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音楽にも時間は貴重

エバン・コール((株)ミラクル・バス 作曲/編曲)

 劇伴音楽$${^{☆1}}$$の作曲家の人生は定められた制作期間の中で「時間管理」が非常に重要である.

 データ転送技術の向上が作曲家に役立っていることがたくさんある.たとえば,大容量の楽器のライブラリ音源の購入とダウンロード.HDDやDVDも不要になった.クライアントの動画チェックも携帯で見るくらいの手軽さになった.オンラインで打合せを開くことも簡単になった.世界のどこででもリモートで録音をすること,音楽エンジニアとリモートで曲のバランスの修正,やりとりをすることなど,劇伴作曲家における恩恵は日々増えている.私の主な仕事にはDemo制作,レコーディング,ミキシングチェックがある.

 現代の劇伴作曲家は曲ごとにシンセサイザー(以下シンセ)楽器で作成したクライアントチェック用のデモを作り,確認してもらうのが現代の進め方である.

 シンセ楽器が発達したことでクライアントは録音する前に何回でもイメージに合うまで修正のリクエストが出せる.その完成の近道のために音源を買うことがよくある.私には見えているゴールでも,クライアントには見えてない場合もある.そのズレを減らすために,よりシンセの中でもいい音か,よりユニークな音源を買い足し探し続けることで,ストレージとパソコンのスペックが年々増している.ストレージやクラウドの技術が向上したことにより,より多くの音源を保存し,同時に使い,DAW (Digital Audio Workstation)のワークフローも早くなっている.1つの作品を作っていると,50曲近くにもなることもあり,作曲の下準備だけでも数十時間の節約になる.

 世界中の移動が難しくなったときに,リモート録音の技術が飛躍的に向上した.以前は,相手の映像が見えない,ストリーミングの音質が悪いなど,ストレスも多かった.だがこの期間中に世界中でオンライン会議や配信など需要が劇的に増えたことで,テクノロジーの進化もありリモート録音も安定したやりとりが可能となった.特にレイテンシーが改善して,パソコンのマイクから直接指揮者やほかのスタッフとリアルタイムで顔を見て喋ることができるようになった.同時に60〜70人近い演奏者を雇うことになるので,ほぼレイテンシーなく話せると,国内と同じように早いペースで録音を進めることができて,時間とコストも結果的に削減できる.すると予算に余裕ができ,さらに多くの挑戦やアイディアを生む余白が生まれることにもなる.

 海外でのリモート録音が終わった後,膨大な録音データがクラウドストレージにアップロードされて,すぐにこちらでも編集やミキシングに入ることができる.ミキシングもオンラインで自宅のスピーカーから聞けて,リクエストもすぐに会話ができる.

 作曲家にとっても進化した時代になってきた.作曲の仕事はデスクで作品と向き合う地道な仕事と言えるが,永遠のテーマだと思えるのは,時間は貴重なものということだ.

☆1 劇伴音楽とは映像(ドラマ,映画,アニメーション等)作品に合わせた映像演出の音楽のことを指す.

(「情報処理」2023年3月号掲載)

■ エバン・コール(Evan Call)
バークリー音楽大学にてフィルムスコアリングを学び,2012年より日本で作曲活動を開始.映像音楽を中心に,幅広く活躍する.近年の活動としてはNHK大河ドラマ『鎌倉殿の13人』アニメ『ヴァイオレット・エヴァーガーデン』シリーズ,映画『金の国水の国』では挿入歌も手掛ける.


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