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フォーカス


自分の余命を医者から聞いた時、困惑とか恐怖よりも只々ホッとした。

嫌という程に顔を合わせてきた医師ともう会わなくて済む。きっと医師もそう思っているはずだ。


こんなにピンピンしているが不思議な事に余命が短い。

こんなに生命力を持て余してる人間がほかにいるだろうか。


思い返せば何をしてもパッとせず、何時もこれといった愉しさがない、何処からも遠い場所にいる気がして、大した承も転もなく結をずっと望んでいた人生だった。

それが一転、まさに悲劇のヒロインにでもなったかのように、周りの景色が自分にピントを合わせだした。



帰り道、いつもは重い足どりが信じられないくらいに軽い。


病院帰りによく立ち寄るファミリーレストラン。
惰性でいつも頼むいつもの変わり映えしないリーズナブルなメニューがいつにも増して美味しい。


少し遠回りをしようと河川敷を歩けば、暑さに蒸されたアスファルトと草花の香りが芳しく、空は高く広い。


すれ違う優しい顔をした母親が押す乳母車に乗った赤ん坊も、誰かがくれる餌を待つギザギザした耳の野良猫も愛らしい。



ずっとぼやけたままだと思っていた視界は、驚くほど鮮明で綺麗な日を映していた。


私の瞳孔は正常だった。



私は生まれてきた意味をやっと理解して、

ずっと手の届く距離にいた死の背中を抱きしめた。



活動のモチベーションになりますので良ければお願いします。