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元投資銀行バンカーが本当におすすめするスキーム関連書籍

こんにちは、投資銀行で数々のM&A案件を経験する中で、ロジやバリュエーションの次に必要となるのがスキームの知識だと感じている。

具体的な業務が発生するロジやバリュエーションとは異なり、スキームが分かっていなければならない場面はあまり多くはなく、若手のうちはせいぜい法的な観点を踏まえた全体スケジュール表の作成くらいではないだろうか。例えばTOBならいつまでに関財に相談に行くか、いつまでに必要となるドキュメントを用意しなければならないか、など

そのため、スキームについての知識は自身でつけようと意識的に思わなければ、なかなか日々漫然と仕事をする中では身に着けることは難しい。
一方で仕事においては、会計士や税理士、弁護士が主なプレイヤーであり、ともすればすさまじい勢いでディスカッションが進んでいき、結果のところが最後レポートにまとめられて出てくるので、意識的に議論に入らなければ存在感がなくなってしまう。

今回はそういった課題感からストラクチャー検討に当たって、私がお勧めできる書籍を厳選した。バリュエーション関連の書籍を紹介するものはそれなりにあるが、ストラクチャーについてはなかなかないのではないだろうか。

スキームを学ぶのに私が実践していた方法は、仕事であるスキームに遭遇することがあれば、それに関する書籍を1-3冊(法務論点をカバーしたものと会計・税務論点をカバーしたもの)購入し、まずは辞書的に使いつつ空いた時間で通読していくという方法が最も効率的であった。

ぜひそれを実践し、スキームマスターとしての第一歩を踏み出してみてほしい。


基礎編

M&A実務のすべて

基礎編としてご紹介するのはデロイトグループによる「M&A実務のすべて」である。様々な投資銀行において基礎書籍として位置づけられており、若手でまずM&Aにかかわる案件や部署に配属されたときに購入する最初の一冊。

本書の良い点はM&A全体を広く解説しているところにある。M&A全体的な進め方や基礎的な組織再編に係るスキームの各種論点やバリュエーションのやり方などが網羅的に解説されているため、最初の一冊として扱われている。

そのため、まず最初にM&Aの全体観をつかんでみたい、という方は本書を手に取っていただくとよいだろう。

一方で、個人的には本書は「帯に短し、襷に長し」的な書籍であるとも感じている。スキームの解説はさらっとしているものの専門用語が多く、そこに関する解説はあっさりしているため、本書でスキームの知識を細かく身に着けることは難しいのではないかと感じている。

実務を行う上では内容が薄いためあまり役に立たないが、導入としてはいいのではないかと感じている。

公開買付け関連

公開買付けの理論と実務

最近は上場企業への株主提案の件数やアクティビストによる要求等、上場会社に対する要求は強くなってきており、上場しているメリットを感じない企業は非公開化を選択肢として検討するようになってきたように感じる。

非公開化に当たっては様々なスキームが考えられるが、一番一般的に用いられるのは公開買付けであろう。つまり現金等を対価にまずは一段目として一定程度の株式を買付け、二段階目にスクイーズアウト、つまり100%の株式を取得するという方法である。

単なる株式譲渡とは異なり、多数の少数株主を相手にする公開買付けは金商法等さまざまな法務的論点が多く、スケジュールを組む際にもその規制を幅広く理解しておく必要がある。

本書籍はまさにTOBの法務的論点が包括的にまとめられている書籍である。NO&T(長島・大野・常松法律事務所)の専門家により、公開買付け規制の背景や届出書や意見表明報告書等のドキュメンテーションのタイミング等が網羅されている。

IBDにおいては比較的FASよりもTOBに触れる回数が多くなる傾向にあるが、TOB案件にアサインされた場合は、まず本書を持っておくことをお勧めする。(ちなみに私の所属していた会社では100%全員が持っていた)

スクイーズ・アウトの法務と税務

法務的な論点に加えてよく問題になるのが、税務の論点でありストラクチャーを変更することで実質的な手取り分が多くなるケースがある。(その分TOB価格を安くすることができるケースもある)

本書は法務に加えて、公開買付け(に限らないが)の税務論点について最もわかりやすく解説しているところがアピールポイントだと考えている。

スクイーズ・アウトといっても、TOB後の売渡請求や株式併合などのいわゆる2段階目の手法に係る税務論点だけではなく、しっかりとTOBについても税務の論点に解説を加えている。(本書では広義と狭義のスクイーズアウトとして区別している。)

法人株主だけでなく、個人株主に係る所得税の論点まで解説は及ぶため、ぜひ本書を手許に置き、通読しながら必要に応じて該当箇所をつまみ読みするというやり方でもよいだろう。

M&A・組織再編の会計と税務

会計についてもTOBや組織再編においては非常に重要な論点になる。要はそのM&Aが経済的にプラスになるのか、マイナスになるのか(DilutiveなのかAccretiveなのか)が事業会社にとっては非常に重要な論点であるため、M&Aや組織再編を提案する上で必須な事項になっている。

会計処理が分からなければ、財務モデルをそれに合わせて組むことができず、永遠にBSがバランスしなかったり、そもそも会計的にどういう結果になるのかや、Pro-Forma BSがそもそも作れない、といった課題に直面することがある。

1年目のジュニアならまだしも、アソシエイトやそれ以上になった後に組織再編の会計処理が理解できなかったり、会計士との会話についていけなければ財務モデルを組むこともできず、ロールを果たすことはできないだろう。(VPでわかってなければ致命的である。)

