波紋のように広がる中年女性の孤独、悲哀、苦悩......ブラックなユーモアで笑ってしまおう【映画『波紋』鑑賞レビュー】
今回はkayserが担当します。
これまで『かもめ食堂』や『めがね』、『川っぺりムコリッタ』といった温かみのある人間ドラマを、ユーモアを交えながら描いてきた映画監督・荻上直子。ベルリン国際映画祭など内外問わず評価が高い作品を世に送り出してきました。
そんな荻上直子が、これまでのイメージを覆すようなブラックユーモアに富んだ新作『波紋』を監督。今回は、作品の魅力を紹介しながら、鑑賞レビューをお届けします。
映画『波紋』とは
映画だけなくテレビドラマや配信ドラマの脚本・演出などさまざまなジャンルで活躍する荻上直子監督の10作目の映画作品が『波紋』です。
災害による放射能問題、義父の介護、夫の出奔、障害をもった息子の結婚相手、更年期障害といったままならない環境によって、新興宗教にハマっていく中年女性を主人公の物語。現代日本が抱える漠然とした不安や女性の生きづらさなどを描いた作品です。主人公の心の叫びは、水の「波紋」のように静かに、しかし確実に広がっていきます。
そんな主人公・依子を演じるのは、筒井真理子。第69回カンヌ映画祭「ある視点」部門で審査員特別賞を受賞した深田晃司監督作『淵に立つ』での演技が認められ、数々の映画祭で主演女優賞を受賞しています。続く『よおがお』でも高い評価を受け、日本を代表する俳優のひとりです。荻上監督とは初タッグながら、依子の持つ危うさや強さや滑稽さを見事に演じています。
本作では、依子の夫役の光石研や息子役の磯村勇斗、そのほか、江口のりこや平岩紙、安藤玉恵、キムラ緑子、木野花、柄本明といった誰もが認める実力派俳優がズラっと脇を固めており、それだけでも見応え充分です。また、第67回ベルリン国際映画祭では、観客賞や審査員特別賞も受賞し、何かと話題の作品でもあります。
賛否とおかしみ
ひとつの映画において、さまざまな感じ方があるのは当たり前のこと。鑑賞後、筆者が強く感じたのは、観客の世代や性別などによって、特にさまざまな感想が出る作品ではないかということでした。
主人公の依子に共感する女性もいれば、出奔してしまう夫の修に心を寄せる人もいるでしょう。若い世代であれば、息子やその恋人に共感するかもしれません。
その一方で、どこに軸を置いてみるかによっては、全く理解できないという意見もありそうです。賛否が大きく分かれる。それが非常に興味深く感じられます。
また荻上監督らしく、そこかしこにユーモアが散りばめられているというのは、本作の特徴であり、魅力のひとつ。ここでいうところのユーモアとは、まさに「人間のおかしみ」そのものです。人が真剣に夢中で何かに向かってる姿ほど、面白いことはないと感じられる作品。自分勝手で、欲にまみれた人間は、常におかしみをはらんでいます。
心の波紋
庭にみられる依子の心の変化。ガーデニングによって、華やかできれいに手入れされた花々は夫の出奔以降はすっかり消え去り、日本庭園へと変わっていきます。砂利に描かれ波の模様は、依子の本当の感情を抑え込み、偽りの平常心で規則的に描かれていきます。
長年、いい嫁、いい妻、いい母親を演じてきた依子を代表とする女性たちの我慢の象徴のようです。一見すると美しいのですが、どこか恐ろしさも感じられます。
新興宗教も夫も息子も、本当の意味で依子の心の拠り所にはなりませんでした。依子の心を救ったのは、パート仲間の水木。具合の悪くなった水木宅を訪れた際、依子の感情が溢れ出します。
筆者もこの時の依子の行動に強く心が動かされました。彼女の周囲の人間は、本当に自分勝手な人間ばかり。それまで彼女には誰ひとり味方がいませんでした。
そんな依子の心が、本当の意味で解放された瞬間です。依子もまた水木の本当の孤独を知るのでした。
絶望からエンターテインメントへ
荻上監督自身も歴代最高の脚本と自負している本作。映画のキャッチコピー「絶望を笑え」のように、絶望から抜け出る主人公を、ユーモアラスに清々しく描いています。
孤独、悲哀、苦悩...…主人公には絶望しかありませんでした。世間体や見栄により、夫が出奔しても何事もなかったかのように振る舞う依子。
義父の最期まで見届け、夫が突然帰ってきてもそのまま受け入れてしまうのです。そこには希望も喜びも何もありません。
本心は平常心である訳もなく。宗教に貢いだ見返りの高価な水も助けてはくれません。結局、夫に気付かれないようなちょっとした復讐を実行するくらいです。
監督曰く、依子が劇中で実行する復讐は、世の中高年の主婦たちが夫に行っているプチ復讐の一例だそう。ゾッとする一方で、思わず笑ってしまいます。
本作の根底にあるものは本来、暗くてジメジメした感情です。しかし、荻上直子の手にかかれば、それすらも圧巻のエンターテインメントへと昇華していきます。それが映画『波紋』です。
全てを成し終えた主人公が、これまでのしがらみや拘束から解放され、次のステージへ向かうであろう予感を感じさせてくれるラストシーン。還暦を迎えたとは到底思えぬ筒井真理子の最大の見せ場となっています。ぜひ劇場に足を運び、直接確かめてみてください!
kayser
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