・判断力を評価しようとしたためか,全体として文章量が非常に多い印象を持ちます.問題をしっかり読むのはもちろん基本ですが,それだけでもかなりの時間を要するように思います.出題スタイルに慣れておく必要があるかもしれません.

 ここから先は,1問ずつ確認していきましょう.

第1問

 第1問は4つの問いから構成されています.

 問1は,インターネットを利用する際に気をつける点を問うている問題です.この手の話題は受験生も授業にかかわらず小中高と繰り返し聞かされている内容であり,容易に答えることができる問題だということができるでしょう.

 問2はパリティに関する問題です.パリティについて知識があれば簡単に解けると思います.また,パリティについて知識がなかったとしても問題をよく読めば解くことができるでしょう.気をつけなければいけない点としては,パリティの概念と一緒に基数変換のスキルが問われていることです.

 問3は真理値表や論理回路に関する問題です.論理回路は教科書によっては扱っていません.初見だと戸惑うかもしれません.ただ,問題の本質はロジックであり,そこはきっちり学んでおく必要があります.

 問4は情報デザインに関する問題です.「究極の5つの帽子掛け」について直接扱っている教科書はないかもしれませんが,情報の整理について考えたことがあれば,問題文をよく読めばそんなに難しくないのではないでしょうか.

第2問

 第2問はAとBの2つの問題群から構成されています.第2問のAは2022年12月23日に修正が入っていますので,古いファイルをダウンロードしている方は注意が必要です.

 Aは二次元コードに関する問題です.二次元コードは現代社会において身近に使われていながら,普段,あまりその技術について深く考える機会がないものの一つです.ただ,普段から大きいものや小さいものがあったり,セル数の多いものと少ないものがあったりすることにはなんとなく気づいているでしょう.このような題材について情報の観点から問うことは,情報が身近に役立っていることを知り,興味を持って学んでもらうという意味で意義があると考えます.

問1は知的財産権の趣旨を理解しているかを問うている問題です.分野(1)に分類されるものと考えられます.
問2は画像にはラスター画像とベクター画像があることとこの問題を結び付けられれば正解できますが,少々難しいかもしれません.
問3は問題が正しく理解できれば正解することは難しくないでしょう.
問4は二次元コードを見て,文字列がどのように二次元コードに変換されるかのルールを矛盾なく当てはめる論理的思考を問う問題と言えます.

 Bはモデル化とシミュレーションの問題です.正解するためには高校の授業でこの手のシミュレーションをきちんと学んでおくことが必要だと思います.

問1は相対度数や累積相対度数などの比較的難しい言葉が使われており,高校の授業で学んでおく必要があります.また,乱数と累積相対度数をどのように使ってシミュレーションをするかといった知識も学んでおく必要があるでしょう.
問2はグラフが何を表現しているかをきちんと読み取れれば答えることができると思います.
問3はパラメータを変化させたときの結果を正しく推測させる問題です.ある意味,この問題が解けるのであればシミュレーションは不要かもしれません.

第3問

 第3問はプログラミングの問題です.基本的に穴埋め問題となっています.穴埋めの問題についてはロジックを組む能力を確認できないなど否定的な意見もありますが,これまでの「情報関係基礎」のノウハウを活かせるようにしたということでしょうか.また,プログラミング言語もPythonやJavaScriptといった既存のプログラミング言語を使うのではなく,擬似コードを使っています.学習指導要領では学ぶべきプログラミング言語を限定しておらず,発行されている教科書も採用しているプログラミング言語はさまざまです.このことに配慮して,手続き型のプログラミング言語を学んだことがあれば誰でも解けるようなものにしたのだと考えられます.

問1は関数の使い方を問うています.プログラミング学習においては関数が出てくるのは制御文より後になることが一般的ですが,引数や仮引数,返り値まで含めて関数まできちんと学んでおく必要がありそうです.
問2では配列が出てきています.繰り返しや配列について学んでいれば,問題文を読めば解ける問題だと思いますが,逆にいうと配列まで学んでおく必要があるということだと思います.
問3は関数を使ってプログラミングを完成させる問題です.問1と問2が解けるのであれば,それほど難しくないと考えます.

第4問

 第4問はデータ活用の問題です.数学と比べると,可視化したデータを読み解く力の確認に注力しているように見えます.データ分析ツールでは簡単にグラフを作成することができますが,その読み取り方が重要ということでしょうか.

