見出し画像

七色の歯がこぼれ落ちた

 にゃあ、とドアの外で猫が鳴いて、ドアを開けると向かいの戸建ての敷地からこちらのアパートの方へ降りようとしている野良猫がいて、その降りてきた猫と目が合った。
「にゃあ、こんにちは」とあなたが伝えると、その猫は少し考えるようにこちらをしばらく見つめてから、ゆっくりと門の下の隙間を匍匐前進みたいに地面にべたっとしなやかに屈んでくぐろうとしている。
 最後に丸い尻とがに股をした後ろ足をこちらに披露して、癒しを振りまいて去って行った。

 あなたはいつものようにリカバリーサンダルを履いて駅前のコンビニまで歩きながら、アイフォンに有線のイヤフォンを繋いでお気に入りの音楽を聴いた。生暖かい風を体に浴びた。
 先日、さちおさんに言われた言葉が蘇った。「好きだった人に囚われてるよ」
そんなことを言われて、見なくてもいい自分を見たのかもしれない。人と付き合うってこと、その姿勢のようなものが一変してしまった今、さちおさんがくれる優しさが響かなかった。目の前にいる生き物、草花、言葉を発することのないものたちが目に入らなくなって半年が経った。

 コンビニに入る前に、目の前を胸のあたりの高さでかっこいい鳥が横切った。燕? と見上げると入り口の両サイドに三羽の燕がそれぞれの巣の中にいた。
 さちおさんが現れ、コンビニの裏にある海辺まで一緒に歩くことにした。さちおさんは小柄だから目線は合わない。
「昨日の夜、目まぐるしく展開していく夢を久しぶりに見たんですよね」とあなたが話すと、
「それはどんな夢なの?」と、さちおさんはフルートの音色のようなソフトな高い声で優しく聞いてくれる。
「なんだか、誰かと出会えるという希望を持っていて、誰かと話している自分はこれから出会いの会に行くという設定というのは覚えてるんですけど、、、」
「うんうん」
「朝、起きたら内容はさっぱり覚えてなくて。シーンがどんどん切り替わる夢って見たりしませんか?」
「あんまり夢見ないんだよね」
「そっかー。あっ」
「え?」
「歯、犬歯が落ちてきた。紫と茶色がうっすらと混じっていて七色に光り輝いてて。それからパリパリパリとボロボロボロと歯がこぼれ落ちていってしまって、どうしよう、、、と印象的なシーンがあった」
「それは不安になるよね」
そう言って、さちおさんはスマホで夢占いについて検索してくれて、たくさんの歯がボロボロやジャリジャリになって抜ける夢を見た人には嬉しい出来事が起こるでしょうと書いてあることを教えてくれた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?