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証券会社・上場審査とスタートアップ知財

前回は、投資家目線でスタートアップ知財を見てみましたが、今回は、証券会社や、上場審査との関係でスタートアップ知財を見てみようと思います。
スタートアップにとって知財が重要であることはこれまで検討してきたとおりですが、そうであるならば、当然、上場をサポートする証券会社や、上場の可否を検討する上場審査にあたっても、スタートアップと知財の関係は無視できないはずです。
 証券会社や上場審査との関係では、大きく分ければ、主に
①他社の権利侵害に関するリスク
②自社の権利に関する状況
③職務発明に関するリスク

が問題になるため、以下、これらについて若干の検討をしてみます。

1.他社の権利の侵害に関するリスク

マザーズ事前チェックリストの6(13) には、「最近3年間及び申請期において、解決済み及び未解決の事件について、事件発生の経緯及び事件の内容等を説明してください。特に、特許、実用新案関係等のビジネスモデルに影響を与えると考えられる係争事件については、弁護士や弁理士の見解を踏まえたうえで説明してください。」との記載があり、特許関係の係争事件は、チェック項目として敢えて明示されています。それでは、なぜこのように特許関係の係争が明示されているのでしょうか?

1つには、他社の特許権を侵害した場合、権利者から当該侵害行為の差止を求められるリスクがありますが、自社の事業が通常1つくらいしかないスタートアップにとって、自社事業(の主要な部分)を止められることは、事業継続が不可能となることを意味しかねないからです。

実際、アメリカにおいては、2012年3月、Facebookが上場直前にYahooに特許侵害訴訟を提起され、上場に大きな影響を与えたとされています。なお、この訴訟は最終的には和解にて終了しましたが、提訴直後、FacebookはYahooに対してカウンターの訴訟を提起するべく、提訴直後にIBMから数百件の特許を購入し、その特許の一部を活用してカウンターで特許侵害訴訟を提起し その後Microsoftからも5億5000万ドルでの特許の購入及びライセンスを受けています)、和解 まで持ち込んだという経緯があります。特許関係の係争が、上場しようとするスタートアップにとって、どれほどのインパクトがあるものなのか、ということはこのFacebookの例からもご理解いただけるかと思います。

2.自社の権利に関する状況

 マザーズ事前チェックリスト(8)には、「経営上重要な技術などに関して、必要に応じて特許を取得するなどの対応を行っていますか。」との記載があり、また、上場審査に関するQ&AのQ51においては、「他者が保有する特定の知的財産権を契約により独占的に利用して主要な事業が行われている企業については、当該知的財産権にかかる契約が解除された場合には事業の継続が困難になる等の理由から、上場に際しては、原則として、当該知的財産権を保有先から譲り受け、自社で保有することが望まれます。」との記載があります。

スタートアップが自社事業を成長させるために知財が重要なツールとなることはこれまで述べてきたところであり、そのため、自社に必要な知的財産権が取得・保持されているか否か、という点は、上場後の成長可能性を計る上でも重要な指標の1つとなります。以下、自社の権利に関する状況として検討すべき事項をいくつか検討します。

(1)無効等のリスク

 必要な知的財産権を取得するための手続をとっているか否かを確認することはもちろんですが、特許権等の知的財産権は、権利を一度取得しても、後に取消しや無効となりうるリスクを内包しています(例:無効審判、不使用取消審判(商標)等)。そのため、かかる係争が係属していないか、係属していないとしても争われた際に反論する材料はそろっているのか、等といった事項も検討する必要があります。

(2)ライセンスを受けている場合の契約条件

 上記Q&Aでも明示されているとおり、自社の事業の実施にあたって特許権等の知的財産権のライセンスを受けている場合、当該ライセンス契約が解除されてしまうと、事業継続に大きな支障が出てくるリスクがあります。そのため、かかるライセンス契約が解除されるリスクの有無や程度の確認する必要があり、さらには、必要に応じて契約条件を改定するための交渉やライセンス対象となっている知的財産権を買い取るための交渉等を行う必要もあります。

(3)将来の紛争の未然防止

 上で述べたとおり、上場を目指すスタートアップにとっては、知的財産権に関する紛争を起こされること自体がリスクであるといえます。そのため、「相手方から訴えられづらい状況」を作ることが重要といえるでしょう。

 では、「相手方から訴えられづらい状況」を作るためにいかなる準備をすればよいでしょうか。1つは、いざ訴えられた場合の反論材料(追加出願/他社からの購入)をそろえておくことです。通常、他社に対して特許権等の知的財産権に関する侵害訴訟を提起する場合には、相手方がどのような知的財産権を保有しているかを事前に確認するのが通常です。なぜなら、相手方が自社の事業や商標の使用を差し止められる知的財産権を保有している場合には、自社からの訴訟提起をきっかけとして、他社から反訴等で反撃を受けるリスクが出てきてしまうためです。

 このことからすれば、自社でコンペティターに対して対抗できるような特許権等を複数準備できていれば(ポートフォリオを構築できていれば)、相手方に訴訟提起を諦めさせたり、交渉段階でクロスライセンス等により解決する余地も生まれてきます。

 したがって、スタートアップとしても、上場が近づいてくれば、ディフェンスのためにも知的財産権の保有状況を充実させていく必要がります。この知的財産権の追加取得にあたっては、自社で追加出願をすることはもちろん、他社の知的財産権を購入することも考えられます。この場合には、弁護士・弁理士等と相談しながら、いかなる権利を取得すれば守りに有効になるかを議論しながら準備していくと良いでしょう。

3.職務発明に関するリスク

 上場審査にあたっては、巨額な偶発債務の有無等も当然審査されることとなりますが、知財との関係では、職務発明に対する相当の利益に関する請求権の有無及び内容が問題となり得ます。例えば、皆さまもご存じの青色発光ダイオードに関する事件(東京地判平成16年1月30日判タ 1150号130頁)では、会社が中村修二氏の職務発明に関する特許を受ける権利を譲り受けたことへの対価は、604億3006万円になる旨認定しました。
この事件は、現在までの職務発明に関する裁判例の中でも特に対価の金額が大きいものですが、数千万円台や1億円を超える対価が認定される裁判例も少なからず存在します。

もっとも、これらの巨額の対価を支払うリスクは、適切な内容の職務発明規程を、適切なプロセスで制定し、その後も適切に運用していくことにより、ヘッジできる可能性があります。すなわち、かかる適切なプロセスを経て、職務発明に関する相当の利益を従業員に付与できれば、自社で制定した制度の範囲内で支払額が留まる可能性が高いのです。
なお、いかなる制度構築をしていくべきかについては、3月上旬に出版予定の書籍にて具体的に検討していますので、もしよろしければご笑覧ください。

したがって、特に上場審査をサポートする証券会社としては、この点について確認し、未整備な状況の場合には、共に制度を整え、過去の職務発明についてもとりうる手段をとって可能な限りリスクをヘッジしていく必要があるでしょう。

4.小括

 以上のように、上場審査においても、スタートアップ知財は避けて通れない問題といえます。今回紹介した各事項については、一夜漬けのように、短時間で応急処置をとることが難しいものも多く、可能な限り早期から取り組むことでより良い状況を作ることが可能となります。特に職務発明については未整備のスタートアップさんが多いと感じていますが、本稿がそのような状況が変わる1つのきっかけになってくれればと思っています。

弁護士 山本飛翔

Twitter:@TsubasaYamamot3

拙著「スタートアップの知財戦略」


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