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極私的合同座談会:ドラえもんと私と研究

五十嵐悠紀(お茶の水女子大学)
伊藤雄一(青山学院大学)
稲見昌彦(東京大学)
永谷直久(京都産業大学)

 情報処理学会,日本バーチャルリアリティ学会,ヒューマンインタフェース学会の3学会から代表者が集まり,『ドラえもん』を題材にとことん語り合う座談会を開催した.情報処理学会からは学会誌編集長の五十嵐悠紀氏,日本バーチャルリアリティ学会からは学会誌編集委員長の永谷直久氏,そして両学会の理事を務める稲見昌彦氏を迎え,ヒューマンインタフェース学会誌副編集長の伊藤雄一氏が司会を担当した.いずれ劣らぬドラえもんフリークたちが,自身のキャリアや研究とのかかわり,好きなひみつ道具から日本の研究にもたらした影響まで,思いの丈を存分に語り尽くした.(構成:今井拓司=ライター)

座談会の様子.東京大学先端科学技術研究センター稲見・門内研究室にて

ドラえもんとキャリア

伊藤 本日は,僕らが小さい頃から親しんできたドラえもんと,情報処理やヒューマンインタフェースへの影響という観点で,いろいろお話をうかがいたいと思います.まずは「あなたとドラえもん」について.ドラえもんが,みなさんのキャリアに与えた影響や ,みなさんから見たドラえもんとはどういうものだったのかをお一人ずつお聞かせください.

伊藤雄一(ヒューマンインタフェース学会理事・会誌委員会副委員長)

稲見 私はドラえもんのコミックが家にあって,2番目に見に行った映画が 『のび太の宇宙開拓史』だったんですね.ジャイアンが優しかったりして楽しく見たんですけど,今思い返すとちょっと今の研究にかかわっているところもありました.
 普通のドラえもんの話では,出してもらった道具をのび太が使いこなして,うまくいったり失敗したりしますよね.もちろん『のび太の宇宙開拓史』でも道具は出てくるんですけど,重力が小さい惑星「コーヤコーヤ星」が舞台で,のび太がスーパーヒーローになるんですね.もともと体力があるとかスポーツが得意とかじゃなかったのび太が,星が変わると スーパーヒーローになって,喧嘩も強いしみんなから信頼されている.私もコーヤコーヤ星に行きたいなと思ったものです.その後,バーチャルリアリティ(VR)を最初見た時に「コーヤコーヤ星だ」と思ったし,「これは『もしもボックス』そのものじゃん」とも思いました.
 もちろん,道具自体も魅力的でしたよね.のび太みたいにスポーツができなくても,道具が手に入れば活躍できるかもしれない.それでテクノロジーにも興味を持つようになりました.

稲見昌彦(日本バーチャルリアリティ学会理事,情報処理学会理事)

永谷 私も小学校低学年のときにドラえもんを見て,他のアニメとは違ってすごく心に残りました.私が一番最初に見た大長編は『のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)』で,VHSソフトが擦り切れるくらい好きでした.小学校の卒業文集に「将来はドラえもんを作る科学者になる」って書いたくらいです.本当は今の年齢で宇宙旅行してるはずだったんですけど(笑).
 もう,ドラえもんは「経典」のような感じですね.「ドラえもんを作るには博士にならなくちゃいけない」とか,今でもライフワークはドラえもんを作ることだと考えているんですけど,一人では作れないので「色んな人とコラボレーションしないとまず無理だろうな」とか.キャリアというか,人生に大きく影響を与えました.

永谷直久(日本バーチャルリアリティ学会学会誌委員会委員長)

五十嵐 私は,初めて自分の本棚に置けた漫画がドラえもんだったんですよね.自分の家では漫画を買ってもらえなかったんですが,向かいに住んでいたお姉さんが引越す時に,ドラえもんをバサッといただいたんですよ.
 読んでるうちにやっぱり夢中になって.コミックの絵と文字で表現するところ,それがテレビの中でカラーで動いているところ,その中の道具の幅広さ.しかも道具を使いこなす時に,必ずしも成功するわけじゃないんですよね.失敗したり,そこから学んだりしながらストーリーが進んでいく.そのあたりが,すごく印象に残ったんだと思います.
 「自分で作れる」って思ったわけではないんですけど,(ぬいぐるみの型紙のインタラクティなデザインを検討した)自分の修士論文も,「もしもボックス」で「もしも描いたものが全部ぬいぐるみになったら」みたいな感じだったので,やっぱりつながっていると思うんです.
 そういう風に,キャリアの至るところで影響を受けているなと思います.今日持ってきた本は息子から借りてきましたけど,息子や親と話が通じるように,世代を超えて男女問わずにずっと楽しんでるものって,なかなかないんじゃないですか.

