見出し画像

大津市社会福祉協議会 山口氏 井ノ口氏 どうすれば真に社会に貢献できる組織をつくれるのか ~ 成果を出す文化に秘められた哲学と日々の実践 ~(October 2022 Vol.003)

はじめに

インタビューコンセプト

 今回は、大津市社協の山口さん、井ノ口さんから、全国に誇る大津市社協の組織文化についてお話しいただき、どうすれば真に社会に貢献できる組織づくりができるのか、という問いについて考えました。重要なのは、理念に貫かれた日々の積み重ねであることが見えてきました。

インタビュイー紹介

大津市社会福祉協議会
(左)事務局次長兼相談室長 山口 浩次 氏
 大津市社協に32年勤務し、権利擁護や総合相談などの仕組みをつくり、その成果は多岐に及ぶ。多方面に社協の魅力、理念を広めている。

(右)地域福祉課長 井ノ口 浩士 氏
 大津市社協に23年勤務し、主に地域福祉などを精力的に推進してきた。子ども関係のNPO法人理事も務める。 

記事本文

大津市社協の仕事は、あらゆるレベルの「困りごと」の解消

 遠藤: 他の福祉関係者から山口さんをはじめとする大津市社協の評判を伺っており、今日のお話を楽しみにしておりました。まずは、大津市社協がどういう理念でどういう取組みをされているのか教えていただけますか。

 山口: 社会福祉協議会の役割は、「生活が困難な人を地域で支える」ことです。行政は制度に基づいて仕事をし、我々社協は「制度に基づかないけど必要なこと」をやります。

 そこで私たちは、「困ったときは大津市社協へ」というキャッチコピーを掲げ、困りごとを抱えている人に大津市社協のことを知ってもらい、相談に来てもらうということをずっとしてきました。私たちは、原則どんな相談でも受け付けます。

 子どもの居場所づくりや、引きこもりの居場所づくりなど、地域づくりも仕事ですが、市社協だけではできません。民生委員さんに動いてもらったり、相談機関のネットワークの事務局をしたり、仕組みづくりを進めています。また、法的対応が必要な相談もあるため、顧問弁護士、顧問司法書士による仕組みも作りました。日々仕事をする中で、我々だけではうまくいかないことを仕組化しています。

 そして、私は「災害などの緊急時に迅速に動けること」が市社協のような組織の究極の目的だと思います。平時は粛々と仕事にあたりますが、大津市内で何かあった時はもちろん、日本全国で何かあった時にも結集できるように日頃鍛えておくというイメージです。

 そのために、災害時に動ける組織づくりを進めました。私たちは東日本大震災から学び、大津にもしものことがあったときのために「常設型」の災害ボランティアセンタ―をつくりました。私たちはこれをBCP(事業継続計画)に落とし込んでいます。災害支援のSOSが来たとき、子育てや介護をしている職員がいる中で誰が動けるのかを日頃から確認しています。 

遠藤: 相談などの日々の仕事をこなしながら、自分たちに求められる最大の役割を常に念頭に置かれているんですね。


明確な原点があるから、一人ひとりに真剣に関われる

 山口: 仕事をするうえで、私たちには非常に重要な哲学があります。それは、かつて滋賀県職員であった名誉相談員の熊澤孝久氏(以下、「熊やん」とも言う)の言葉です。

 彼は県職員時代、東京出向になった際にアルコール依存症になり、それを断つために滋賀県に断酒会をつくります。そこで「弱さの公開」の大切さに気付きました。

 断酒会は弱さを公開し合う会で、そこに批判やアドバイスはありません。それぞれが自身の体験を語っていく中で、絆が生まれます。熊やんはそういったことを学び、県庁を定年退職後、民生委員になり、大津市社協の相談員となります。

 そんな熊やんが私たちに残してくれた言葉が、「聴くが効く」です。これは、正論ほど役に立たないものはないということです。お酒を断ちたい人にお酒をやめろと言っても仕方ない。正論を言うのではなく、その人の話を聴くことで、しんどくなったときに相談できる関係をつくっておくことが大事なんです。

 「困った時はまあええか」という魔法の言葉もあります。相談を長くしていると、解決できないこともあります。そういうとき私たちが自覚しておかなければいけないのは、すべてを自分がなんとかできるとは思わない。しかし決して投げやりになるのではなく、自分にできることを諦めないということです。