問1はデータそのものからどういう分析が可能かを理解できるか問うている問題です.変数についての理解を問うているとも言えると思います.
問2は箱ひげ図の読み取り問題です.箱ひげ図は数学Iでも出てくるものなので,数学か情報のどちらかできちんと学んでいれば正解できるでしょう.
問3は2つの表の差分のイメージを持つことができるかを問うている問題です.A、BとC、D、Eが組になっていることに気づけば答えやすいでしょう.
問4は「弱い相関」という言葉の意味を知っていれば答えることができるでしょう.
問5は回帰直線と残差に関連する問題です.また,図6では縦軸が残差を平均値0,標準偏差1に変換した「残差の変換値」となっており,深く理解している必要があります.高校の授業においてさまざまな探索的データ分析をする経験が必要でしょう.

学習指導要領の視点からの考察

 ここまで試作問題の内容を見てきましたが,ここでもう一度,学習指導要領の視点から試作問題を検討してみたいと思います.

1. 情報社会の問題解決

 この分野からは,第1問の問1および第2問のAの問1が出題されていました.情報やメディアの特性や法規や制度,情報モラルといったことについては出題されていましたが,情報技術が人や社会に果たす役割と及ぼす影響といったところについては出題がありませんでした.

 また,どちらかというと知識を問うている面が強く,思考力・判断力・表現力等は十分に問えていない印象を受けます.これらについて多肢選択式の問題として出題することは難しいのかもしれません.

2. コミュニケーションと情報デザイン

 この分野からは,第1問の問4と第2問のAの問2から問4が出題されていました.第1問の問4は正に情報デザインの分野からの出題だと思います.一方,第2問は学習指導要領解説にある「その際,情報のデジタル化に関して標本化,量子化,符号化,二進法による表現などを理解するようにする……」という部分からの出題となっています.この分野は学習指導要領に「適切かつ効果的な情報デザインを考える」「表現し,評価し改善する」と説明があるのですが,とくに後者についてはその「表現」に正解がないことが多く,出題が難しいのだと考えられます.学習指導要領解説で高校で学ぶべき内容をきちんと把握し,確実に学習することが重要だと考えられます.

3. コンピュータとプログラミング

 この分野からは,第1問の問3,第2問のB,第3問が出題されており,配点も一番大きくなっています.それぞれの問題は学習指導要領の(ア)(イ)(ウ)に対応しており,学習指導要領からまんべんなく出題されていることが分かります.出題も比較的しやすい分野で,今後も出題の中心になるのではないかと考えられます.

4. 情報通信ネットワークとデータの活用

 この分野からは,第1問の問2および第4問が出題されています.第1問の問2が情報通信ネットワークの仕組み,第4問がデータを分析する方法に関するものです.ただし,第1問の問2の半分は基数変換であり,分野2に属するものと考えられます.学習指導要領ではこの分野には,プロトコルや情報セキュリティ,インターネットを使った情報の収集,情報の蓄積・管理なども含まれており,今回の問題セットではデータ分析に重きが置かれている印象があります.今後はデータ分析のほかにインターネットやデータベースなどの問題も出てくるものと考えます.

試作問題の全体バランス

 以上,2022年11月9日に公表された試作問題の個々の問題に関する考察および学習指導要領の視点からの考察をしてきました.今回の試作問題では,学習指導要領の4つの分野からまんべんなく出題されていることが確認できました.一方で,技術寄りの問題が多く配点が高いこと,情報通信ネットワークとデータの活用の分野からは偏って出題されていることが見て取れました.まだ1つの問題セットが公開された段階であり,年によって出題のバランスが多少変化することが想定されます.いずれにせよ,学習指導要領あるいはその解説をしっかり確認しながら,教科書を使って学ぶべきことをしっかり学んでいれば点数がとれる問題であったと思います.

参考文献
1)大学入試センター:令和7年度大学入学共通テスト試作問題「情報」の概要(2022年11月9日).

(2023年1月3日受付)
(2023年1月12日note公開)

植原啓介(正会員)
慶應義塾大学環境情報学部教授.2000年3月慶應義塾大学政策・メディア研究科後期博士課程を単位取得退学.2003年3月,慶應義塾大学より博士(政策・メディア)の学位を授与.慶應義塾大学において研究員,助手,特任教員などを経て,2022年より現職.専門はインターネット,コンピュータサイエンス,高度道路交通システム(ITS),地理位置情報システムなど.

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