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ファンサービスをしない監督 落合博満は野球ファンに何を与えたのか 第13章

 第13章 プロ野球は競技なのか、エンターテイメントなのか~2006年~

 今、思い返せば、2006年は、私が落合に対して「ファンサービスをしない監督」という印象を最初に持った年だった。

 その原因は、立浪和義のレギュラーはく奪と、福留孝介をオールスターゲームに欠場させるという方針によるものだ。

 仮に落合が立浪をレギュラーで使い続けていたらどうなったか。立浪は、年々成績を落とし、2割前後しか打てなくなり、守備もほとんど動けない状態にまでなっていっただろう。

 そうなってから、立浪を控えに回していれば、ほとんどのファンは納得したにちがいない。現在もミスタードラゴンズと呼ばれているように、立浪は、中日ファンの間で絶大な人気を誇っていたのだから。

 しかし、落合がそういう方針を採用する監督だったなら、8年連続Aクラスという成績は残せなかったはずだ。

 加齢により衰えた選手を使い続けたチームは、世代交代が上手くいかず、低迷する羽目になる。

 2022年に野球殿堂入りした山本昌がインタビューでこう答えている。
「落合監督の『同じ力なら、俺は経験のある方を使う』との言葉に励まされた」(サンスポ 2022.1)

 山本昌は、40代になっても、エース級の力を保持していた。だからこそ、使われ続けた。

 しかし、裏を返せば「経験のない方が力をつけて、経験のある方を抜いてしまえば、経験ある方は使わない」と断言しているようなものだ。

 つまり、立浪の力を超える選手が現れなければ、立浪は、2006年以降もレギュラーだった。
 しかし、伸び盛りの森野が現れ、衰えていく立浪を超えて来たがゆえに、落合は、立浪を控えに回した。

 落合は、勝利を犠牲にして、立浪に3000本安打を狙わせるファンサービスはしなかったのだ。

 この頃、アンチ落合になってしまう中日ファンが増えた。

 増えた、というのは、落合は、監督就任時から既にアンチ落合を抱えていたからだ。現役時代に中日からFA宣言をして、ライバル球団の巨人に移籍したことを良く思わないファンがいた。

 さらに、監督就任時に森繁和、高代延博、石嶺和彦といった、現役時代に中日でプレーしていない人物をコーチとして起用した。彼らは、実力重視で選ばれた、いわゆる外様だ。そんな他球団OBが数多く主力コーチとなったため、愛着ある中日OBが起用されないことに反感を持つファンもいた。

 立浪のレギュラーはく奪でさらにアンチを増やした落合は、同じ年にファンが楽しみにしているオールスターゲームに福留を欠場させるという手を打った。

 故障から復帰するために調整中の福留を、後半戦初戦から万全の状態でプレーさせて勝つための戦略ではあったが、これは、中日ファンのみならずプロ野球ファンのアンチまで生み出した。

 セパ両リーグのスター選手が対決するお祭りであるオールスターゲームは、大勢のプロ野球ファンが楽しみにしている。

 この年絶好調のスター選手福留の欠場は、彼らを失望させた。

 さらに、後半戦初戦から福留が3試合連続お立ち台という大活躍を見せて、中日が独走態勢に入ったため、プロ野球ファンだけでなく、他球団からも反感を買った。

 かつて、王・長嶋を擁して無類の強さを誇った巨人がアンチ巨人というプロ野球ファンを大量に生み出したように、無類の勝負師落合は、大量のアンチ落合を生み出していく。

 この年を境に、中日ファンも、プロ野球ファンも、落合ファンとアンチ落合に2分化された感がある。

 競技を好む落合ファンとエンターテイメントを望むアンチ落合に。

 それは、野球という真剣勝負の競技でありながら、興行というエンターテイメントでもある、という相反する価値観を併せ持つプロ野球の宿命でもあった。


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