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スポーツの試合判定を支えるテクノロジー~サッカーW杯で大注目のビデオ判定(VAR)と半自動オフサイド判定(SAO)~


服部博憲 (ソニー(株))

北沢綾子(ソニー(株))

スポーツとテクノロジー

 近年,スポーツの試合判定を公正に行うことを目的に,大規模なスポーツ大会ではさまざまな先進的なテクノロジーの導入が進んでいる.

 2022 FIFAワールドカップ(W杯カタール大会)は,アルゼンチンが36年ぶり3度目の優勝を果たし,幕を閉じた.決勝戦での劇的な試合展開,数々の記録を打ち立ててMVPに選出されたリオネル・メッシ(Lionel Andrés Messi Cuccittini)選手のプレー,あと一歩のところでベスト8進出を逃したものの強豪国であるドイツとスペインから金星を挙げた日本の「ドーハの歓喜」など,いまだ鮮明に記憶に残るシーンが多い大会となった.そんな印象的な大会となった今回のサッカーW杯であるが,審判判定をサポートするテクノロジーとしてはビデオ判定(Video Assistant Referee : VAR)と半自動オフサイド判定(Semi-Automated Offside : SAO)が導入されており,これらのテクノロジーによって判定が左右される場面もたびたび話題となった.そこで,これらの大規模なスポーツ大会で導入されている最先端のテクノロジーについて,世界の主要なリーグ・大会などでの同種のサービス提供の実績がある著者の立場から,その仕組みを解説する.

ビデオ判定(Video Assistant Referee : VAR)

 サッカーの試合において明らかな誤審を避けるため,2018年のW杯ロシア大会からビデオ判定(Video Assistant Referee : VAR)$${^{1) }}$$が導入され,いまでは公正な試合進行のためになくてはならないものとなっている.そもそもVARとは,フィールドとは別の場所で複数のアングルの試合映像を見ながら主審をサポートする審判員のことである.VARが導入されている試合では,スタジアムに設置されたすべてのピッチに向けられている放送用カメラの映像を活用できるが,リーグ・大会によっては確認に使用するカメラを限定し,これらの記録された映像を隈なくチェックすることで判定支援を実現している.なお,VARの介入が許されているのは,得点かどうか・PKかどうか・退場かどうか・警告退場の選手間違いの4つの事象に加えて,主審が確認できなかった重大なインシデントのみと国際サッカー評議会(International Football Association Board : IFAB)のルールで規定されており,最小限の干渉で最大の利益を得ることを哲学としている.

 システム構成は図-1のようになっており,フィールドの主審と別室(Video Operating Room : VOR)で試合映像を見ているVARとがコミュニケーションをとりながら,判定に適したカメラ映像をVARが確認し,インシデントの状況を振り返る.必要に応じて,VORからフィールド横(Referee Review Area: RRA)のモニタに映像を送出し,主審にも映像を確認してもらうことができる仕組みになっている.

図-1 VARのシステム構成

 FIFAによると,今回のW杯カタール大会では図-2のように42台の放送用カメラが導入されていた.通常,VARのサービス提供時には,このすべての映像を同期記録し,インシデントが発生したタイミングで都度判定に必要な映像を確認できるようにしている.この仕組みは,映像解析による選手・ボールトラッキング技術が使われているわけではないが,主審とVAR,そしてライセンス取得済みの熟練したオペレータがコミュニケーションをとりながら,素早く該当シーンを見つけるとともに,インシデントを最も確認しやすいカメラを選択して,映像を再生/停止しながら送出することで確認をより容易にさせることで成り立っている.テクノロジーと,オペレータの習熟された技量により,主審が試合中により正確な判定を下すことができるようサポートをしているのだ.

図-2  W杯カタール大会でのカメラプラン(FIFA公式サイト²⁾より引用)

半自動オフサイド判定 (Semi-Automated Offside : SAO)

 W杯では今回のカタール大会から新しく導入されたのが,半自動オフサイド判定 (Semi-Automated Offside : SAO)$${^{3) }}$$である.こちらはVARとはまったく別の仕組みであり,ソニーが同様のサービスを提供したほかの大会を例とした場合,カメラも放送用のものではなく図-3のようにスタジアムに固定設置された8~12 台のセンシング専用の4Kカメラ映像(解像度3840×2160)を用いて実現している.

