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思春期のメンタルヘルスとUI都市調査プロジェクト カウンセラー、よしおかゆうみインタビュー

取材・文:白坂由里(アートライター)

高校生を中心としたユースが調査員となり、3人のアーティストをリード調査員として、都市における「メンタルヘルス」のあり方をクリエイティブな視点で調査・共創した「UI都市調査プロジェクト」(以下、UIプロジェクト)。2022年夏から約半年にわたり、その主な拠点としてメンバーが集っていたのは、東京都荒川区東日暮里にある「東京ガレージ」だ。「東京ガレージ」とは、家族や思春期を対象とするカウンセラーのよしおかゆうみさんが、教育・心理、アートの専門的見地から、幼児から青年までの成長本能に働きかける環境づくりの一環として運営している場所。この場所を提供したよしおかさんに、UIプロジェクトを見守りながら感じてきたことを尋ねた。さらに、よしおかさんの専門である思春期のメンタルヘルスやウェルビーイングと照らし合わせながら、今後の活動についても提案したい。

トップ画像:「東京ガレージ」で活動中の「日本建築」チーム。右は大工・建築家の林敬庸

カウンセラーのよしおかゆうみさん

対話と合間。長い時間をかけたUIプロジェクトの良さ

前回レポートしたように 、上野千蔵(撮影監督・映像作家)率いる「映像」チームでは、「“ふつう”ってなんだろう」をテーマに友人らと対話した映像作品を制作。林敬庸(大工・建築家)率いる「日本建築」チームでは、「究極の『寝床』をつくる」をテーマに模型やVR映像、テキストをまとめた冊子をつくりあげた。yoyo.(料理人)率いる「食」チームでは、茶の湯の点前に倣って丁寧に味噌汁を食す「みそしる点前」というパフォーマンスと映像を制作した。また、西野正将(美術家・映像ディレクター)が率いる「撮影記録」チームでは、各チームのプロセスを写真や動画で記録した。それぞれのチームに集まったのは、学校法人角川ドワンゴ学園N高等学校・S高等学校の生徒たちだ。最後にそれぞれのチームで行った調査や制作した作品を「MINDSCAPES TOKYO WEEK」で発表した。
 
よしおかさんは「仲間との偶発的な出会いから始まり、同じ時間と空間を共有するなかで打ち解けていく様子を見てあたたかい気持ちになりました。また、⼤⼈も⼦どもも⼀緒になってメンタルヘルスという難しいテーマに手探りで取り組み、もがきながらも何かを⽣み出す達成感も得られたのではないかと思います」と語る。

インビジブルの菊池宏子(奥中央)とユースとの対話。撮影:西野正将

どのチームも、自分たちで考えたユニークな発想を具現化できていた。それは、調査や話し合いの過程で⼀⼈ひとりがメンタルヘルスというテーマを⾃分ごととして追求し、⾃分の発想や考えを⾃由に出し合えたからではないだろうか。よしおかさんは「それはまず何を言っても否定されない安心感があったからだ」と分析する。自分を出せるようになるタイミングは人によって異なるが、プロジェクトが長期にわたったため、その間に待つこともできた。「アーティストはスペシャリストであると同時に、ユースと対等にやり取りする関係性を築いていて、お互いに刺激し合い学び合う場になっていたと思います」
 
オンラインによるコミュニケーションを併用しつつも、実際に顔を合わせて活動する機会を大切にした。もちろんオンラインでしか参加できない仲間も尊重した。そのなかでよしおかさんは「対話の時間はもちろん、雑談の時間も大事だなとあらためて思いました。移動中や休憩時間など“合間の時間”があったことで、リラックスして自分を出せるようになっていく様子を微笑ましく見ていました」と語る。なんでもない時間やゆとりがあったからこそ、メンバー自身のメンタルヘルスを維持することができ、一筋縄ではいかない課題にも楽しんで取り組むことができたのだろう。
 
展覧会を鑑賞したときには、途中で諦めずに真剣に取り組んだ過程を見ていたからこそ感動したという。「3つのプロジェクトがそれぞれに個性的で、ユースたちから引き出されているものがそれぞれに違う。個性と個性のぶつかり合いからチームカラーが生まれていることも面白く思いました」

思春期のメンタルヘルスやウェルビーイングとは

イギリスのウェルカム・トラストが掲げる健康課題の一つ「メンタルヘルス」について、東京でのプロジェクトを担った主催のNPO法人インビジブルは、メンタルヘルスとは何か、根本的なところから改めて考えながら「マインドスケープス東京」をスタートした。そのうち「UIプロジェクト」に参加したのは10代の若者たちだ。

