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過去の『私』は、今の『私』を生きる。~ 生い立ち関係なく、なりたい自分になれる ~ 一般社団法人ゆめさぽ 代表理事 田中 れいか 氏 (December 2023 Vol.010)

インタビューコンセプト

今回は「自分の人生を生きること」のお話です。施設で生活した過去を持ちながらも現在は華やかに活躍される田中さんですが、その背景にある苦悩や葛藤を、そしてそれらにどう向き合っているのかを伺いました。

インタビュイー紹介

田中 れいか ⽒
親の離婚をきっかけに7歳〜18 歳まで児童養護施設で⽣活。退所後は短期⼤学に進学し保育⼠資格を取得。その後モデルの道に。社会的養護から進学する⼦たちの受験費⽤をサポートする⼀般社団法⼈ゆめさぽ代表理事。

今のビジョンを支えてくれるのは過去の自分

遠藤: 田中さんは現在、モデル活動や情報発信、国の審議会における委員活動にとどまらず、『一般社団法人ゆめさぽ』の代表理事を務めながら進学支援などもされています。いずれの活動にも「生い立ち関係なくなりたい 自分になれる」というビジョンが根底にあると思いますが、このビジョンを実現していくにあたり、大切にしていることはありますか。
 
田中: 過去に対する考え方ですね。私は児童養護施設という環境にいたからこそ今の自分になれたと思っています。施設にいたからこそ色んな大人を知れたし、テーマパークにも行けました(笑)。「施設にいたからこそ」という思考の転換をできるようになってから、自分の過去を肯定的にとらえることができるようになりました。過去をプラスと考えるか、マイナスと考えるかは自分で選ぶことができるので、私は「施設にいた過去」をプラスだと考えています。
 
遠藤: そう思えるようになったタイミングはあったのでしょうか。
 
田中: 施設にいる間はそう思えなくても良いと思います。私自身のタイミングとしては、人生の進路をコーチに相談している時でした。『コーチン グ』という関わりを通して、ひとりの大人にずっと寄り添ってもらうと いう経験があり、それがあって今までの自分を肯定的に考えられるようになりました。特定の相手との関係性が無かったら、「過去はプラスに考えられるよ」と言われても入ってこなかったと思います。誰に言われるかは重要ですね。
 
遠藤: 各児童養護施設には自立支援担当職員が配置されているところですが、まさにそのような役割が求められているのでしょうか。

田中: 自立支援担当職員でも良いかもしれませんが、「ナナメの関係」の相談相手がいると良いなと思います。複数の人に相談できる状態から、自分で選ぶというのが大事だと思いますね。

「なりたい自分」になるために何が必要か考える

遠藤: アイデンティティや存在意義に悩まれたことは少なくなかったと思います。そういう時に、折々何を感じて、どう向き合ってきたのかをぜひ伺ってみたいのですが。
 
田中: いっぱいありますよ(笑)。わかりやすいのでいうと、初めてテレビに出たときですね。当時18歳の施設を退所したばかりのころで、施設長から打診があり受けました。テレビのインタビューを受けた経験などもちろんないので、過去のことを話すことに若干難しさはありつつも、やっぱり少し誇らしいような気持ちがありました。でもそのテレビを見た人の反応が、「かわいそうだね」、「つらくてもがんばってきたんだね」といったものだったんです。その時、自分のこれまでの過去って「かわいそう」だったのかなって……。施設での職員や仲間との思い出まで否定された気持ちになって、それが私自身を否定されたような気持ちにもなり、悲しくてすごく泣きました。
 
遠藤: 過去の捉え方は外部から決められるものではないですよね。ただ、どうしてもそういった意見を見聞きすると自分の中で揺れてしまうこともあると思います。そういったと きはどう向き合い、折り合いをつけて来られたんでしょうか。
 
田中: ため込んでおくことができない性格なので、私は日記に全部書いていましたね。「なんでこんなことを言うやつがいるんだ!」とか。そうやってモヤモヤ を全部吐き出そうとしましたが、結局吐き出しきれないままモヤモヤを抱えて寝ていました(笑)。気持ちや感情って消そうと思って消せるものではないので、抱えたまま日常に戻っていきましたね。
 
