母の悪夢の昼飯

休日になると、ふと思い出す味がある。

それは休日の昼御飯に母がよく作ってくれたお好み焼きの味だ。私はあのお好み焼きの味を今でも鮮明に思い出す事が出来る。

もしかしたらあのお好み焼きは私にとって思い出の味なのかも知れないが、あれを思い出の味か?と聞かれると私は返答に困ってしまう。

何故、私があの味を思い出の味だと言えないのか。

それは母以外全ての家族をトラウマへ突き落とした、お好み焼きと呼ぶにはあまりにもおこがましい悪夢の一品の話を聞いて頂ければ納得して貰えるだろう。

まず、悪夢の一品が現れるのは決まって休日の昼間……つまり昼飯時だ。悪夢の一品の材料は至ってシンプルで『水、小麦粉、卵、キャベツ、豚肉、醤油、顆粒出汁』これだけ。

材料だけを見れば、まともそうな昼飯が出てくると思うだろう。

しかし、驚くことなかれ!
作り手は数々の悪夢の一品を作り出した歴戦の魔王!

お好み焼きの作り方をフワフワとしか知らない母である。
母の魔眼(目分量)とフワフワ知識に掛かれば、あら不思議。


あっという間に悪夢の一品が完成するのだ!


悪夢の一品……お好み焼きと称されて出されたそれは確かに円を描き、ソースもマヨネーズも掛かっていた。
そうなのだ。母から生み出されたソレは確かにお好み焼きの形をしていた。しかし、あの味を知るものならば「なんて恥知らずなッ!!!」と憤慨せずにはいられない。


それほどまでに『ヤツ』は強烈なのだ。


生地から香る強烈な醤油の匂い。噎せかえる様な顆粒出汁の香り。そして醤油独特の味と顆粒出汁の濃すぎる塩気……。
それらは万能調味料であるソースとマヨネーズを巻き込み、混沌の味を人間の味覚に刻み込む。


ああ、それだけでも子供の舌に悪夢を与えるというのに……。


母の火加減がいい加減だったせいで、『ヤツ』は嬉々として我々家族を更なる悪夢へ突き落とす為、強力な助っ人を連れてくる。

……強力な助っ人の名前は、そう!


生焼け!!!


もう恐怖でしかない。生地を切ればトロリと流れてくる白い液体。ソレを無視してマヨネーズとソースに絡めて食べれば……ああ、不思議だ。生のキャベツと顆粒出汁と小麦の味がダイレクトに口の中いっぱいに広がる。

その味は不味いとかの次元を易々と飛び越え、食欲を瞬時に消え失せさせ、もう最高に箸が進まない味なのだ!

それほどまでにあの味は苛烈で強烈で、長い年月が過ぎた今でも私の舌に残っている。

しかし本物のお好み焼きの味を知り、天災である母のお好み焼きのトラウマ(お好み焼き嫌い)を乗り越えた今。私はしみじみと思う。


お母さんお好み焼きの作り方大分違ってますよ、……と。