来日したウェルカム・トラスト、主催のインビジブル、アーティスト、ユースなどが集った「MINDSCAPES TOKYO WEEK」。YAU STUDIOにて。撮影:西野正将

そこでここからは、UIのメンバーと同世代であり、よしおかさんが相談を受けることも多い思春期のメンタルヘルスについて尋ねていきたい。よしおかさんによると、まず思春期とは「思春期特有のホルモンの変化で体調も感情も不安定になるため、揺れ動く自分自身と付き合わなければいけない時期」だという。若者たちが、⽣活に⽀障のないよう⾃分なりに対応や⼯夫をしていくなかで大切なことを挙げてくれた。 

・体の不調や⾃分や家族の悩みを打ち明ける友達や⼤⼈がいる。
・勉強や運動、睡眠時間、遊びなどのバランスの良い習慣を身につけている。
・親に依存しすぎず、⾃律的に⽣活できている。
・家族関係や友達関係に悩みや葛藤があっても、自分では抱えきれないほどの異常な問題はない。

誰にも助けを求められない、追い詰められた状態ではメンタルヘルスは得られない。話を聞いてくれる人がいるだけでも悩みは軽減されるはずだ。また、ストレスは誰にでもかかるが、それをコントロールし対処する力を鍛える「ストレスコーピング」が重要なのだという。慢性的に続く過剰なストレスから⼼のバランスを崩したときに、その状態から抜け出すためのヒントや解決法を挙げてくれた。

・楽しく体を動かして、十分な睡眠をとる。
・日記などで状況や感情を俯瞰してみる。
・部屋の環境などを変えたり、いつもと違うことをしたりする。
・相手を否定せずに自分の気持ちも正直に伝えてみる。
・リフレーミング=違う角度で見たり考えたりする練習をする。
・読書・映画・美術館など関心のある世界に浸って価値観を広げる。
・誰かと対話しながら自分の思い込みや偏見をチェックする。

子どもには学校や家庭などの環境そのものを変える力がないので、視野を広げてくれるような多様な人と出会うことが大切だという。UIプロジェクトでは、地に足をつけて自分の人生を探求し、楽しんでいるアーティストらの存在がその役割を果たしたのではないだろうか。
 
では、10代にとってのウェルビーイング(心身ともに良好な状態、幸福を感じられる状態)とはどのような状態を指すのだろうか。

・個々のメンタルヘルスがベースとなり、まず自分自身が自立して健康な状態にあり、家族関係や友達関係がうまく機能しているなかで、⾃分のことに集中できている。
・自分をのびのびと発揮でき、悩みや葛藤があってもある程度発散できている。
・家族や友達に貢献できているという「⾃⼰重要感」、誰かの役に⽴っている喜びがある。
・⾃分の多⾯性を引き出し世界観を広げてくれる多様な⼈やもの・こととの出会いがある。
・適度に依存し合えて情緒的なつながりを感じる、安⼼安全な居場所がある。
・家庭や学校以外にも⾃分の特技や個性を認められ、成⻑できるコミュニティがある。

なかでも重要なのは「⾃分のことに集中できる時間があること」。近年指摘されているヤングケアラーの問題のように、家族をケアすることが当たり前になっていて自覚できない場合もある。自分がやりたいことに没頭できているか、会いたい人に会えているか、その年齢にふさわしい生活ができているかなど、何か欠けていれば、やはり問題があるといえるだろう。
 
また、3つ目の「自己重要感」とは、「できる/できない」ではなく、自分自身が世界にいることの意味を感じ取ることを示す。「才能があって褒められるとかではなく、自分がしたことに他者から『ありがとう』と言ってもらえたり、あるいは他者が自分にしてくれたことに気づいたりすることでその感覚が得られます。幼い頃に親が信じて励ましてくれた記憶とか、毎日小さな動植物の世話をして責任をもって育てていたとか。そうした過去の経験も、自己重要感を支えています」
 
また、学校や家庭に限定せず、安⼼安全な居場所、いわば人と人との緩やかなつながりのある「第三の場所」がどこかにあるといいという。東京ガレージは、アットホームでいて外に開かれているような安心感のある場所だ。そうした空間にも助けられ、UIプロジェクトは自分が自分でいられて笑い合えるような居場所となっていた。

ワークショップで撮影した写真を見る「食」チーム。右奥はよしおかさん

続いて、よしおかさんは「ウェルビーイングファースト」という言葉を紹介してくれた。前野隆司氏(慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科教授、慶應義塾大学ウェルビーイングリサーチセンター長)が研究する「幸福学」に登場する言葉で、成果や成功よりも「ウェルビーイング」をまず大事にする考え方。人が幸せだと感じる「幸せの4因子」が提唱されている。

