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人の生

僕が居間でテレビを見ていると、庭で大きな音がした。
クロックスを履いて庭に出てみると大きなイノシシが横たわっていた。
木製の庭の柵がなぎ倒され、その上に乗っかるようにしてイノシシが倒れていた。
右の後ろ足が少し痙攣していた。
意識はあるらしいが、動けないようだった。
「山より大きなシシは出ん」と言うが、
このイノシシは大きかった。
たぶん私の軽トラックには乗らないだろう。というより乗せられない。
私は呆然とそのイノシシを見ていた。

イノシシが立ち上がり、ここを去っていくことが、一番良い解決なのだが、それは起こりそうもなかった。包丁で一突きして殺してやろうか?でもどこが心臓だろう?心臓の位置が分かったとして、そのショックで暴れ回ったら?もし殺せたとして、どうやって運んだら良いのだろう?解体するのも大変だ。その上に、この家には切れ味の悪い包丁しかない。解体して食べる。この方法だと移動の問題は解決する。イノシシの肉は美味しいのだろうか?焼いて食べるのに何日かかるだろう?何にしても一人ではどうしようもない。そんな事を考えているうちに頭が痛くなった。頭痛薬を飲んでコーヒーを飲もう。私は家の中に戻り、コーヒーを飲むためにヤカンで湯を沸かした。居間のテレビは、ツタンカーメンの刀剣が隕石から出来ていたことを伝えていた。「いまから何千年も前ににそんな技術があったなんて驚きですね」アナウンサーが言った。

隕石は大気圏で完全に燃え尽きず、大人の拳くらいの小さな岩石になった。そしてそのまま地球に向かい、日本列島と呼ばれる島に向かい、O県K郡の軽トラックには乗らないくらい大きなイノシシが突っ込んだ家に住む男の心臓を貫いた。
居間のテレビは、ツタンカーメンの刀剣が隕石から出来ていて、ミタンニ王国から送られたものであることを伝えていた。
ヤカンを温めていた火は、やがて炎になり隕石に心臓を貫かれた男の家を燃やした。
男の家は誰にも気付かれず全焼し、そしてイノシシの肉体を包み込んだ。

あくる日、近所の人(近所といっても約2キロ程度離れている)が偶然男の家の前を通る。そこには真っ黒に焦げた家と、こんがり焼けたイノシシの肉があった。

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