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日経「星新一賞」と生成AI

☆本稿の著作権は著者に帰属します.


阿波智彦 石原祥太郎(日本経済新聞社)

 テキストや画像などを生成する人工知能技術(生成AI)の目覚ましい発展は,世界中で大きな変革をもたらし続けています.特に,2022年11月30日に発表された「ChatGPT」¹⁾ は,人間のような流暢な言語能力で大きな注目を集め,広く一般に認知を広げる契機となりました.文学界においても,2024年の芥川賞受賞作『東京都同情塔』(新潮社)の題材として生成AIが登場し,作者の九段理江氏が執筆に際してChatGPTを活用したことも話題を呼びました ²⁾.

 日本経済新聞社が主催する日経「星新一賞」³⁾ は,2013年の第1回から人間以外(人工知能など)による作品の投稿を受け付けている文学賞です.星新一氏は理系的な発想力に基づく数多くの不朽の名作を生み出し,読み手の心を刺激し続けてきました.その名を冠すこの文学賞でも,形式にとらわれない自由な枠組みで,理系的な発想を問う短編小説を公募し続けています(図-1)

図-1 理系的発想からはじまる文学賞,第11回日経「星新一賞」

 本記事では,日経「星新一賞」における生成AIとの向き合い方をご紹介します.具体的には,過去の歴史を振り返りつつ,ChatGPT公開後の初めての開催となった最新の第11回(2023年6月受付開始,2024年2月受賞者発表)での取り組みの一端をご説明します.


日経「星新一賞」の誕生

 日経「星新一賞」は2013年,科学技術をベースに大胆な想像力を働かせた「理系文学」の発想を競い合う場を提供することで,普段物語を書かない学生・研究者・エンジニアらが幅広く応募できる賞を創設したいという思いで創設されました.そして,賞自らも未来志向であるべきとの考えから,現在に至るまで「人間以外(人工知能など)も応募可能」との規定を掲げ続けています.2013年は,星新一氏が初代会長を務めた「日本SF作家クラブ」の創立50周年の節目でもありました.

 投稿数は第1回の3,057件が最も多く,第2回から第10回は1,800〜2,800件を推移しています.人工知能を用いた投稿が初めて確認されたのは第3回で,11件の応募がありました.その後は第4回から第10回にかけて,11・7・5・2・14・114・32件と変遷しています.114件と大幅に増えた第9回では,人工知能を用いた投稿として初めての受賞作品として,葦沢かもめ氏の『あなたはそこにいますか?』が「一般部門優秀賞(図書カード賞)」に選ばれました.葦沢かもめ氏の振り返り記事 ⁴⁾ によると,作品の一部に「GPT-2」⁵⁾ を活用したそうです.同賞に対して,人工知能を駆使して3週間で100件を執筆し応募したことも明かしています.

 2022年11月のChatGPTの登場以前から,日本語を扱う創作支援ツールはいくつか存在していました.2020年に「AI BunCho」⁶⁾,2021年に「AIのべりすと」⁷⁾ がサービスを開始しています.

第11回での検討と結果

 2023年に第11回を開催するにあたり,生成AIの急速な普及を背景に,人工知能を用いた投稿の取り扱いや評価方法について社内外の関係者・有識者と議論を重ねました.協議の過程では「AI部門」を新設し,人間による創作と審査を分ける案も浮上しています.しかし最終的には,人間とそれ以外による投稿を分け隔てなく審査することが日経「星新一賞」への期待と考え,新設は見送りとなりました.

 その上で生成AIの健全な利用を促す観点から,応募要項を改訂しました.主な変更点を次に示します.第一に,利用した生成AIやプロンプト(生成AIへの指示)の詳細など,具体的な利用方法や過程の明記を求めました.生成AI が出力した文章をそのまま使うことは認めず,人間が必ず加筆修正するような規定としています.さらに,人工知能を用いた投稿が増えると予想し,人工知能の利用有無にかかわらず,投稿数の制限を設けました.

  • 利用した生成AIのソフト・プログラム・アプリの名称を明記する

  • 生成AIごとに定める利用規約を遵守する

  • 生成AI が出力した文章は人間が必ず加筆修正し,修正個所を記録する

  • プロンプト(生成AIへの指示)に既存書作物や作家名などを入力しない

  • 生成AIの利用方法・過程を明記する

  • 応募作品数は1人1作品とする

  • 募集要項は法整備やガイドライン変更に応じて随時改訂する

  • 著作権侵害の場合は受賞を取り消す

 第11回の投稿数は1,389件で,事前に想定していたとおり,過去最も少ない値となりました.うち人工知能を用いた投稿は70件で,投稿数制限にもかかわらず第10回の32件から約2倍となっています.生成AIを使用した投稿について問合せがあるかと考えていましたが,特にありませんでした.

 有識者6人による最終審査の結果,一般部門グランプリは柚木理佐氏の『冬の果実』,ジュニア部門グランプリは竹腰奈央氏の『ライトコート』に決まりました.他の受賞作も人間による創作で,人工知能を用いた投稿からの入賞はありませんでした.受賞作品は日経電子版などで無料公開しています.ぜひご覧ください.

次回以降へ向けて

 日経「星新一賞」では,今後も人工知能の進化を見守るとともに,人工知能を利用した作品の位置づけを継続的に検討し,必要に応じて見直していきます.引き続き人工知能を用いた投稿も募集する予定です.人間による創作との競争の場でもあるので,ぜひご注目ください.

参考文献
1)https://openai.com/chatgpt
2)https://xtech.nikkei.com/atcl/nxt/column/18/00134/021400383/
3)https://hoshiaward.nikkei.co.jp/
4)https://note.com/ashizawakamome/n/n35bdb0486a6d
5)Radford, A., Wu, J., Child, R., Luan, D., Amodei, D. and Sutskever, I.: Language Models are Unsupervised Multitask Learners (2019).
6)https://bun-cho.work/
7)https://ai-novel.com/

(2024年5月14日受付)
(2024年6月18日note公開)

■ 阿波智彦
日本経済新聞社メディアビジネスイベント・企画ユニット長補佐.1990年日本経済新聞社入社.東京,大阪で広告営業の後,2019年よりメディアビジネス イベント・企画ユニット副ユニット長.2021年より現職.

■ 石原祥太郎
2017年東京大学工学部卒.2013年から公益財団法人東京大学新聞社で記者・編集長などを歴任した後,2017年に日本経済新聞社に入社し,2024年より日経イノベーション・ラボ上席研究員.日本経済新聞の記事データを用いた事前学習済み言語モデルの構築など,自然言語処理や機械学習に関する研究開発に従事.