 最後に、「みんな一しょにボチボチいこか」です。この哲学をもとに、相談者一人ひとりに真剣に関わっていくのが大津市社協の相談の原点です。

 遠藤: 立ち戻る原点があるというのは、軸のブレない強い組織ですね


地道な積み重ねが「みんなの意識」を変える

山口: 相談に関してこんなこともありました。知的障がいを持つ方が電車で痴漢の冤罪事件にあうことが2件立て続けに発生したんです。弁護士に入ってもらったのですが、弁護士が使う言葉があまりにも難しかったため、3年間勉強し冊子にまとめました。

 知的障がいを持っている人は、「痴漢や!お前がやったんか?」と聞かれたら、「はい」と言ってしまうところがあります。そういう被害を受け警察に捕まった時どうすればよいか、どのように弁護士に相談すればよいか、また、知的障がいにどのような特性があるかを書いたパンフレットをつくりました。県内では知的障がいの特性を知っておいてほしいところに配りましたが、口コミで広がり、県外にも相当数配布しました。

 遠藤: まさに「困ったときは大津市社協へ」のとおり、どんな相談でも誠実に向き合ってきたということですね。

 山口: 個人の問題をみんなの問題にするという視点で取り組んできました。一人ひとりの相談が根っこに無いと、いきなり制度・仕組みをつくってもうまくいかないと考えています。

 遠藤: 「みんなの問題」にするにはどうすれば良いのでしょうか。

 井ノ口: 例えば、学区社協の会長会議の場合、「大津市社協でコロナの特例貸付金をこれだけ貸し付けています、これだけ困っている人がいます」という実績を話し続けました。各会長は「うちの近所ではそんなことは起こってへん」と思っているのですが、実際の話を聞くと自分の隣で起こっていることとして受け止めてもらえます。そういう認識を持ってもらうための情報発信を大事にしています。

 遠藤: ただ発信するだけでは自分事にしてもらえないと思うのですが、どういう発信の仕方をされているのですか。

 井ノ口: 人間関係の構築を大切にしながら伝えるようにしてきたかもしれません。長年地域福祉を進める中で、社協の仕事もよく知ってもらっていますから。

 山口: 訴えかけるときに一番効くのが事例です。客観的に言うより「特定の誰か」の話が一番聞いてもらえます。例えば、「派遣切りにあい、次に決まりかけていた工場もコロナでダメになった30代男性Aさん」の話などです。

 その際、大津市全域について語るのと併せて、学区ごとの数字も出します。唐崎学区はどうか、瀬田東学区はどうか、年齢層はどうか、何件あったか。その分析をしっかりするように職員に伝えています。実際の数字を見せられると、会長さんたちもこれは問題だな、となります。

 遠藤: 人間関係、事例、数字…。どれも言われれば当たり前のことではありますが、きちんと実践されている、徹底されていることがすごいですね。

 山口: 実はそれだけじゃダメなんです。こういった場を年に何回も行います。「今はこういうフェーズです。今はこういう問題があります」というのを、人間関係を土台として重ねていくうちに腹落ちしていってもらえます。おかげさまで、物資も資金も大変ご支援いただいています。


 望ましい行動が「見える」から、文化として根付く

遠藤: 組織の役割が明確である、原点(哲学)があるなど、組織文化が本当に考えられていることに驚きました。組織文化はどうやって浸透されているんですか。

 山口: それは非常に重要で、普段から意識していなければ文化は育ちません。理念を文章にしたり、考えを図にしたりしてきました。この見える化は文化の浸透に重要な役目をしています。

 また、熊やんの言葉を壁に貼って見える化しました。困ったことがあったとき、熊澤相談員やったらどうしたかなあ、と立ち戻っています。文化をつくるのがマネージャーの役割です。それをつくるのは難しいですね、10年、20年かかりますよ。

※   このように見える化を図られています。お土産にいただきました!