図-3 SAOのシステム構成

 SAOの処理の流れを図-4に示す.まずは,8~12台の4Kカメラ映像をリアルタイムに解析することで,各カメラ映像に対するボールの位置・選手の位置と姿勢のトラッキングを行う.このとき,事前に幾何キャリブレーションと呼ばれる処理によって各カメラの設置位置・向きとレンズパラメータ(ズーム率,歪みなど)は高精度に推定しておくとする.このキャリブレーション済みの各カメラ映像に対する2次元のトラッキング結果をもとに,3次元のボールの位置,選手の位置・姿勢をミリ単位で高精度に算出し,フィールド上で起きるすべてのプレーをデータ化する.そして,ここで得られたトラッキングデータから,ボールが蹴りだされた瞬間のオフサイドラインおよび各選手の位置を把握し,オフサイドがあったかどうかを確認している.さらには,この3次元のトラッキングデータをもとにプレーをCGで再現することで,自由な視点からインシデントを再確認することが可能になり,判定支援およびエンタメ性を伴った魅せ方を実現している(図-5).

図-4 SAOにおけるトラッキング処理とCGによる再現処理
図-5 SAOにおけるCGでの可視化

テクノロジーによって,スポーツの試合進行はどのように変わっていくのか?

 ここまで述べてきたように,近年,サッカーに限らずいろいろなスポーツの領域で積極的にテクノロジーを導入する動きが見られているが,これらのテクノロジーはスポーツをどのように進化させていくのだろうか? すべての判定がテクノロジーで自動化されるような未来は来るのだろうか? これは意見が分かれる議論かと思うが,著者自身は「テクノロジーはあくまでも試合での審判判定を支援するものであり,その判定の完全自動化を目指すものではない」と考えている.

 理由は2つある.まず1つめは,テクノロジーとオペレーションの関係性の観点だ.技術が完全になることは稀有であり,基本的には継続して発展途上にあるものをオペレーションの工夫でサービスとして成り立たせていることが多い.サッカーなどにおける判定支援のテクノロジーについてもこの例外ではない.そして2つめは,スポーツのエンタメ性の観点だ.陸上競技や水泳競技のようにタイムや距離の記録を競うスポーツは別であるが,多くの球技,ことサッカーに関しては試合の流れの中でさまざまな駆け引きが行われる点が醍醐味の1つと考えられる.この駆け引きの中での1プレー1プレーがドラマを作り出しており,レフェリーによる試合進行もその試合を盛り上げる上での重要な役割を担っているであろう.このレフェリーによる試合進行と同じような盛り上がりというのは,AIなどのテクノロジーのみではなかなか作り上げることが難しいのが現状だ.これまでのスポーツの面白さも大事にしつつ,スポーツをより盛り上がるものに進化させていくためにはどのようなテクノロジーが求められているか,その模索が今後も必要だろう.

 読者の皆さんはどのように考えるだろうか?

参考文献
1)VAR(ビデオ・アシスタント・レフェリー)|ルールを知ろう!|JFA.jp
https://www.jfa.jp/rule/var.html
2)Video Assistant Referee (VAR)
https://www.fifa.com/technical/football-technology/football-technologies-and-innovations-at-the-fifa-world-cup-2022/video-assistant-referee-var
3)Semi-automated offside technology to be used at FIFA World Cup 2022™
https://www.fifa.com/fifaplus/en/articles/semi-automated-offside-technology-to-be-used-at-fifa-world-cup-2022-tm

(2023年1月17日受付)
(2023年1月30日note公開)

■ 服部博憲
2010年にソニー(株)に入社し,主に画像処理・機械学習技術開発に従事.現在は,これらの技術を活用してスポーツに対するソリューション開発を担当.特に近年は,ソニーのグループ会社であるHawk-Eye Innovations(ホークアイ)と連携した技術開発で,スポーツ界にイノベーションをもたらすことに挑戦している.

■ 北沢綾子
2017年にソニー(株)に入社し,現在は主にスポーツに関するデータ分析を担当.ホークアイの提供するシステムによって取得できるさまざまなデータを活用し,スポーツ選手のパフォーマンス向上を支援するサービスの開発を目指している.


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