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数えられることの幸せ ─コンピュータ教師の父親に息子がくれたプレゼント─

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斎藤 俊則(星槎大学)

  SNSでの情報発信は時に事故ともハプニングともつかない展開を生み出します.たとえばあるSNSに私が書いた文章は,コメント欄でのやりとりを経てここに公開される運びとなりました.それは6歳の息子とのやりとりを記したこんな文章でした.
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 阿部先生の『わくわくプログラミング』[1]を読んでFizzBuzz を気に入った息子にせがまれて,こども園の行きに1から10までを数え上げて遊んだら,帰りも続きをせがまれて,30まで一緒に数え上げることができました.割り算(正確には割り切れるかどうかのチェックのみでしたが)は掛け算ができればよいこと,掛け算は足し算を繰り返せばできること,30までにFizz(3 で割り切れる数)の方がBuzz(5で割り切れる数)よりも多く出てきて,それは3の方が5よりも小さいからだと思われること,などなど,彼は行き帰りの間に随分いろんなことを発見して面白がっていました.
 さて,さらに家に帰ってからピアノの先生のところに向かう道すがら,FizzBuzzで遊ぶ息子にふとした出来心が生じた父親は……
父「実はね,1と自分以外で割れない数ってのがあってね……」
と,悪魔の囁きのごとく,例の「あいつ」の扉を開くことに.2, 3, 5, 7, 11, 13まで,一緒に数えてみました(そこで時間切れ).キラキラした目でこちらを見ながら「数って面白い!」と笑顔の息子に向かって,
父「こういう数のことを, “ そすう” っていうんだ」
と言い残し,じゃ,ピアノ頑張ってねと彼を先生のもとに置いていきました.悪魔はいろんなところに潜んでいますね(笑).息子の笑顔を思い出して,これって最高の誕生日プレゼントじゃん,と思った次第です.
 このとき息子は前日に誕生日を迎えた父親に,ある発見をプレゼントしてくれました.それは数える力を行使できることはそれ自体が幸せである,ということです.この「幸せ」を共有することは,計算機を教える者として最も大切にすべきことの1つであるように思いました.
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 この書き込みに「できすぎで実話とは思われません(笑)」と即座に反応された久野靖先生(電気通信大学)は,この話を「『一杯のかけそば』みたいに日本中に流行らせたい!」と仰り,このコラムが誕生しました.

1) 阿部和広:小学生からはじめるわくわくプログラミング,日経BP 社,p.152(2013)

(「情報処理」2019年6号掲載)