五十嵐悠紀(情報処理学会会誌編集長)

伊藤 僕もみなさんと大体一緒で,親が漫画買ってくれなかったんですよね.生まれて初めて買った漫画がドラえもんか,『こんにちはマイコン』かどっちかで.こんにちはマイコンを持って,広告の裏でプログラミングする僕の写真の後ろに,ドラえもんが飾ってあったりとか.
  僕は「ドラえもん作りたい」よりも,ひみつ道具だったんですね.ひみつ道具で世の中や生活が変わるって,何かすごくいいなって.不便なことがあったら道具を使って解決してしまえばいいっていう割り切り方や,「こんなニッチな道具ある?」とか,子供心にも「いやそれ使い方被ってるやん」とか.
 「『どこでもドア』あったら『通りぬけフープ』いらんやん」という矛盾もありつつ,「未来に行くと力技でもニッチでも解決する道具がある」という世界線を見せられて,そういうものを作りたいと思った.それが,ドラえもんが僕のキャリアに与えた影響だって気がします.

稲見 お願いする側から,いつかひみつ道具を作りたいと思える側に変わったはいつごろですか.

伊藤 もともと僕は作りたい派でしたね.忘れもしないのは小学校4年生の時に,映画館に行くともらえるバッジが欲しかったんですけど,連れて行ってもらえなかった.だから,自分でバッジを作りました.小2の時には「ラドえもん」っていう漫画描いてましたから(笑).ペンネーム「たらこたらお」で(笑).自分の中では,「作る」っていうのがやっぱり好きだったんだろうな.

稲見 私はずっと,「タイムマシンが未来に発明されているなら,僕が困ってたら僕の子孫なり何なりが,助けに来てくれるんじゃないか」「早く来てくれないかな」と思っていたんです.夏休みの終わりに机の引き出しを開けたりして(笑).でもこない.
 それはタイムパトロールに規制されてるか,タイムマシンが物理的に作れないかどちらかしかないんだと思った.だったら,作る側に回るしかないかなと.

五十嵐 私は,まあ徐々にですよね.自分が理系になってプログラミングやものづくりにかかわるようなって,「自分も何か生み出せるんじゃないかな」ってなりました.最初は「あったらいいな使いたいな」と思っていたのが,だんだん「もしかしたら,これを組み合わせたら作り出せるかも」にスイッチしていくっていう.

永谷 僕は作ろうじゃなくて,ドラえもんになろうと思っていて.ドラえもんの身長は129.3cmですから,小学校でその身長になった時に「僕の身長止まれ!」と思って(爆笑).
 うちの机に引き出しはなかったけど押し入れはあったから,押し入れで寝てるとすごく熱くなるし,底が抜けたりとかして.「僕はドラえもんになれないんだな」っていうのがわかって,「なれないんだったら作るしかないんだな」と.

研究者から見た藤子先生

伊藤 みなさんのキャリアにドラえもんが少なからず影響を与えてきた一方で,研究者の立場から見たドラえもんってどうですか.

稲見 非常に質の良いSFプロトタイピングだと思います.ある問題を解決するような技術が出てきた時に,人がどう動くかを,しっかり書いているんですよね.そういう意味では,『21エモン』の方がより近いかなとは思うんですけど.
 「何かができるものを,作りました」ってエンジニアにありがちじゃないですか.そうじゃなくて,それがコミュニティの中に入った時に,我々の生活や我々の考え方,動きがどう変わるのかというところが本当は大切です.要はインベンションをイノベーションに持っていく,そこのヒントがドラえもんにはたくさんある.

永谷 本当にそうだと思いますね.僕が子供の時にすごく思ったのが,ドラえもんが街に受け入れられてるんですよ.当時はロボットなんて全然家庭内に入ってないし,ロボットには何か違うイメージがあったのに,ドラえもんは街の人も受け入れている.
 もう1つが,藤子・F・不二雄先生の世界観ですね.日常の中の非日常,少し不思議っていう世界観を,子供にも分かる感じで出すことに,僕はめちゃくちゃ影響された.あれが一番心に響きました.僕の研究のアイディアや考え方には,「少し不思議」の部分が生かされている気がします.「藤子先生が研究者だったらどうなったのかな」っていつも思ってます.