・ありのまま=⾃分らしさ
・やってみよう=新たな挑戦
・ありがとう=ギブアンドテイク
・なんとかなる=楽観性・客観性

「部分に着⽬してとらわれすぎてしまうと追い詰められてしまうけれど、物事を俯瞰して広い視野から楽観的に考えられることが幸せには欠かせません。多様な友達の存在や出会いも必要です」とよしおかさん。UIプロジェクトにはこの4因子すべてがあったのではないだろうか。
 
では、カウンセリングの現場でも参考になる、取り入れられそうなことはあっただろうか。「映像チームの、カメラを通して人と対話するということが面白かったですね。私とあなたの間にカメラがあり、一つの窓を通してみると違って見える。ストレートな対面も必要ですが、⾃分と他者、⾃分と世界の間に“もの”や“こと”が存在することで、⼈と人との間にほどよい距離感が⽣まれる。だからこそ、⾃分⾃⾝を冷静に見つめ、仲間の特徴を俯瞰することができた。ものを介することの良さに気づきました」

撮影の練習をする「映像」チーム。「東京ガレージ」にて。撮影:西野正将

また、「みそしる点前」では、まさにマインドフルネス(今起きていることに、一切の判断をせずただ意識を向ける)を体感できたという。「カウンセリングには、どうにもできない不安を抱えるクライエントも訪れます。そこで、普段は見過ごしている何でもないことを、ゆっくり五感で味わう短いプログラムを意識的に組み入れ、穏やかな時間を共有することで、落ち着いて心に向き合うことが期待できるのではないかと思いました」
 
さらに、⼤枠の課題はあるけれども、その枠のなかで⾃由な選択が許され、⾃律性が担保される場では、アサーティブな(相手を尊重しながら自己主張もできる)コミュニケーションが成立するという発見もあったという。「自分の気持ちを整理して⾔葉にするのが難しいときには、アート作品のようにものを通して表現し、友達や⼤⼈と対話のキャッチボールをすることで、イメージや⾔葉がだんだん出てくる。他者がいることで、自分の考えていることが表現しやすくなる様子を見てヒントになりました」
 
思えば「日本建築」チームで模型についてひとりずつ発表しているときなどはまさにそうだった。ものや他者を知ることは、自分を知ることに返ってくる。アートもまたそんな鏡のような役割を果たす。

自分で考えた「究極の寝床」を模型で発表し合う建築チーム。撮影:西野正将(2点とも)

コロナ禍でめっきり減っていた対面での共同作業の醍醐味も味わえた。「テクノロジーではないアナログの体験が、感情・感覚・思考と連動し、共鳴を生んでいた。体感したことは記憶に残り、決して忘れないことでしょう」。アートを通じて、⽇常にあるものをより俯瞰して見る視点をつくりあげる経験は、ユースにとって新鮮なラーニング(学び)にもなったことだろう。

家族や学校、情報社会。今の10代の悩み

それでは、実際にカウンセリングの現場では、10代からどんな悩みを聞くのだろうか。
「私が受けている相談のほとんどが家族関係です。親子の役割が逆転していたり、夫婦仲が良くなかったりして、子どもが自分ごとに集中できない状態。再婚家庭で居場所を見失っている子どももいます。かと言って、家を出て自分で稼いで生計を立てることもなかなか難しい社会状況です。親も自分のことで精一杯な状況だと、子どもが自分の殻に閉じこもって耐えている姿が見えてないこともある。あるいは問題行動があると、親は子を責めるのですが、よくよく聞くと家族のシステムのなかでその子にしわ寄せがきている場合も多い。家族のバランスを保つためにその子をスケープゴートにしてしまっていることを、大人に視野を広げて気づいてもらわないといけない」
 
子どもは0歳から、特に母親の感情に共鳴することがわかっているという。「夫婦仲が悪いと子ども自身が引き裂かれるような気持ちになる。それが活⼒低下・⾃尊⼼低下・創造欲低下・罪悪感を招いてしまう。自分のせいではないかと思ったり、親が大変そうだから自分がこの家を守らなきゃと思ってしまったり、⼼を閉ざし、歪んだ依存⼼につながることもあります。家族や学校というシステムのなかで歪みを一手に背負うのは、優しく責任感の強い子どもであることが多いんです」
 
一方、家族関係に不満がなさすぎても、外の理不尽な世界とのギャップに耐えられないこともある。親の期待や過干渉で成長する機会を失って、反抗心が外に向かい、派手なトラブルを起こすことも。あるいは家庭に問題があるのに、外面を気にして蓋をしている場合もある。「いつも親がフォローしてきた子どもは、ハプニングや失敗に弱い。レジリエンス(回復力)が育まれていないと、思春期の壁を乗り越えるのはハードです」
 