井ノ口: 昔は職員が5人、10人だったので、全員が同じ方向を向いていましたが、今は60人ほどになったのでそうはいきません。縦割りになってきたところもあります。そうすると「自分の担当業務」しか目に入らなくなってしまいます。私が山口次長の思想を引き継げたのは、会議や視察に行く際にも同行させてもらい、直接見て真似できたからです。教えられたのではなく、隣にいたことで 学んできたんです。

 遠藤: 「知識は一人が百人、千人に対して教育できる。でも、意識はマンツーマンで教えるしかない」という元トヨタ自動車技監の林南八さんの話を思い出しました。

※    熊やんの日めくりカレンダー。

 

助けが必要な人を見つけ出す、そして、助けられた側が助ける側になる社会を目指す

 遠藤: 話は変わりますが、大津市社協の事業計画書に「社会的孤立の予防がキーコンセプト」とありましたが、どのような対策をされているのでしょうか。

 山口: 月に2~3回、新聞配達の人や生協の人から連絡があります。「先週から生協の荷物を家に入れてない」とか、「新聞が溜まっている」とか、そういう「何かおかしいな」という電話が社協に入るように、企業と協力した体制づくりを進めています。うちは民生委員、児童委員645名の事務局をしているので、委員が気になった方々のデータを相当数ストックしています。社会的孤立のメイン層は高齢者ですが、「何かおかしいな」という電話がかかってきたとき、その人のデータはほとんど手元にあるんです。

遠藤: それはすごいですね。こういう仕事の課題って支援対象者がどこにいるかわからないことですもんね。

 山口: 私たちはそれを20年前からやっています。粛々とデータ化し、管理し、民生委員さんとは何度もやり取りしているため、学区にどれくらい見守られている人がいるかは一目瞭然なんです。ただ課題もあって、相当数データがあるとは言え、30~50代の独身男性、独身女性は全然拾えていないです。今後、その層を気にしながら、地域で気になる人を見つけようとするプロジェクトが始まっています。

 遠藤: どうやって気になる人を見つけるのでしょうか。

 井ノ口: 気になるけど誰だかわからない、一回話したけど怒鳴られて追い返された、そういうところをピックアップしながら社協職員がアウトリーチをかけていく感じですね。ほんまにできるんかいなという感じですが(笑)。ただ、一人でも二人でもどこかにつながってもらったり、社協があるんやということを知ってもらったりするだけでも、と思っています。

 遠藤: 困っている人を見つける、能動的な予防対策が一番大事ということですね。まさに制度に基づかない、社協らしい仕事です。最後に、これまでお話いただいた取組みを通じて、目指したい社会像は何ですか。

 山口: 私は、「助けられた側が助ける側になる社会」をと思っています。大津市社協で世話になったから、次は自分が何かする番だと思っている方が多くいらっしゃるんです。

 例えば、ファッションが好きな引きこもりの女性がいて、その方は自分の好きな服を着ていれば外に出られました。そのため、「自分が安心 して外に出かけられる服」を作り始められました。そのお手伝いを仕事として社協に持ち込んでくれています。この「助けられた側が助ける側になる循環」は、最初から目指していなければできないと思います。

 それと、私は研究が重要だと思っています。現場が研究思考で、課題に対して仮説を持ち、実証しながら日々にあたることが重要です。過去と今があって、どのように未来を展望するのかを普段から現場が考えられるようにしておくことが、文化づくりでは大事だと思います。

遠藤: 本当に一貫していますね。本日は貴重なお話ありがとうございました。

 

編集者あとがき

 ここまで徹底された理念と組織文化、マネジメントを持っているのかと驚きました。山口さんが若かりし頃から「社協の仕事とは何か?」「相談業務の意味とは何か?」などの本質を深く自分に問うて来られた、その何年にも及ぶ毎日の積み重ねが、私が伺った話にも現れていました。

 山口さんをリーダーとして、組織が同じ方向を向いているのだろうと感じましたが、「歴史上、組織内の人間が同じ方向を向いているだけで戦争に勝てた」と、歴史を解説する人気ポッドキャスト「コテンラジオ」では言及されています。それほどに組織の全員が同じ方向を向くのは難しく、しかしできれば強いということだと思 います。

 意見を異にしがちな私たちが同じ方向を向いて協力するには、大きな目標や理念で結ばれている必要があるのではないでしょうか。その達成に向けて大きく前進している組織を見れて嬉しくなりました。私も組織では末端ですが、バランスよくミクロ・メゾ・マクロの視点を持ちたいと思います。今回も、お読みくださりありがとうございました!


編集者紹介

編集者 遠藤 綜一
滋賀県職員。予算経理に6年間従事し、その後児童養護施設を担当。多い時は年200冊読む本の虫。好きな作家は中村文則。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?