五十嵐 本当に次から次へとアイディアがあふれていて,今見ても「斬新だ」「新鮮だ」と思うアイテムがいっぱいある.「藤子先生は,素晴らしい研究者だな」って思うくらいです.
 ドラえもんの良さって,自分の身の回りに本当にありそうなお話の中に,「道具が1つあるだけでこんなに変わるんだ」とか,同じ道具でも使い方次第で,いい方に変わることもあるし悪い方に変わることもある.小学生が見た時でも,影響の大きさが伝わりますよね.

伊藤 僕もみなさんおっしゃった通り,まさにアイディアの塊で「よくぞまあそういうことを思いつくな」ってことが1つ.
 あとは,技術は悪用もされるし,いいことにも使えるという両面を,ドラえもんはうまく描いている.子どもの道徳教育的な観点もあるし,道具の二面性,包丁で人も殺せるとか車で人を轢いてしまうとか,一面では便利なんだけど危険な面もある.ドラえもんでは,危険な面を意識しないと,仲間外れになったりバチが当たったりする.それがちゃんと示されているのがやっぱり素晴らしいし,研究者としてそこがいいなと思います.

稲見 さっき申し上げたSFプロトタイピングに関連して,現在は東京藝術大学の須永剛司先生に,変形型のデザイン思考について伺ったことがあります.私の理解だと,普通のデザイン思考は特定の利用者とかステークホルダーを想定して,その人たちがどう行動するかをじっと観察し,その人のメンタルモデルを頭の中に作って考えていく.
 そこで須永先生のやり方が面白いのは,「10歳の自分に変身して考えてみましょう」と.10歳ってのび太の歳じゃないですか.なぜ10歳かを改めて考えると面白い.我々は中二病(厨二病)を経て,どんどん個性や趣味が分化していくんですけど,10歳ってまだ未分化の状態なので,その価値観はより多くの人に共有できるのかもしれない.中二の自分が喜ぶものを作るとちょっとニッチになっちゃうけど,10歳の自分で考えると,実は多くの人たちの共感を集められるのかなと.
 ドラえもんでは主人公のび太も友だちも10歳で,その人たちが新しい道具を使っているのは,正にその手法と同じ.だからこそ一般性を持つんじゃないか.

研究に透けるドラえもん

伊藤 ご自身の研究を俯瞰した時に,ドラえもんがどれぐらいの影響を与えているかを,もう少し深掘りしてお聞かせください.

五十嵐 私の研究では,3次元モデルから縫いぐるみにするための型紙を作り,型紙ができると,それで作ったぬいぐるみを3Dモデルでシミュレーションしてました.「デザインをしたらぬいぐるみにしかならない『もしもボックス』」,あるいは「もしも描いたものが全部ぬいぐるみになったら」みたいな世界観ですね.
 最初はモデリングとシミュレーションをバラバラに実行していたんですが,コンピュータがすごく速くなったので,シミュレーションしながらモデリングができるようになった.「常にぬいぐるみや編みぐるみになるようなモデリングができる」「1枚につながったという制約の中でお絵描きをしたらステンシルができる」って感じです.「もしもこれしかできない,全部がそれになる世の中だったら」って設定になっているんですね.そこはドラえもんの影響をすごく受けてるって思います.

永谷 私は,モチベーションが「ドラえもんになりたい」から「作りたい」になったものの,学生時代に入った稲見研は,ドラえもんを作るような研究室ではなかったんですね.
 一方で自分は人がすごい好きで,人間とは何かを知りたくて,VRの研究をやっていた.人を知るためにVRをどう使うかを考えて,今思い返すと結構ひみつ道具っぽいことをやっていました.速く動いているものを人に見せることができる「ストップモーションゴーグル」とか,嗅覚を拡張するために豚の鼻みたいな形だったら効率いいんじゃないか,みたいな.
 さらに,人だけじゃなく生物全体に興味があって,節足動物とか昆虫の生き方とか,どういうふうに動いてるのかを知りたい.ドラえもんに,いろんな生物とコミュニケーションできる「ファンタグラス」って道具があるんですけど,そこにも興味があって.もともと「ドラえもんを作る」って言ってたのに,ひみつ道具を作る方に寄ってきてる気がする.
 根底には,他の人があんまり気にしないことに興味を持つ,「少し不思議」と通底する哲学みたいなものがあります.そこを,ドラえもんから受け継いでるのかなって個人的には思っています.今,昆虫を腹側から観察する装置を作りたいと言っているんですけど,そういうほとんどやられていないことに気付くこと自体が,ドラえもんから視点を得たからだろうなと.

