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サンプル問題から見る東日本大震災と情報分野のかかわり

佐藤 喬(東京都立産業技術高等専門学校)

 今回は,令和3年(2021年)に大学入試センターより公開された「情報」のサンプル問題$${^{1), 2)}}$$の第1問から,東日本大震災と情報分野のかかわりを扱った問1の解説をします.

問題文と報告書の内容

 この問1は,東日本大震災の後にまとめられた報告書を基にした教員と生徒の会話文内の空白に対し,解答群から適当なものを選択する形式の問題です.「情報Ⅰ」の内容としては,「1. 情報社会の問題解決」と「4. 情報通信ネットワークとデータの活用」が対応します.

 会話文と解答群について,以降分割して提示しながら解説します.

回線交換方式とパケット交換方式

 まず,震災直後は固定電話が通じにくくなったことに対し,SNS(Social Networking Service)は利用可能であった件について会話をしています.

 ここでの空欄【ア】と【イ】を埋めるためには,インターネットで利用されているパケット交換方式の特徴を把握しておく必要があります.パケット交換方式は,通信するデータを分割しパケット単位で処理する方式です.通信に使用する回線を専有せず,送信元と受信先が異なるパケットで回線を共有します.加えて,パケットが何らかの理由で消失したとしても,使用するプロトコルやプログラムの対応で再送可能です.そのため,空欄【ア】と【イ】に対する解答は,解答群の②と③になります.解答の順序は問いません.

 一方で,固定電話で利用されている回線交換方式は,送信元と受信先で1つの回線を専有する方式です.回線を確保することができれば,利用者間で回線を専有できるため安定した通信品質を保つことができます.しかし,許容量以上の回線を求められた際には,利用者に回線を提供できずパンクしてしまいます.

 なお,今後の災害時に何が発生するか正確に予測することは困難ですし,それが各メディアにどのような影響を与えるか分かりませんので,会話文にもあるとおり,SNSにこだわらず「複数の異なるメディアで情報を伝達することを考えた方が良い」と私も思います.

情報格差が生じる理由

 続いて,情報格差が生じる理由について会話しています.

 情報格差は,情報技術を使用できる人とできない人の間に生じる格差のことで,デジタルデバイド(Digital Divide)とも呼ばれ,世界全体でも問題です.情報格差が生じる原因としては,世代の違い・経済格差・教育格差・地域差(情報インフラの普及や文化的背景)などが考えられるでしょう.そのため,空欄【ウ】に対する選択肢からの適当な解答は③となります.

 日本では,2022年度より高等学校で「情報Ⅰ」が必修科目となるなど,情報に関する教養が一般化する方向に進んでいます.「情報Ⅰ」を学んでいる皆さんは,情報のことをより理解する「世代」になるわけですので,この会話文にあるとおり,「助け合うこと」にぜひ取り組んでほしいと思います.情報格差の原因をなくすことは難しいかもしれませんが,情報格差で困っている人を助けることは可能です.

クラウドサービスの利点

 最後に,自治体等でクラウドサービスが活用されるようになった理由について会話しています.

 クラウド上でサービスを提供する側の利点を挙げると以下のとおりになります.

  • インターネット経由で利用可能

  • サーバ機などのハードウェアが不要(維持管理も不要)

  • 利用するコンピューティング資源は必要に応じて増減可能

  • 費用は利用したコンピューティング資源に応じた従量制

 そのため,空欄【エ】に対する解答群からの適当な解答は③になります.自治体にとって,災害時に停電やハードウェア故障が発生するリスクを考えると妥当な理由でしょう.なお,クラウドサービスを提供する事業者は,災害のリスクを考慮し,データセンタ群を分散配置するなどの対応をとっています.

 ここでは,クラウドサービスの良い面を主に解説しました.ただし,注意点もあります.たとえば,コンピューティング資源を浪費してしまうと運用コストが逆に高くなる場合があることや,インターネット経由で利用できることからクラウドサービスに適したセキュリティ対策が必要であることなどが挙げられます.

補足:オープンデータ

 報告書に記載のある「また,各自治体から発表されている避難者名簿等の情報を集約し検索可能とするサイト,(省略)ボランティアや支援物資の送り手と受け手のニーズを引き合わせるマッチングサイトなどインターネットを利用した付加価値のある各種サービスが提供された」について補足説明をします.

 報告書に記載のあるとおり,震災後の混乱の中,各自治体が公開したデータを,有志の方々が活用し付加価値のあるサービスを提供してくださりました.この有用性を活かすため,国や自治体などから,誰もが無償で利用できるデータをオープンデータとして公開されるようになっています.たとえば,新型コロナウイルス感染症情報の国内の発生状況などは,厚生労働省からオープンデータとして公開されています$${^{3)}}$$.実際に新規陽性者数のデータをCSV(Comma Separated Values)ファイルとして入手可能です.たとえば,Pythonを用いれば30行程度のコードで,ファイルのダウンロードから図のようなグラフとして表現できます.

問題の難易度と総括

 震災後にまとめられた報告書から教員と生徒の対話形式で作られた問題の解説をしました.問題の難易度はやさしめながら,実際に発生した震災をもとに,情報技術の仕組みや情報社会の問題点を考えることができる内容となっています.

参考文献
1)大学入試センター:共通テスト『情報』サンプル問題,
https://www.dnc.ac.jp/kyotsu/shiken_jouhou/r7ikou.html
2)水野修治:大学入学共通テスト新科目「情報」~これまでの経緯とサンプル問題~,情報処理,Vol.62, No.7, pp.326-330 (2021).
http://id.nii.ac.jp/1001/00211554/
3)厚生労働省:新型コロナウイルス感染症について(オープンデータ),
https://www.mhlw.go.jp/stf/covid-19/open-data.html

(2022年12月27日受付)
(2023年2月3日note公開)

■佐藤 喬(正会員)
2014年,電気通信大学大学院情報システム学研究科博士後期課程修了,博士(工学).現在,東京都立産業技術高等専門学校准教授.オペレーティングシステムとICTインフラ技術に興味を持つ.本会情報入試委員会委員.シニア会員.

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