住みやすいデスクトップについての考察
八月某日
日暮れに夏風、夕涼み。日々に疲れて夢うつつ。
諦める理由なんていくらでもある。
それは形にしようとしていたものが肯定されなかった虚無感であったり、単に毎日の疲労の積み重ねであったりする。些細なことで疲れて挫折できるのは人間の特権だと思う。
久々の連休に外出するのも億劫で、愛猫にちょっかいを出したり蹴られたりしながら昼を迎え、愛猫のトイレを掃除したり噛まれたりしながら夕方を迎える。
何かしなければ、と思ってPCを開き、立ち上げたデスクトップの画面がこれだ。
助けてくれ!
不本意ながら叫んでしまった。なんというか、安らぎがない。
無機質な画面に散らばるアイコンたち。どのアプリもファイルも必要とされて生まれたはずなのに、精神が弱っている時に見るとなんだかすべて「負荷」に見える。開かざるを得ないブラウザ。チェックせざるを得ないLINE。
何らかの情報に接しなくてはいけない圧力のようなものが、画面から滲み出てくる。使い手がこんな心持ちでは画面上のアイコンたちもさぞ居心地が悪いだろう。
これではいけない。彼らはこのデスクトップの住人であり、管理人である自分には彼らの居心地の良さを保証する義務がある。
散らかったファイルの整理がてら、彼らが住みやすいデスクトップを作ることにした。
物件情報
現在彼らに住んでもらっているのは、2016年のTOSHIBA DYNABOOK。築7年のご老体だが、バッテリー交換で延命してどうにか持っている。
最近この部分がひん曲がって外れそうになったので、テープで固定した。痛々しい。
経済的な事情もあり、もうしばらくは買い換えない予定だ。アプリたちにとって優良物件とは言い難いかもしれないが、こればかりは仕方がない。
せめてデスクトップだけでも住み心地よくしてあげたいと思う。
住人たち
現在のデスクトップの住人たちについて確認する。
LINE
日常生活に必要不可欠なチャットツール。普段はスマホから閲覧するが、ファイルの送信時などはPCからログインすることが多い。
古参住人の一人であり、かなりお世話になっている。
Zoom
LINEと同様、仕事では必須のツール。最近では仕事でしか使っていないので、この青いアイコンを見ただけで仕事のことを思い出して動悸が激しくなる。
入居歴は比較的短い。
CLIP STUDIO
通称クリスタ。お絵描きツールとして2年前にデスクトップへ入居。
管理人の身でありながら頭が上がらない。
ブラウザ3兄弟
どれもタスクバーにショートカットがあるのでデスクトップにいる意味はないのだが、なんかそのままにしてある。
彼らがいると色彩的に華やかなので、いてもらうことにする。
DVD Styler
動画や画像をDVDに書き込める。もう4年近く使っていないのに何故かデスクトップにいた。
今後使用する可能性もなきにしもあらずなので、まだもう少しいてもらうことにする。
各種フォルダーたち
整理整頓が苦手な管理人に代わり、どうにかこうにかファイルをまとめてくれているフォルダーたち。
頻繁に名前を変えられるので、おそらく迷惑がられている。
書影
これだけフォルダーに入れず、デスクトップにむき出しにしてあった。
漫画家の浅田弘幸先生に描いていただいた、自分にとってとても大切な絵。神棚のような存在なので、一番目立つところにいてほしい。
アドウェアクリーナー
セキュリティのために入れたものの、起動した記憶はほぼない。虫のアイコンが少し苦手。もしかしたら裏で何かを撃退してくれているのかもしれない。
CubePDF
PDFを作成・編集できる。これも5年近く使っていないが、アイコンが可愛いのでとりあえずいてもらう。
AndoreaMosaic
手軽にモザイク画像が作れるツール。仲間内でのイベント時などに何回か活躍した。アイコンがカラフルで綺麗なので、いてくれるとありがたい。
東芝おたすけナビ
初期からインストールされていたと思われる、おそらく最古参。
お助けされた記憶もナビされた記憶もないが、今後彼の助けを借りる事態に陥るかもしれないし、なによりアイコンがご機嫌なのでいてもらう。