稲見 私の研究者としてのキャリアは,最初は『攻殻機動隊』に出てくる「熱光学迷彩」だったんですよね.それ以降はしばらく攻殻系をやっていて,2003年に電気通信大学に着任した時に,新しい方向性の研究として始めたのが情報処理学会で立ち上げたエンターテインメントコンピューティングだった.その時に,手がかりになるのは「攻殻機動隊よりドラえもんかな」という感じでした.今の研究は両方入り混じってます.
 攻殻系だとガジェット感が少ないんですよね.「人を知りたい」「世界との関係性を知りたい」といったときは攻殻系の頭になる.人間拡張でも,身体拡張は攻殻系でしょうね.ただ,人間拡張というと,環境とのインタラクションが入っていると思うんですが,そこには家具的なものや道具的なものもある.そこを考えると,ドラえもんとエスパー魔美の間くらいかな.

伊藤 僕はずっとものを作る系で,入力デバイスとか結構作ってきたし,今でも学生がうちのラボに来たら「何かものを作って,評価して」みたいな感じです.ものを使って問題を解決するとか,人に合わせて物を作るっていうのが,やっぱり好きなのかな.
 その根底には「ひみつ道具を作りたい」という気持ちがある気はします.ひみつ道具っていうからには,やっぱり秘密じゃないとダメだし,人が見たときに「すげー,こんなことできるの」ってならないとダメ.それを意識した研究やデバイスって感じはありますね.

印象深いひみつ道具

伊藤 たくさんあるひみつ道具の中で,みなさんにとって一番印象深いものって何でしょう.

稲見 ポジショントークでいうならば,もう圧倒的に「もしもボックス」.常々,「メタバースはもしもボックス」と言ってますから.5,7,5で言うと「ドラえもん,もしもボックス,メタバース」(笑).
 小学生の時に一番好きだったのは「ラジコン大海戦」.のび太とドラえもんがラジコンの戦艦大和に乗り込んで,(スネ夫のいとこの)スネ吉兄さんのラジコンと戦ったりするんです.道具じゃなくて,あくまでもストーリーが好きなんですが.
 当時の小学生は,本物の船とか本物の飛行機って全然乗れなかった.スーパーカーブームがあったんですけど,ちょっと座って写真を撮るくらい.でも,スーパーカーのミニカーとかはたくさん持っていた.それに乗れちゃうわけですから.

永谷 それで思い出したのは,僕も結構乗り物系がいいなと思ってて.田舎で生まれて周りは虫とかばっかりだったんですが,「操虫かん」ていう昆虫に乗るやつがあるんですよ.それ系の道具って結構あって,「どんじゃら村のホイ」に出てくる,ツバメを動かせるエリマキ型の「万能手綱」とか.
 飛行機は見たことなかったし,乗ったのも20歳になってからなのに,トンボはもう死ぬほどいる.だから,乗って飛べたらいいなって.タケコプターももちろんいいんですけど,身近にあるものに乗れるのはちょっと違った良さがある.すっごい楽しそう.

五十嵐 私も結構ちっちゃいもの系が好きなので「スモールライト」や「ガリバートンネル」ですね.スモールライトもドラミちゃんのは,かわいいんですよ.しずかちゃんが飲み込んじゃった指輪を探しに,ドラえもんとのび太がしずかちゃんの体の中に入る話とか,小さくなって普通は見えないものの中に入っていくのがすごく面白い.
 あと(小型ドラえもんの)「ミニドラ」も好きだなと思って.自分が小さいから,道具も全部ちっちゃいんですよね.「同じものでも小さいと,こんなに使い方が違うんだ」ってところが,すごく面白いなって思いました.
 あとは「コエカタマリン」でしたっけ.しゃべったものが,「ワー」っと言うと塊になって出てくる.音声なのに実体として出てくるのがすっごく面白い.