遠藤: 悩ましいですが、それが現実なんですね。テレビに出られた後はどうでしたか。
 
田中: 次にテレビに出たのは20歳の時で、コーチングを受けていた時でした。18歳の時は残念ながらメディアに使われてしまいましたが、20歳の時には自分が使う番だと思って臨みました。傷ついた経験があるので、この時はコメントも一切見ないようにしましたね。
 
遠藤: 日常生活の中でアイデンティティに悩まれたときはありましたか。
 
田中: 20歳で『児童養護施設出身モデル』という名刺を作って営業活動をしていた時、「別に生い立ちを出す必要は無いのでは?」と言われることがあったのですが、この時は何を知ったようなことを言ってるんだと思いました。

遠藤: 「私は色々背負ってこの名刺を作っているんだぞ」と、そういうことを思われたということですか。
 
田中: 自分のやりたいこととか見たい世界は自分が一番大事にしておかないと、すぐにぶれるなと思ったんです。その人に言われて、ショックだったんですよ。「モデルだったらモデルとして戦えよ。生い立ちを武器にする必要は無いでしょ」みたいな言い方でしたから。私は施設出身者であることをオープンにすることで、児童養護施設出身者にもモデルを目指すような人がいるんだって伝え、施設に対する見方を変えたかったんです。実際、SNSで施設出身者からダイレクトメッセージが来ることもありましたし、効果は見られました。でもその人にはそういった効果も私の思いもわかってもらえず、ぶったぎられてしまいました。
 
遠藤: モデルをされるときに名刺を配って営業活動をされていたということですが、すごく勇気が必要そうです。その一歩を踏み出すための勇気はどうやって持てたんでしょうか。
 
田中: 勇気とは思っていなかったですね。必要なことを叶えるための手段だと思っていました。「何のために」という目的が定まってないと仕事に使われる人間になってしまいます。私は人生の目的意識をコーチングを通して教えてもらい、生い立ち関係なくなりたい自分になれる社会をつくりたいと気づきました。『ゆめさぽ』やこども家庭庁での委員活動などは手段で、それぞれの手段が目的へのつながりを持って取り組めるように、というのは意識しています。そういえば最近の国の会議で、現場の職員さんの思いをうまく伝えられずに会議を終えてしまうことがあり、帰ってから泣いてしまったことがありました…(笑)。現場の人は言いたいことがたくさんあるけど、直接国に言う機会はほとんどありません。だからこそ、その思いを国の人に伝えるために私がいるのに、なんでこんなにうまくできないんだろって。
 
遠藤: 強い思いですね。でも、そういった強い思い、「何のために」が持てない子は多いと思います。自分を支えてくれるような人生の目標を持つために、今施設にいる子にアドバイスはありますか。
 
田中: 冷たく聞こえるかもしれませんが、私は「自分の味方は自分しかいない」と思っています。やりたいことを叶えるのも自分、叶えないのも自分で、やれない理由を社会や親のせいにした瞬間に「自分」を保てなくなると思っています。過去は変えられないけれど、自分のやりたいことを叶えていこうと思った人だけが「なりたい自分」になれると思っています。
 
遠藤: 今施設にいる子の中で、「どうせムリ」、「自分なんて」、 と思う子が少なくないと聞いています。田中さんもそう思うことはありましたか。
 
田中: そりゃ、ありましたよ(笑)。施設にいる間は「ルールだから無理」で突っぱねられたこと がたくさんあったので、それがきっかけで自分の意見を言わなくなりましたし、言っても無駄なことを言うのはやめようという思考になりました。否定されるのが怖くなって、その時は「諦め」の感情が自分のなかで大きかったですね。「どうせムリ」という自分の気持ちに向き合っていませんでした。
 
遠藤: そういった時期もありながら、今は自分の人生に主体的に向き合えるようになったんですね。
 
田中: はい。モデルをやろうと決意してオーディションを受けました。ひとつ受かったのですが、芸能事務所に入るためには養成校に通う必要があって、その学費が年20万円とか30万円とかなんです!それだけのお金が必要だと当時施設を出たばかりの19歳の私に言うわけですよ。「払ってくれる親はいるの?」と聞かれても、お金の支援は期待できない親でしたから。その時は「親がいないと夢って叶えられないのかな」とか、「お金がないと夢って叶えられないのかな」とか思いましたし、「この生い立ちだから夢は叶わないんだ。私はモデルとしてこの先歩めないんだ」と思った時がありました。
 