本書は税務に加えて、会計処理を丁寧かつ包括的に解説してくれている。個人的には段階取得の論点に苦戦した経緯があり、そのタイミングで本書を購入してピンチを免れたという苦い経験がある。

こちらも会計的な論点の理解を促進するため、辞書的に使いつつ、暇な時間に通読することが良いだろう。


その他組織再編関連

合併ハンドブック

税務や会計の論点はおおむね公開買付け関連で取り扱った書籍に記載があるが、法務観点については合併ガイドブックがおすすめである。

ちなみに、これらのガイドブックは法務論点を主にカバーしているため、当たり前だが、経済条件の決め方(合併比率等)やそれにかかわる会計や税務論点についてはあまり解説がなされていない。

そのため法務以外の論点をカバーしたい場合は、公開買付け関連にて紹介した各種書籍をご参照いただきたい。

株式交換・株式移転等実務必携

株式交換や株式移転はTOBや合併程使われるケースは多くはないが、それでもたまに完全子会社化やHD化をするにあたっては用いられるスキームである。

株式交換等はかなりの部分TOBとプロセス設計は重なるところもあるため、TOBに慣れていれば、ある程度違和感なく進めることができるように感じる。一方で、株式交換等に特異な論点もあるため、そのような案件に配属された場合は参考となる書籍を用意しながら、必要に応じて参照しつつ案件を進めるべきであろう。

本書は(あまりない)株式交換・株式移転について包括的な解説を加えている点で最もおすすめできる書籍である。

法務的・会計的な論点を踏まえたモデルスケジュールと論点の解説に加え、株式交換等に特有な税務論点の解説を加えている。

ちなみに株式交換・株式移転ハンドブックも参考にはなるが、出版されたのが2015年であり、少し古いため実務必携の方をおすすめさせていただく。
ちなみにガイドブックの方は法務論点が主であり、そのほかの論点についての解説はほぼない。

法務の論点をもう少ししっかり掘り下げたい方には、実務必携と同様に一冊は持っていても損はない書籍である。

税務関連

税務コストをへらす組織再編のストラクチャー選択

税務論点については(どれも重要だが)非常に重要であり、直接的にどれくらいのキャッシュアウトが発生するかに直接的にかかわってくる。税務コストを適切に減らすストラクチャーを選択することができれば、売主・買主双方にとって良い経済条件を達成可能となり、案件の成就に大きく近づくことになるだろう。

その意味では佐藤先生の「税務コストを減らす組織再編のストラクチャー選択」は税務論点の考え方を学ぶ入門書としてちょうどよい。

本書はM&Aや組織再編、事業再生等M&Aの様々なパターンにおいて、どういうストラクチャー選択がどのような税務論点にかかわってくるのか、そして最も経済的なストラクチャーを選択するために必要な考え方について解説している。

非常に平易な文体で書かれているため、税務に苦手意識がある方は本書から始めてみるのも手であろう。

税務からみたM&A・組織再編成のストラクチャー選択

同様の趣旨の書籍には税務観点からみた組織再編のストラクチャー選択を解説した書籍がある。一応参考として載せておく。

法務観点

M&A法大全

法務観点からのM&AはN&AによるM&A法大全が最も包括的、かつ分厚い。
恐らくIBDでストラクチャーに詳しい人の机には必ずM&A法大全が載っていた気がする。

通読用の書籍というよりは、手許に持って置き該当しそうな法務論点が出てきたら、辞書的に活用するという位置づけの書籍である。

関連する分野について、非常に網羅的かつ詳細に、学説や判例にも基づいて解説が書かれているため、IBDやプリンシパルからするとなぜ弁護士がこういった見解を出してきているのか、を理解するには非常に良い書籍である。

M&Aの契約実務

M&Aの最もシンプルなスキームは単純な株式譲渡契約であるが、その契約書の構成や各条項の意味、その法的な効果やそもそもの思想まで丁寧に解説してくれているのが、M&Aの契約実務である。

書き方も他の類書と比較すると平易で理解しやすいため、まずはこの書籍を基に株式譲渡契約を見ていけば、おおよそだいたいの条項の意味は把握できるようになるだろう。

M&A契約--モデル条項と解説

株式譲渡契約関連でもう一冊のおすすめ書籍はM&A契約 --モデル条項と解説である。こちらも同様にM&Aの最もシンプルなスキームである株式譲渡契約書について、いわゆるモデル条項を基にその条項がどのような意味を持ち、どのような法的効果を持つのかを丁寧に解説している。

またこちらは一般条項の解説もあるため、SPAだけでなく他の契約書のレビューにも参照可能である。(もちろんおすすめはしない)

まずは模範例を知ってから契約書を読むことで、その修正がどのような意味を持つかがより深く理解できるようになる。とてもおすすめな一冊である。

株主間契約・合弁契約の理論と実務

次は単純なSPAではなく、共同投資や部分的Exitの際に使われる合弁契約や複数の株主が存在する中で締結される株主間契約の解説書である。

そもそも複数の株主が存在する場合は、定款等会社法の規定に縛られることになり、それと株主間契約でどのように整理するかが論点となる。

そういったベースからどのように各条項を規定すべきかの解説が丁寧にかつ平易になされており、おすすめの一冊である。(上記同様類書よりわかりやすいと個人的には感じる。)



今回も少し疲れたので、ここまでとするが、少しずつ今後も更新していく予定である。参考になった方はぜひフォローしていただけると幸いである。

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