伊藤 僕はもう一貫して決まっていて「ほんやくコンニャク」.小さい頃からあれが欲しくて.人のコミュニケーションの究極の姿は言葉をまったく気にせず流暢に喋ることだろうって思っていて,ずっと僕はほんやくコンニャクは究極だなと.ほんやくコンニャクを自由に使える世界が来たら,争いもなくなるんじゃないか.
 今本当にそういうのが出てきてるじゃないですか .ChatGPTにしてもDeepLにしても.すごくいい世界が来たなと.あとは,自分が喋った声がリアルタイムで流暢に出てきたらいいですよね.国際会議でも,何も気にせずペラペラしゃべれてペラペラ聞き取れてって世界が来たら,最高だと思います.

稲見 東北大学の筒井健一郎先生と一緒にやっているムーンショットの目標9で,プロジェクトのタイトルを「自在ホンヤク機」にしてるんです.ほんやくコンニャクから取って.外国語との翻訳だけじゃなくて,さまざまなニューロダイバーシティの関係性もうまく翻訳できるとか,本人がどういう風に翻訳されるも自由に制御できるようにしたいですね.

欲しい道具,作りたい道具

伊藤 では,今一番欲しいひみつ道具って何ですか.僕が欲しいのは,ほんやくコンニャク(笑).今こそ欲しいですよ,学会とか行ったときに.日本のお笑いじゃないですけど,ボケとかツッコミもうまくアメリカンジョークにしてくれる道具があるといいな.

五十嵐 「4次元ポケット」欲しいです.

伊藤 4次元ポケットがあっても,中身は未来デパートで買わないとダメですよ(笑).

稲見 あれは4次元プリンターだって説もありますよ.買ったのはレシピであって,あそこで合成してるんじゃないか.

永谷 だから泡食ってる時は,よく分からないのが出てくる(笑).
 僕が今欲しいのは,すごい俗な話なんですけど「すぐやるガン」ってのがあって.やらなくちゃいけないタスクがあった時に,「バーン」と打つとすぐに取り掛かれるんですよ.すごく欲しいな(笑).

伊藤 モチベーションをいかに上げられるかっていうね.でもそれ事務方が欲しいって言うんじゃないですか.先生方に書類を出してもらうために(笑).

稲見 僕は独裁スイッチの方が……(笑).
 私が欲しいのは「アンキパン」.昔からものを覚えられない.もしかすると,暗記も今はエンターテイメントかもしれないと思って.覚えられるとかっこいいし,(クイズなんて)もはや格闘技っぽいじゃないですか.
 人工物や道具には人よりすごいものがたくさんあるけど,それをあえて人がやるから応援したくなるんですよね.もしくは自分ができるようになると嬉しい.だから「すべてネットにあってウィキペディアでいいじゃん」って言い方もあれば,アンキパンで覚えた自分も成長した感じがする.

伊藤 じゃあ今,作りたいひみつ道具は何ですか.

稲見 タケコプターですね.今,人が乗れるドローンもあって「あれはタケコプターだ」というんですけど,私はそれは違うと思ってる.
 自在化技術の観点でいうと,あれは運転して空を飛ぶことはできるけれども,自由自在に飛べているとはまだ言えないですね.思い通りに,まさに自分の身体のように,パーッと浮いて,パーッと沈んで,パーッと飛べるものは,まだ世の中に存在しません.
 (背負って空を飛ぶ)ジェットパックでもいいと思いますけど,やっぱり操作が必要なんです.そうじゃなくて,人が思い通りに歩き回るのと同じぐらいの感覚になってほしい.

伊藤 操作体系はBMI(Brain Machine Interface)なんですかね.

稲見 我々のERATOプロジェクトで,少し手がかりになりそうな成果があって.もちろんすぐできるのではなくて,まずはメタバースの中でやっていくと思うんですけれども.
 CNRS(フランス国威立科学研究センター)のゴウリシャンカー・ガネッシュ主任研究員のグループが中心になって,BMIではないですが,全身からデータを取る方法を使っています.
 みんなが脳に電極を刺したいわけじゃなくて,やりたいのは思ったとおりに道具を動かしたいとか,言葉にせずに思いを伝えたいとかですよね.それはBMIを使わなくても,できちゃうんじゃないかな.

永谷 僕は「ファンタグラス」かな.昆虫とかがメルヘンチックな姿で見えて,アリとかとコミュニケーションできる道具があるんです.VR的な文脈ではもっといろいろあるんでしょうけど,それはVR学会誌で取り上げるときにとっておきます(笑).

