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近況報告 お笑いについて 12月〜1月

⭐️⭐️⭐️
(星の数でこの記事のオススメ度を
5段階で評価しています)

皆さんこんばんは
フリックフラックいっぽです。

いつも僕の記事をお読みいただき、
ありがとうございます。

さて今日は
昨日の続きですね。

上京してきて1年が経ちまして

先月、
通っていたお笑いの養成所を
卒業しました。

一段落したということで

ここまでどんな感じで
過ごしてきたのか

「お笑い」の部分だけに
フォーカスして
振り返っていこうと
そういう記事でございます。


昨日
10月から11月までの
出来事を書きまして

今日は12月と1月ですね。


基本的にね、
僕たちのことを
気にしてくださっている方、
応援してくださっている方が
少しでもいることを願って
書いているので

その方々に向けての内容になってますし
今日も長くなると思うんですけど

どうか飽きるまで
読んでやってください。

それではスタートです。







12月


はい、12月になりました。

この時期は
周りの同期たちに色々と
変化がありました。

例えば、
僕とずっと同じクラスで
結成と解散を繰り返していた
女の子がいるんですけど

他のクラスの女の子と
コンビを組みまして

その他クラスの子が
うちのクラスに編入してきて
一緒にネタ見せの授業を受けることに
なったんですね。

一発目のネタがね、
面白すぎてですね

涙出るくらい面白かったですね。


設定もね、
『成人式で着る振袖の前撮り』っていう
ありそうで無かったもので

男の人やったらなかなかこの設定に
辿り着かないですよね。

他にも
ネタの感じが変わったコンビとか
面白いネタをしている同期が
沢山いました。


この月の序盤にですね、

新衣装を買いました。

元々茶色のスーツ
やってたんですけど

新たに
茶色のスーツを買いまして


何かを変えたかったんでしょうね。


その次の日にネタ見せがありまして

その時期に作った
『公共料金』というネタと

『ひじ』のネタをやりました。

なんとこの『ひじ』ね、
ほぼりつきが考えたネタでして

僕らのネタって
ほぼ全部僕が作っているので

りつきからネタを提示されたのは
3回目ですかね

この時点では
どっちのネタも
あまり評価が良くなくて

先月に引き続いて
不安な状況継続
といった感じでした。


で、この次の日にですね
チャレスタ
という行事がありました。

チャレスタっていうのがね
どういうものなのか

ちょっと説明しづらいんですけど

まあ簡単に言うと
ネタ以外の実技演習
みたいな感じですね。

この回は
ライブMCの演習でした。


で、そこから数日後

またネタ見せがありまして
同じように
『公共料金』『ひじ』のネタを
したんですけども

なかなかね、
うまくいかなくて

この時点ではまだ、
どのネタをしたらいいか
わからないという状況でした。

9月23日にはじめた
毎日1本ネタを作るぞ作戦

もちろんまだ続いていて

自信作も何本かはあったんですけど

もうなんか
どれをやってもしっくり来なくて

焦りみたいな感情もあったんですけど

焦ってもしょうがないな
とも思えて



ちょうどこの時期に
スクールJCA
(プロダクション人力舎の養成所)との
対抗戦ライブがありまして

