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食べ物と思い出


大学生の頃、サークルの飲み会で話した何でもない会話の中で、ときどき思い出す会話がある。

二十歳になったばかりだったので、まだお酒の美味しさがわからなかった友達が、大学院生の先輩に「ビールまずくないですか?」と聞いたのだ。その先輩曰く、「ビールは苦くてまずい。もちろん、本当に美味しいものもあるよ?だけど、ビールを飲む楽しい時間が積み重なることで、ビールを飲むときは楽しいって思い込んで、より美味しい飲み物になる不思議な飲み物なのよ。」らしい。

食べ物を美味しいと思うには、本能の他にそんなシステムがあるのか。と、未だによくわからない諸説を信じている。

ビールを美味しいなと感じるたびに、ふとこのことを思い出す。

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好きな映画に「マイブルーベリーナイツ」という映画がある。
ウォン・カーウァイ監督、歌手のノラ・ジョーンズが主演をつとめるラブストーリーだ。失恋した主人公が、とあるカフェのオーナーと出会い、ブルーベリーパイを食べながら距離を近づけるのだが、前の彼を忘れられず主人公は旅に出てしまう…。

その映画の中に出てくる、ブルーベリーパイが本当に美味しそうなのだ。

大粒たっぷりのブルーベリーがタルト生地の上にのり、溶けかけたバニラアイスクリームと絡みあっていて、その甘酸っぱいケーキの様子が二人のようでうっとりしてしまう。

その映画を見てからは、ブルーベリーパイがあるカフェでは、ついついブルーベリーパイのアイスクリーム付きを注文してしまう。これもビールと同じで、私の脳に保存されてしまった1つの美味しい思い出のシステムだと思う。

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そんな風にブルーベリーパイを愛していたのだけど、とある頃から私の中に変化が起こった。

私は三人兄弟の中間子で、兄と弟がいる。兄弟はそれなりに仲が良く、学生の頃は一緒に遊んだりすることもあった。大学生の頃、私が県外の大学に出たので、弟が旅行がてらに遊びにきたことがあった。

旅行では市街地や観光地を歩き、カフェに入った。ドトールコーヒーだった。その頃は秋で、空気はひんやりと冷たくホットコーヒーが美味しい季節。ケーキセットを頼んで、ちょっと店内であたたまろう話していた。

当時のドトールコーヒーには、ブルーベリーパイをおいてなかったので、私はミルクレープを頼んだ。弟はかぼちゃのタルト。

その当時、弟には年上の彼女がいて、ときどき彼女の話をしてくれた。「彼女がね、秋になったらドトールのかぼちゃのタルトを食べなきゃだよって言ってた。」と、かぼちゃのタルトを眩しそうに見つめていた。そして彼女から伝授されたのであろう、かぼちゃのタルトの魅力をひととおり私に伝えると、美味しそうにかぼちゃのタルトを食べていた。

サクサクのタルトの上に、小さくカットしたかぼちゃのプリンとムースが乗っている黄金のケーキ…私はその日から、かぼちゃのタルトの虜になっている。

それから数年後、私は大学を卒業して就職し、弟が大学に入ってから少し経った頃。2人が別れたことを聞いた。

ふと、かぼちゃのタルトを思い出した。

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すごく腕の立つシェフの作った料理より、美味しいと感じる食べ物がある。それはとても幸せなことだ、と思う。

食べ物を食べる時に、自分がどんな空間で、どんな気持ちでいるかは、とても大切なことだ。そのことに気づくだけでも、きっと日常は少しだけ明るくなる。

そんなことを考える、木曜日の夕方。
本日は夫さんの帰りが遅いので、1人でシチューを食べます。
みなさまもよい夜をお過ごしください。


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