五十嵐 個人的に好きなのは「ムード盛り上げ楽団」.気分を盛り上げてくれる,やる気を出させてくれるものが欲しいな,作れそうだなと思っています.
 あとは「いいわ毛」っていう,頭につけると,うまい言い訳を考えてくれる髪の毛.ChatGPTや色んなブログから人の経験を収集すれば,「こういう時には,こういう言い訳を使うといいよ」みたいなものができそうだなって.

伊藤 僕がやるなら「セルフしょうぎ」かな.将棋の駒はタンジブルじゃないですか.
 僕,昔のものを今の技術でアップデートしたどうなるかって結構興味があるんですよ.この前電通と一緒に,壊れたおちょことかを金継ぎでくっつける時に,温度を変えるペルチェ素子を飲み口に付けて,口あたりを変えたりするってことをやりました.壊れたものを現代の技術でアップデートして付加価値をつけるのは結構いいなと.将棋など脈々と続いているものに,現代の技術を追加したら,どうアップデートできるかに非常に興味があります.

できない道具はない?

伊藤 逆に実現が難しそうなひみつ道具はどうですか.倫理的に難しいという観点ではなく,技術的に無理だろうっていう方で.たとえばタイムマシンとか.

稲見 タイムマシンも,バーチャルだったらできるんじゃないですかね.物理タイムマシンは素粒子レベルまで考えないとダメかもしれないけど,体験としてのタイムマシンだったらできちゃうんじゃないかな.江戸時代はデータがないから無理かもしれないけど,未来から見た今って,タイムマシンを作れるくらい,データはできつつあるのかも.

伊藤 その意味では,デジタルツインの技術が重要ですかね.今から記録を始めておけば.

稲見 はい.あとは未来の方も,正しいかどうかはわからないけれども,予測はいけるんじゃないですか.もちろん,人によって未来の方向性は違うはずだから,一人ひとりシミュレーションを作るわけですけど.そういうのなら,できるんじゃないかな.みなさんが思うようなタイムマシーンにはならないかもですが.

伊藤 じゃあタイムマシーンはOKか.

稲見 もっと難しいかもしれないのは「ブラックライト(暗くなる電球)」.市販のブラックライトは紫外線で照らしますけど,ドラえもんのは暗くなる電球で,つけるとそこが一気に暗くなるんですよ.

永谷 漆黒ですよね.完全に真っ暗に.そういうやつは確かに難しい.

稲見 でも絶対無理とか,我々エンジニアは言いにくいですね.

永谷 むしろ倫理的にちょっとダメなやつの方が面白いですよ.「悪魔のパスポート」って何やっても許されるやつがあって.

稲見 「地球はかいばくだん」.

伊藤 (コーヤコーヤ星を破壊しようとした) 「コア破壊装置」も.

永谷 (台風の子供の)「台風のフー子」とか,生物を作り出す系はちょっと難しいんじゃないですか.シミュレーションでどうこうじゃなく,現実世界に作用する系のやつは.精霊の話とかもそうですよね.「精霊よびだしうでわ」とか.

伊藤 それでも「技術的に難しそう」って,やっぱりあんまり言えないのかな.

ネーミングのひみつ

伊藤 次は,みなさんの代表的な研究成果にひみつ道具の名前を付けてみたいんです.今あるやつじゃダメで,新しい名前を.五十嵐先生のぬいぐるみ作る研究成果だと「なんとかぐるみ」とかですよね,きっと.

五十嵐 自分で考えると「ぬいぐるみメーカー」とか.

永谷 「なんでもぬいぐるみ」かと思ったんですけど.描いたものがあるから.

稲見 「ぬいぐるみん」みたいな.それだと,飲むとぬいぐるみになる系か.飲むとまずいの.

五十嵐 ちなみに,未踏に出した提案書では「ぬいぐるみモデラー」と言ってました.

伊藤 あー.一番それっぽいかも.

稲見 五十嵐先生と一緒に未踏の仕事をやってるんですが,五十嵐先生の本質的なアドバイスに「プロジェクトに名前を付ける」があるんです.今僕らがやってることと同じですよ.

五十嵐 名前をつけるとテンション上がって愛着が湧いて,すごくやる気が出るんですよね,みんな.一気に進みますよ.

永谷 僕が忘れられないのは「アソブレラ」ですね.現在東北大学の藤田和之先生がメインの研究で,彼が学会で歩いてたら,「アソブレラの人や」と言われてたのが印象深くて,いいなと思いました.