遠藤: そこからどうされたんですか。
 
田中: 一度母にも当たってみましたがやっぱりだめで、余計無理なんだという思いが強くなりました。当時通っていた短大で、もう潔く保 育士なるしかないかなと……。ただ、そこで母から紹介されたのがコーチングだったんです。これでダメだったら保育士になろうと、結構すがる思いで受けました。
 
遠藤: 厳しいですね。親やお金のことがどうしても関係してくるけど、これが現実ですよね。コーチングを受けられて、ちゃんと自分で人生の意思決定をされたと思うんですが、実際お金はバイトなどで何とかされたということですか。
 
田中: 結局、事務所に入らない方法があるということをコーチに教えてもらいました。それで名刺を作って、フリーモデルとして営業活動を始めたんです。
 
遠藤: なるほど。違う手段を発見されたんですね。
 
田中: 言うなれば、どこにお金がかかるのかという「しくみ」を学んだんです。芸能事務所ではマネージャーの人件費としていくらかかり、それはモデルを売り出すためにこういうことを教えるためで、それにお金がかかっているんだと。ただ事務所に入らないにしても、モデルとしてやっていくなら養成校に通えば教えてもらえるスキルも自分で学ぶ必要があります。なので、自分がやりたい仕事につながるウォーキングなどのレッスンはお金を出して受けました。

遠藤 「どうせムリ」と思う子は、現実的に「何が」そ の子にとって制約になっているのかを明らかにすれば、違う手段を発見できるかもしれないですね。

取材の様子。常に笑顔の絶えない田中さんです。

未来を見据え、自分にできることを少しずつ

遠藤: 田中さんは今の活動、これからの活動を通じてどういう社会をつくっていきたいですか。
 
田中: 正直、どの課題を解決すれば良いか探している途中で、「コレ」というものはまだ見つかっていません。ただ、一人でも多くの人に児童養護施設のことを知ってもらいたいという思いで、発信は続けています。モデルをやったりいろんな事業に関わらせていただいたりして少しずつわかってきたところなので、数ある課題の中で私には何ができるかなということを、もうちょっとあがいて探したいと思っています。そうやって探しながら、『生い立ち関係なく、なりたい自分になれる社会』というビジョンに忠実に活動をしていきたいです。今は自分のやっていることを経済性や健全性を持って、ひとつひとつ手放していきたいと思っています。今やっている情報発信サイトも、ある程度は収益性が見込めるようなコンセプトに作り変えたりして、自分が始めたことを中途半端にせずやり切って、ひとつひとつ積み重ねていきたいです。そして、気の置けない仲間と少人数のチームをたくさん作って、日本をちょっとだけ良くするお手伝いができたらと思っています。「ちょっとだけ」というのが大事です(笑)

編集者あとがき

偶然ですが、田中さんの生年月日が僕の弟と一緒でした。年齢は本質ではないと思いながら、やはりこの歳でこれだけの覚悟・思いを持ち、たくさんの葛藤をしながら行動していることを知り驚きを隠せませんでした。もうこういう生き方しかできないが、自分のやりたいことを貫くために周囲とのギャップがつらくなる……。こういう気持ちもあるのでしょうか。僕も共感するところがあります。それでもこの社会の現実と向き合うためにバランスをとって、何ができるか考えます。それは時に楽しいものですが、基本的に大変です笑。今回は、今もって社会的養護のもとで暮らす子どもたち(とその周囲にいる大人!)に少しでも何かを届けたいというコンセプトで取材しました。何かを感じていただければ幸いです。今回もお読みくださり、ありがとうございました。

私信のようなもの

早くも2023年が終わりますね。昨年のような成果(新規予算の獲得とか)はあげられませんでしたが、毎日がんばって生きました。新たな出会いもたくさんありましたし、このSaiもおかげさまで続いております。来年の仕事がどうなっているかはわかりませんが、何をするのであれ、より一層本質にフォーカスして取り組みたいと思います。それでは今年一年間、誠にありがとうございました。よいお年をお迎えください。

編集者等紹介

編集者 遠藤 綜一
滋賀県職員。予算経理に6年間従事し、その後児童養護施設を担当。多い時は年200冊読む本の虫。好きな作家は中村文則。
 
デザイン協力 Maiさん


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