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試合前にプレゼンをしないともはや仕事した気にならない



スーパー・ササダンゴ・マシン
(プロレスラー)

 プロレスの試合はとにかく体力を使う.組み合って,走って,ぶつかり合って,場合によっては100kg以上の相手を持ち上げて投げ飛ばさなくてはいけない.とてもハードな仕事である.僕は,DDTという東京のプロレス団体に所属しているが,普段は新潟で創業70年の町工場の三代目として,自動車部品や家電製品を作るための「金型」を作っている.当然,東京の専業プロレスラーに比べれば練習量も足りないし,試合数も限られてくる.

 しかし所属団体からは,強敵との試合をどんどんと組まれてしまう.こちとらいつだって準備が万端であった試しなどない.対戦相手がどんなレスラーであろうと,まともにやりあってしまっては勝ち目がない.なので,試合前に相手レスラーを徹底的に分析して,勝利に向けた課題を抽出し,戦略を立案,さらには試合中にどのようにその計画を実施していくかを,すべてパワーポイント(プレゼンテーションソフト)でスライドにまとめて,会場の大きなスクリーンでお客さんに向けて「私がこの試合に勝利するための方法」をプレゼンした上で,実際に試合を行うことにしている.

 練習不足であるにもかかわらず,ノコノコと大会場のリングに上がることへの申し訳なさを補填するための精一杯のエチケットである.格闘技やプロレスの試合の対戦前に流れる「煽りVTR」ならぬ「煽りパワポ」を始めて,10年ほど経つ.試合でやるべき作戦や見所をはっきりさせることで,プロレスの試合を手探りな状態からスタートする必要がなくなった.序盤や中盤のじっくりとしたレスリングで,お互いの体力を削り合い,相手の体力ゲージが残り20%を切ったあたりで初めて必殺技を出す.そういうのが本来いい試合である.でも自分の体力が残り20%を切ってしまったら,せっかく一生懸命練習した必殺技を出すのもしんどい.パワポでしっかり新必殺技の前フリをする→試合が始まったら極力早いタイミングで新必殺技を決める.お客さんも大盛り上がり間違いなしだ.

 対戦相手のSWOT分析もいいが,最近は戦略立案のために「ChatGPT-4o」との対話を参考にしたりもしている.たとえば対戦相手が団体の副社長だった場合,どんな試合をやったらいいかChatGPTに質問すると「経営者同士のプロレスでしたら,生産性の高さを競い合う試合,つまり試合時間(リードタイム)をどれだけ短縮できるか,競い合うというのはどうでしょうか?」という回答が返ってきた.ナイスアイデアすぎると思わず両膝を叩いた.次の試合で,私と団体の副社長は,バックステージで入場直前までに体力を8割以上使い果たした状態で試合をスタートし,平均試合時間10分のプロレスの試合を見事2分以内で終わらせることに成功した.試合時間は8割短縮できたが,お客さんの盛り上がりも8割削減したことは言うまでもない.

(「情報処理」2024年12月号掲載)

■ スーパー・ササダンゴ・マシン
 2003年「マッスル坂井」としてプロレスデビュー.2010年に実家を継ぐために引退.2012年に謎の覆面レスラーとして活動再開.普段は新潟市にある実家の金型工場・坂井精機(株)で代表取締役社長として勤務し,芸能活動とギリギリ両立している.