稲見 「研究者三段階説」っていうのがあって,学生になりたての時は「伊藤研の子ね」と覚えられる. ちゃんと発表をすると「何々を作った人」になる.最後に名前を覚えてもらって,「何とかさんの研究は面白い」まで行くと,プロの研究者として生きていける感じなんですよ.ひみつ道具から入って,最後は藤子・F・不二雄先生の作品を読みたくなるみたいな.
 研究者も最終的にはそっち側を目指したいですね.もしくはドラえもんみたいなジャンルを作るともっといい.だから名前は大切です.まずは研究の名前を覚えてもらう.そのヒントはドラえもんにあると.
 ちなみに(体につける第3,第4の腕である)「自在肢」(下図)を,ドラえもんの道具にしたらどうですかね.みんなで考えると.

自在肢.右はデザインを担当した山中俊治教授,左が稲見教授.

伊藤 あ,じゃあ.「たすけ手」.

一同 ああああああああ(拍手).

稲見 座布団一枚!すごい.

ドラえもんと日本の研究

伊藤 最後に,ドラえもんが日本で果たしてきた役割,今後研究で果たしていくだろう役割についてはどうでしょう.結構大事な観点だと思うんですよね.
 よく言うのは,日本人にとってロボットってパートナーに近い.西洋だと主人と奴隷の関係になるのに対して,日本人にとっては同僚だったり手助けしてくれる存在だったりするのは,ドラえもんとかアトムのおかげだと.特にドラえもんは,本当に自分が厳しいとき,しんどいときに助けてくれるって考え方を埋め込んだんじゃないかなって.

稲見 一方で 混ぜ返すようですけど,ドラえもんがロボットである必要性ってあったんですかね.耳のない宇宙人でも良かったんじゃないのかな.なぜロボットだったんだろう.
 そっか.セワシ君が未来デパートからいろいろ持ってきたら,スネ吉兄さんと変わらなくなっちゃう.でも,スネ吉兄さんとドラえもんの違いってなんでしょう.

伊藤 人だと仕事もあって,ずっと一緒にいられないってのもあるかも.ドラえもんはロボットだからずっと一緒にいても違和感ないんですよ.もともと子守ロボットだし.

永谷 人だと完璧な人はいないけど,ロボットは逆に完璧なイメージがあったりするじゃないですか.でも,ドラえもんはちょっと 抜けているところがよかったりする.それも,「日常の中の非日常」かもしれない.

稲見 「なぜロボットか」でようやく思い当たったのは,ロボット研究者の広瀬茂男先生が昔,面白いエッセイを書いていたんです.ロボットは本質的に聖人になり得るんじゃないかと.
 そもそもロボットは生理的な欲求や生存欲がないから,聖人に求められる利他が本質的にできる.あえて自己保存のような行動を持たさずに,人と同じように悩んで,人と同じように怖がるものとして使った方が,ロボットの未来として実は正しいんじゃないかと.

伊藤 そういう設定が日本人に果たしてきた役割ってめちゃくちゃ大きいですよね.いわゆるアレクサやSiriに対する考え方も,日本人と西洋人で違うんじゃないかな.日本人だと,結構歳をとったお母さんの家にアレクサを置いて,しばらくしたらお母さんがアレクサと仲良くなってしゃべってたとか.

稲見 でも,そういう日本と西洋の違いって本当ですかね.確かに松原仁先生がそういうことをおっしゃっていて,以前はそうだったのかもしれませんけど.
 戦場で米軍を支援する「パックボット」というロボットがあるんですが,兵士がだんだんパートナーと認識し始めて,壊れちゃったり破壊されたりすると,命を顧みずに回収しに行ったりするらしいんです.もはや東洋とか西洋というのを超えたところに,今はなってるんじゃないかという気がします.

伊藤 昔,ドラえもんが日本人に果たした役割っていうのは,まさにそれの先取りだったのかもしれないですね.

稲見 石ノ森章太郎先生の『サイボーグ009』って「サイボーグと宇宙(Cyborgs and space)」という論文が書かれてから,たった4年後の1964年に連載が始まったんです.それってすごいと思うんですよ.論文が漫画のモチーフに使われるまでにたったの4年しかかからなかった.『攻殻機動隊』の士郎正宗先生も,相当早いですし.