僕たちは
選抜メンバーに
入ることができませんでした。

養成所に入ってから選抜を外れたのは
この時が初めてだったんですけど

正直、
結果出してないからなぁ

納得するしかありませんでした。

このライブで初めて
スタッフとして
手伝いで入ったんですけど

手伝いメンバーのほとんどが
選抜に選ばれかけたメンツでして

もう1個順位を上げていれば
もう2個順位を上げていれば
選抜に入れていたかもしれないのに
というような


完全に
あえて選ばれているな
思いましたね。

悔しがらせるために

あえて近くで見せることによって
僕たちを奮い立たせようと
しているのだという
確かな意志を感じました。

手伝いをしながら
客席周辺で
選抜メンバーの
同期たちのネタを見てまして


めっちゃ悔しかったですけど

ちゃんと実力のある
メンバーが選ばれていて


今だけは負けを認めようと
素直に思いました。

もう終わったことだから
仕方ない

確かに今回は負けた
だから選ばれなかった

でも今だけ

今だけは負けを認める


そういう気持ちを胸に秘めながら
その日は過ごしました。


数日後、
またネタ見せがありまして
大阪時代からやっていた
『からあげクン ガリガリ君』のネタと
『ひじ』をやりました。

この時点で
12月のSMLでは
『ひじ』のネタをすることが
ほぼ決定的になりました。


そして平日SML当日

結果は
14位でした。


ウケてはいるけど
周りの同期もウケていて
なかなか1票の差を覆すことが
出来ない

そういう印象でした。


前回のライブからまた順位は
下がりましたが

何か突破口を見つけたような気がして


そこから数日間
また修正を繰り返して

週末SMLを迎えました。


結果
3位

初めての入賞でした。

2人ともコンディションが良かったのも
ありますが
逃げずに修正を繰り返して
やり切ったのが
功を奏したのだと思います。

ここ数ヶ月間コンビとして
落ち気味というか

中々結果が出ないまま
心身ともに疲弊しきっていたので

やっと暗く長いトンネルを
抜け出せたような気がして

少し安心したのを
今でもハッキリ覚えています。

こだわりのために
こだわりを捨てて
良かったなと感じました。



次の日の選抜SMLを経て

また数日経った
クリスマスの日、
チャレスタが行われました。

今回のテーマは
『悩み相談』

架空のファンの方から
お便りが送られてきて
それを元にコンビで喋る
というものでした。



1月


年が明けました。

卒業まであと数ヶ月、
ライブも数回
ということで
この頃から少しずつ
所属に向けて緊張感が高まってきます。

1月からのSMLでは
Aライブのみ
ネタ時間が2分から3分に変わります。

12日に
新年一発目のネタ見せがありました。

年始に作った
『どっち助ける?』というネタを
やったんですが

まさかの4分以上ありまして

今まで2分しか出来なかったのが
急に3分も出来る!

ってなって

テンション上がってたんでしょうね。

12月にやっと抜け出した
暗く長いトンネルに
絶対に戻りたくなくて

SMLでの勝ち方のようなものを
必死に考えて
計算するんですけど

間違った方向に
進んでいるような気もして

完全なる疑心暗鬼ですね。

数日後のネタ見せでは
大阪の時からやっていた
『しりとり』のネタをしました。
(これに関しては5分近くありました。
論外ですね。)