ごみ箱
常に満杯。彼も一応「住人」としてみなす。
休職届(下書き)
半年ほど前に提出しようとして、なんやかんやでしなかったもの。
彼がデスクトップにいると「いつでも逃げていいんだよ」と過去の自分に言われているような気がして少しだけ救われるので、今後もいてもらう。
あんみつ
我が家のリアルな住人。
デスクトップにはいないが、とりあえず今日も可愛い。
以上の住人たち(あんみつは除く)の住み心地を考慮した、ぬくもりのあるデスクトップを作ろうと思う。
と、ここで一つ考慮しなくてはいけない事項がある。住人同士の関係性だ。
住人間のコミュニティ
万が一にもご近所トラブルがあっては困る。ここで言うご近所トラブルとは、管理人である自分にとってのユーザビリティも含む。
例えばブラウザ3兄弟。彼ら同士はおそらく仲良しだろうが、迂闊に並べてしまうと目的とは異なるブラウザを誤って開いてしまう可能性がある。これはストレスだ。特にGoogle ChromeとInternet Explorerに比べてMicrosoft Edgeの使用頻度はかなり低いので、こういった要素も考慮して配置を考える必要がある。住人も管理人もウィンウィンなレイアウトが目標だ。
相関図にまとめたものがこちら。管理人の使用状況を反映した部分もあるが、半分以上は妄想で埋めた。その方が楽しそうだから。
注意すべき点としてはフォルダーたちの配置。それから、使用頻度の高い住人たちとそうでない住人たちの住み分けだろう。
自分が今住んでいる物件では近隣住民がタバコの吸い殻をばら撒き、非喫煙者住人との間でリアルなご近所トラブルが発生しつつあるので、本当に住み分けは大切だと思う。
アパートとしてのデザイン
以上の点を考慮した上で、ひとまずこのデスクトップをアイコンたちの居住するアパートに見立ててみる。住人は総勢18名。
そこそこ大所帯なので、ある程度の余裕を持って配置する必要がある。なんだか修学旅行の部屋割りを考える先生のような気持ちになって面白い。
ちなみにレイアウト作成はクリスタの力を借りた。管理人が住人に業務委託するのは申し訳ないが、実際とても助かる。
そんなこんなで仕上げたものがこちら。
それっぽい。
一見すると権利関係の危ういパズルゲームのようだが、部屋割りとしては円満に収まったのではないだろうか。
全体のデザインは、2階建ての日本家屋を改装した古き良き下宿といったイメージにした。住人たちはそれぞれ1階に間借りしており、2階はおそらく大家一家が住んでいる。灰色の部屋は空き部屋で、物置きになっていたりする。
渡り廊下を隔てて西棟と東棟が並立。見えていないが東棟の奥には居間があり、住人たちの憩いの場所となっている。
ブラウザ3兄弟は近くに配置しつつも、使用率の低いMicrosoft Edgeは少し離した。これは決してハブられているわけではなく、むしろ休日はEdgeの部屋に集まってワイワイやるのである。
ゴミ箱とアドウェアクリーナーは、近くに置いてしまうとアイコン的に不衛生な感じが出てしまうので意図的に離した。
あとは東棟の隅に位置するAndorea Mosaicの部屋がゴミだらけの汚部屋にならないかやや心配だが、多分お隣の東芝おたすけナビが色々と世話を焼いてくれる。分別さえしてくれれば管理人としては問題ない。
一応、西棟のまとめ役はLINE、東棟のまとめ役はCLIP STUDIOのイメージだ。有事の際に迅速に対応できるよう、各棟の中央付近に配置した。
かくして、デスクトップ上にアイコンたちのアパートが完成した。
街としてのデザイン
以上、試行錯誤を重ねてどうにかデスクトップを物件として整えることができた。
画面を開けば、そこにアイコンたちの住まう愉快な下宿がある。それは東京砂漠で擦り減った心に一匙の潤いを与えてくれた。
しかし、そうしてアイコンたちの生活を見守っているうちに思った。
一つ屋根の下での生活も素晴らしい。しかし、いつか住人達もこの仮宿を去る日が必ず来る。AndoreaMosaicあたりは怪しいが、ほとんどの住人は転職したり所帯を持ったりするタイミングでここを去るはずだ。