伊藤 『こち亀(こちら葛飾区亀有公園前派出所)』も,かなり色んなことを先取りしてましたよね.
 最後に,ドラえもんがこれから研究に果たしていく役割はどうでしょう.

永谷 よくいうように,研究者に共通のキーワードみたいなところですかね.共通の知識がドラえもんを通して得られているので.「スモールライトみたいなのを作りました」で,絶対通じるじゃないですか.

稲見 研究者がテクニカルタームとして使いやすかったかも.それこそ「ドラえもんの『コエカタマリン』とか『ほんやくコンニャク』でしょ」というと,研究者同士でも一瞬で伝わるし,サイエンスコミュニケーションでも使える.これ,めちゃくちゃ大きいんじゃないですか.

五十嵐 一般の人もわかりますよね.

稲見 そう.テクニカルタームでもあり,サイエンスコミュニケーションでもあり.いわば,ドラえもんはメディアだった.

永谷 本当に思うのは,ドラえもんが,ずっとフォロワーを生み出し続けるだろうなってことですね.今の時代は無理でも何十年後かに,その道具なり何なりを作る人が絶対現れるだろうなって.永続性に近いものを持ってますよね.

伊藤 今日,五十嵐先生がお子さんのドラえもんの本を借りて来られてますけど,お子さんが将来もし研究者になったら「どういう影響を受けたの?」「いやドラえもんの……」って絶対なるでしょう.つまり,日本の科学の基礎を支える側面が,ドラえもんにはあるのかもしれない.
 これからも,ドラえもんは日本の研究の将来を指し示す羅針盤の1つであり続けると思います.本日は,みなさんありがとうございました.

座談会では自然とドラえもんにまつわるものを持ち寄った.

(2023年12月19日受付)
(2024年2月26日note公開)
(出典:ヒューマンインタフェース学会誌,vol.26, No.1, 極私的合同座談会:ドラえもんと私と研究,pp.4-13,ヒューマンインタフェース学会より許可を得て転載)

■永谷直久(正会員)(写真一番左)
2011年電気通信大学大学院電気通信学研究科博士後期課程単位取得済み退学.2012年博士(工学).日本学術振興会特別研究員(DC1).東北大学大学院,八戸工業大学防災技術社会システム研究センター等を経て,2018年4月より京都産業大学情報理工学部 准教授.ヒトの感覚知覚特性を利用した感覚拡張インタフェース開発や,節足動物の行動解析の研究に従事.2021年4月より日本バーチャルリアリティ学会学会誌委員会委員長.

■稲見昌彦
(正会員)(写真左から2 番目)
1999年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了 博士(工学).電気通信大学,慶應義塾大学等を経て2015年より東京大学教授. 現在同学総長特任補佐・先端科学技術研究センター 副所長/教授.自在化技術,人間拡張工学,エンタテインメント工学に興味を持つ.米TIME誌Coolest Invention of the Year,文部科学大臣表彰若手科学者賞などを受賞.超人スポーツ協会共同代表,情報処理学会理事,日本バーチャルリアリティ学会理事,日本学術会議連携会員等を兼務.著書に『スーパーヒューマン誕生!人間はSFを超える』(NHK出版新書),『自在化身体論』(NTS)他.

■五十嵐悠紀(正会員)(写真右から2 番目)
2010年東京大学大学院工学系研究科博士課程修了.博士(工学).日本学術振興会特別研究員DC2, PD, RPDを経て2015年より明治大学総合数理学部専任講師,2018年より同専任准教授.2022年よりお茶の水女子大学理学部准教授.2016年より情報処理推進機構(IPA)未踏事業プロジェクトマネージャ,日本ソフトウェア科学会理事,画像電子学会理事などを兼務.2022年より情報処理学会会誌編集長.著書に『縫うコンピュータグラフィックス: ぬいぐるみから学ぶ3DCGとシミュレーション』(オーム社) ,『スマホに振り回される子 スマホを使いこなす子 (ネット社会の子育て) 』(ジアース教育新社)他.

■伊藤雄一(正会員)(写真一番右)
2002年大阪大学大学院工学研究科博士後期課程退学.同年同研究科助手.2006年博士(情報科学).大阪大学大学院情報科学研究科助教,2008年大阪大学クリエイティブユニット准教授を経て,2021年より青山学院大学理工学部教授.人にとって無意識にコンピュータの恩恵を受けられる新たな環境の実現に向けた研究に取り組む.ヒューマンインタフェース学会理事・会誌委員会副委員長.


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