この頃から養成所内でも
コロナの陽性者が増えてきまして

ネタをしている最中も
マスク着用
という
厳しい環境下でのレッスンが続きます。


数日後、
ネタ見せの授業です。

この日は
大阪の頃から何度もやっていて
前期のネタ見せでも披露した
『お揃いのマフラー』のネタと

上京直前に作った『心理学』のネタを
しました。

『お揃いのマフラー』の方は
YouTubeにも上がっているので
良かったら見てください


1月の平日SMLまで
あと1週間


色んな種類のネタを
試しすぎたのでしょうか

どのネタをすれば良いのか
分かりませんでした。

ネタは作り続けているから
沢山あるし

選び放題ではあるんですが

これしかない
というのが見つからず

数日後にりつきから

『心理学』の方がいいと思う
という連絡が来たので

この月のSMLには『心理学』
持っていくことにしました。


1月26日
平日SML

結果は2位


やっとコンスタントに結果が
出るようになってきました。

エンディング前のトークでは
何組かが選ばれるのですが

2ヶ月連続でそこにも
呼んで頂きました。


思えばこの頃が
1年の中でも
一番上向きだったと思います。

次の日のダメ出しも
今までとは全く感触が違いました。


やっとここまでは辿り着いた
思いました。


2位を取ったら
もう次は1位しか無い

上が1位しか無いから
それ以外の順位を取れば
停滞しているか
後退しているか


気合が高まり切った
週末SML当日

僕たちは
出場することが出来ませんでした。

理由は詳しく書けませんが
こういうご時世的なものです。

周りに陽性者や濃厚接触者が
続出していたので

僕自身、
出られなくなる確率も
そんなに低くは無いなぁ
と思っていたため

妙に冷静になり、
その日のライブはリモートで
観覧し
合間で映画を2本みました。


ライブはもちろん出たかったです

出たかったんですけど



こういう言い方をするとね、
ちょっと変かもしれないですけど

冷静にゆっくりと自分たちの状況を
見つめ直せる時間が出来たのは
良かったと思います。





1月の出来事はここまでなんで
この時期に考えていたことを
書きますね。



ちょうど1年ほど前でしょうか

去年の3月、
ある男と
話をしたんですね。

彼は
一昨年の4月からNSCに通っていて

だからちょうど
彼のNSC卒業のタイミングでした

大ライブを終えてすぐの時期です。

彼はNSC入学前は
他の事務所に所属していて
色んなライブに出て

で、その事務所を退所してから
養成所に入ったんですけど

養成所入学前に作ったネタを
越えることが出来なかった

って言ってたんですね。


養成所に入る前に
色んな場所でネタをして

それを持ったまま
養成所に入って

養成所生の期間中も
新たに沢山ネタを作ったけど

結局、
昔のネタに頼ってしまった

今も色んなネタを作り続けているのに
昔のネタを越えられないのが
悔しい

って
そう言ってたんですよ。


それと全く同じ状況に

今まさに自分がなりそうな気がして



こんな事を言うと
お前は一体何を分かってんねん
って思われそうですけど


その時に感じた事なんで
そのまま書きますね


結局、
過去の自分に負けるのが一番嫌
なんだと思ったんですよ。

養成所や
養成所生ライブは相対評価ですし

順位とかは
もちろん気にしないといけないけど

気にしすぎると
よくない部分も
あると思います。


僕は34期生で入学したんですけども

大学を1留してから入ってますし

32期や33期、
下手したら35期や36期で
入学していた可能性も
あるわけじゃないですか

たまたま34で入っただけで

だから
周りによって

自分たちが全く同じ実力でも

入る期によって評価が
変わることはあると思うんですよ。


でも自分に負けるのは

自分自身が一番分かってることで

動かない絶対評価なんですよ。


養成所に入ってからの方が
沢山ネタを作ったはずなのに

結局1月に
2位をとった『心理学』のネタは
入学前に作ったネタで

それを越えられないのが
本当に悔しくて


それから
新たな弱点も見つかりました。


この時期のちょっと前から

りつきに

僕が

本番に弱い

というのを指摘されていたんですね。

なんでなんだろう
ってずっと考えてたんですよ。

養成所に入ってから
ライブの回数も減って

一回一回の緊張は
とても大きいものでした。

なんでこんなに本番に弱いのか

理由は1つでした。


日本ってね
死ぬほど緊張するような
人生がかかった場面って

若い頃は4回くらいだと思うんですよ。

高校受験と大学受験と
就活と

あとは部活とかでも
そういう場面があるかもしれません

僕ね、
そのどれも経験してないんですよ。

エスカレーター式の学校に通っていたんで

高校受験も大学受験もして無いですし

部活でも大きい大会に出たことなんて
一度もなくて

就活なんて
どんなものなのかさえ
ハッキリ分からないです。

ずっと日常の評価で生きてきたんですね。

僕の大学進学のシステムって
ちょっと特殊で

高校3年間の定期試験全教科の点数を
合計して

点数が高かった人から順番に
学部を選べる

っていう制度だったんですけど

一発勝負じゃないんで

今回もし失敗しても
前回の試験で高得点取ってるから
大丈夫やろ

っていう気持ちで
毎回臨んでたんですね。

でもそれが
その当時の僕にはあってたんですよ。

そのおかげで
毎回割といい点がとれたんですよ。

妙なプレッシャーを背負わずに出来て


そのツケが完全に回ってきてるなって

平均点をとるなら勝てるけど
一発勝負なら弱いなんて

そんなこと言ってられない世界に
身を置いてる以上

今までのやり方では
やっていけないなって





はい、今日はここまでです。

読んでくださった皆さま
本当にありがとうございました。


2月、3月は
また明日書こうと思います。


ちなみに12月
衣装を変えたことについて

相方には内緒で変えてみたんですけど

隣にいるのに全く気づいていなくて

同期ですら
3人しか気づいてくれませんでした。

マイナーチェンジすぎたんでしょうね



ではまた明日

今後もどんどん楽しく面白い記事書けるよう頑張ります! よければサポートお願いします😊