もうひとつ気になっていた、情報社会がもたらす思春期のメンタルヘルスへの影響についても尋ねた。実際、ユースの複数人から「情報の渦から離れる時間を持ちたい」という声を聞いていたからだ。「情報が多い、つまり選択肢が多すぎると比較対象がありすぎるので自分で決められなくなる。それはすなわち自立できないことにもつながるので、メンタルヘルスにはよくないんですね」。情報が多すぎて、挑戦はしたいけれどリスクが怖くなってしまったり、⾃分の興味のある世界にしか接点が持てず、異質な世界との出会いがなかったりといった問題もある。
 
話をうかがいながら、UIプロジェクトの調査のなかで、こうした当事者(の実例)あるいは克服した人の体験談を聞く機会があってもよかったのではないかと思った。よしおかさんは「当事者が見知らぬ人たちの前で話すのは難しいかも」と前置きしつつ、「自分たちとは違う生き方をしている同世代について知ることは、新しい視点になるかもしれないですね」と答えた。
 
「今回は自分を知ることが人を知ることにつながる。それが調査であったと思います。自分たち自身が良い状態でないと、他の人に提供し広げることはできないので、まずは良かったのではないかな。自分自身がメンタルヘルスを整えてウェルビーイングを感じられているところでのプロジェクトだったからこそ、うまくいったのではないか」。ウェルビーイングの状態にあることで自分も他人も尊重できるし、創造性が高まるということだ。それは、ユースたちと彼らに触れた大人たちの姿を見ていても確かに実感できることであった。

誰のためのメンタルヘルスか

「現代のキーワードでもあるメンタルヘルスとウェルビーイングは、まさにアートとの親和性が⾼いと感じました。私自身も固定概念を外してアートを広く捉えて学んでいきたい」と生き生きとした表情で語るよしおかさん。今後に向けて提案はないか尋ねた。
 
「今回のUIプロジェクトでは不特定多数を対象にしていましたが、テーマ自体が大きいので、誰のためのメンタルヘルス、ウェルビーイングなのか、今後は未来に向けて、ユース調査員と同じ10代にフォーカスを絞ってみるのはどうでしょうか」。カウンセリングの専門分野でも、発達段階や人生のステージ、家庭・職場・学校など環境の違いによって定義は分けて考えているという。「その際、自分とは異なる世界で生きる同世代を知るような調査・研究があっても、視野が広がっていいかもしれないですね」
 
誰のためのメンタルヘルスか。日本建築チームの話し合いでもこの問いが出たことはあった。ユースが考えてきた模型にはそれぞれに個性があり、一つを選ぶのもまとめるのも難しかったために、「自分にとっての究極の寝床」として発表することになった。これはこれで自身を見つめる機会になって良かったのだが、各自の「究極の寝床論」を読み返してみると、「安心できる居場所」「自然を取り入れていること」「幼い頃の記憶」という共通点も見えてくる。VRのなかでも、すべての「究極の寝床」をつないだのは「自然」の描写だった。さらに言えば「睡眠」とは本来、誰もが公正に与えられ、その時間は平和であるはずのもの。その睡眠が妨げられるとはどういう状況なのか、「異なる世界に生きる同世代」に安心して眠ってほしいとしたらどうかなど、今後も様々に考え続けられるテーマでもある。

「日本建築」チームのメンバーが考えた「究極の寝床」をVRで体験
「食」チーム「みそしる点前」の映像展示

また、食チームでも「みそしる点前」の撮影場所として樹々のある庭を選んでいた。映像チームでもシーンの背景に公園などの自然が写っていることが多かった。「ふつうとは?」という問いをきっかけとして、自分自身が自然に振る舞える友人などの存在に改めて感謝を表していた。前述でよしおかさんが挙げた「相手を否定せずに自分の気持ちも正直に伝えてみる」「自己重要感」などと重なるところもある。

映像作品「“ふつう”ってなんだろう」を制作した映像チーム。右は撮影監督・映像作家の上野千蔵。撮影:西野正将

また、「MINDSCAPES TOKYO WEEK」で、ユースが観客をアテンドしている姿も印象に残る。チームを超えた実行委員会を結成したことも大きいが、それまでチームごとに活動していた彼らが、展覧会では他のチームの説明もできる状態になっていた。他者をよく知ろうとする心の現れでもあったと思う。

「みそしる点前」の展示風景でガイドする「食」チームのユース

インビジブルや有楽町アートアーバニズム(YAU)の豊かなネットワークにより、世代を超えた対話や交流ができたことも学び合える尊い経験であったと思う。今回参加したユースたちはこの経験をステップとして、それぞれの場所に戻ってからも何かに挑戦していくのだろう。今後のUIプロジェクトが、どんな扉を開いていくのかも楽しみだ。

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