それぞれが家を持ち、新しい生活に臨む時がいずれ来るのであれば、その後の生活も保障してやるのが管理人の務めではないだろうか。
彼らがこの下宿を巣立った後に住まう「街」をデザインしよう。窓の外の蝉時雨が、新たな終わりと始まりの予感を告げている。
となると、レイアウトに若干の修正を加える必要性が出てくる。アパートとは異なり街は住人たちの住居だけで構成されているわけではないので、住居以外の諸施設や道路との位置関係も考慮する必要が出てくる。あと、自分に街づくりのノウハウがまったくないのも不安材料だ。シムシティもマイクラも触ったことがない。
今回はひとまず住居以外の施設は最低限に留めるとして、改めて住人達の配置優先度を整理してみる。
こんなところだろうか。この図を作っている最中に夕方5時の町内放送が鳴り、なんだか虚無的な気分になった。こんな感情もきっと夏の一部だ。
使用頻度で中心部寄りと外縁寄りに、アイコンの見た目で大通り沿いと裏路地沿いに分類した。上述の通り「住み分け」を意識してまとめてみたので、ひとまずこれに沿って街をデザインし、並べ直してみる。
最終的な配置がこれだ。
街か???
いざ背景画面に設定してみたらなんだかテクスチャ感が拭えなくなってしまった。
おそらく街の設計としても現実ではあり得ない形になっていると思われるが、まあ画面上の街なので法には抵触しないだろう。二車線道路がこんな直角に曲がってるの見たことない。
やや郊外寄りの住宅街をイメージ。おそらくZoomなどはもう少し都市部に住めるくらいの財力を持っているが、「知り合いが多いから」という理由でなんやかんやこの街に落ち着いた感じだろう。
書影.jpgには道祖神になってもらうことにした。細い路地と二車線道路の合流地点に配置することで、交通事故防止の祈願を籠めている。縮尺のバグにより祠が民家よりも大きくなってしまったが、それくらい御利益があるということだ。どうか住民たちを末永く見守っていてほしい。
民家とアイコン以外にはコンビニと郵便局、病院、駐車場と、最低限の施設は配置した。上述したように自分は街づくり系ゲームの経験がまったくないので、立地的に終わっている部分があっても大目に見てほしい。大目というか薄目で見た方がいくらか街っぽく見えるかもしれない。
この街で、住人たちは各々の日々を暮らしていく。
理不尽な毎日に疲れ、社会にすり潰されそうになった時も、この街にはいつもと変わらぬ夕陽がある。粗雑な街かもしれないが、それでも皆息を切らして生きている。
下校する子供たちの笑い声であったり、ごみごみとした家の隙間から垣間見える花火であったり。そういったものがこの街の今日を形作っているのだと思う。地元に帰省した時も、ふとした瞬間にこの街の夕陽を思い出す。そしていつしかここが第二の故郷になっていくのだろう。
迷子になりそうだ。
夏の終わり
住みやすいデスクトップを作る。妄想と実用性を織り交ぜたひと夏の自由研究はこうして幕を閉じた。最終的にわりと妄想が勝った気がする。
大学入学と同時に購入して早7年。長く生活を共にしてきたご老体のPCに、新たな息吹がもたらされた。無機質なポリゴンのデスクトップ背景に絶望していた自分はもういない。
デスクトップを整理するだけなら正直、こんな面倒なことはしなくてよかったと思う。きっと自分は、ここではない何処かへ行きたかったのだ。例年通り今年の夏も旅行とは縁がなかったが、この狭い画面内だけでも何処かへ。
実際、デザインしている間はとても楽しかったし、「無駄なことをしている」という痺れるような感覚に身を委ねるのも愉楽だった。
きっと来年の自分も、数えきれないくらいの無駄の中でうだうだ生きているのだろう。
こんな日々がずっと続けばいいのに、と願う自分がいる。大人になれない自分を置き去りにして信号機は赤に変わり、愛猫は部屋の壁紙をがっつり剥がす。
彼の辞書に「敷金」という言葉はないらしい。
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