第95回アカデミー賞長編アニメ映画賞受賞作!オススメ映画『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』
映画ライターの松 弥々子が、第95回アカデミー賞長編アニメ映画賞を受賞したオススメ映画『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』をご紹介します。
ギレルモ・デル・トロのピノッキオ
2023年3月12日に、第95回アカデミー賞が発表されました。『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』の躍進が目立ったこのアカデミー賞ですが、今年も『西部戦線異状なし』(国際長編映画賞)、『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』(長編アニメ映画賞)など、NETFLIXの映画が高く評価されたのも印象的です。
今回は、長編アニメ映画賞を受賞した『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』を紹介したいと思います。
1883年に出版されたカルロ・コッローディの『ピノッキオの冒険』を原作とした本作。ピノキオというと1940年製作のディズニーアニメ『ピノキオ』が有名ですが、デル・トロ版の本作は原作をデル・トロ流に解釈し、再構成しています。
デル・トロ版のこの物語は、ベニート・ムッソリーニがドゥーチェ(統領)として君臨し、ファシズムが台頭する1930年代のイタリアを舞台としています。それは、第一次世界大戦の終了から20年を経て、またも戦火が迫り、少年をも兵士として訓練しはじめている頃……。
STORY
第一次世界大戦で息子・カルロを亡くし、20年も酒びたりになっていた人形作家のゼペット。彼はカルロが死に際に遺した松ぼっくりから芽生えた松の木を素材に、ピノッキオという人形を作ります。
カルロの死を嘆くゼペットの様子を目にした超自然的存在“木の精霊”は、この人形に命を吹き込みます。そして、この松の木に住み着いていたコオロギのセバスチャン・J・クリケットにピノッキオの良心となるように命じるのです。
翌朝、朝日とともに目を覚ましたピノッキオ。彼は、子どもらしく素直で遊び好き、ホットチョコレートが大好きな男の子でした。しかし、その木の体は多くの人の目をひきます。ある日、サーカスを率いるヴォルペ伯爵と猿のスパツァトゥーラに目をつけられたピノッキオは、騙されて人形劇に出る契約を交わしてしまいます。
一度はゼペットの家に戻ったものの、自分が交わした契約のせいでゼペットが多額の違約金を払わなくてはいけないと知ったピノキオは、ゼペットに仕送りするためにサーカスに戻ることを決めます。そこで人気スターとなるものの、ムッソリーニをからかうような演技をしたせいで、銃殺されるハメに。しかし、不死のピノッキオは黒ウサギたちによって“死の精霊”のもとに運ばれはするものの、すぐ現世に戻ってくるのですが……。
まさに“ギレルモ・デル・トロ印”のピノッキオの物語
ギレルモ・デル・トロの代表作と言えば、『パンズ・ラビリンス』や『シェイプ・オブ・ウォーター』、『ヘルボーイ』や『ナイトメア・アリー』など。
これまでもデル・トロは、人ならぬ異形のものが人と交わることで生まれる葛藤を描いてきました。
本作のピノッキオは、木でできたまさに“異形”の存在。体は木でできていながらも、まさに人間の少年そのもののような、楽しいことが大好きという子どもらしい素直さ、人間らしさをそのまま持った男の子です。
ファシズムが台頭するこの時代の子どもたちは、反自由主義・全体主義・父権主義に支配され、自分の意志を持つことを許されませんでした。そのため、少年兵として集められ、訓練を受けたりもしています。人間として生まれながらも、自由な心を持つことが許されない当時の少年たち。そんななかで、体はきでできていながらも、純粋に楽しいことを求めて自由な心で行動するピノッキオは、二重に異端の存在なのです。
かつてデル・トロは、『パンズ・ラビリンス』にて、スペイン内戦後の独裁政権下で自らの心を殺し、地底の王国に迷い込んでいく少女を描きました。『ナイトメア・アリー』では、ある男がサーカスに入り獣人と出会うことで、自らの本当の姿に目覚めていく姿を描いています。
この『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』は、そのタイトルにふさわしく、ギレルモ・デル・トロがこれまでの作品で取り上げてきたモチーフやテーマの集大成のような作品なのです。
細部までこだわりぬいたストップモーション・アニメ
『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』は人形たちを一コマ一コマ動かし、その様子を撮影していくストップ・モーション・アニメとして作られています。細部までこだわり抜いて作られた手作りの人形たちがもたらす質感は、CGでは得られない重量感のある世界を作り出しています。
木でできた人形のピノッキオ、人間であるゼペットや、生き物であるセバスチャン・J・クリケットのほか、木の精霊、死の精霊、黒ウサギといったクリーチャーたちの造形もすばらしいもの。
さまざまな技法を駆使して、各シーンが最適な方法で撮影された本作は、それぞれのキャラクターがまるで本当に息をしているように、生き生きと世界に存在しているのです。
撮影の裏側を描いた「ギレルモ・デル・トロのピノッキオ: 手彫りの映画、その舞台裏」という動画がNetflixで公開されているのですが、この動画を見れば、この映画の製作に15年という年月が必要だった理由が理解できるはずです。
キャラクターに命を吹き込む豪華声優陣
本作では、驚くほどの豪華俳優陣がキャラクターたちの声を担当しています。
主役のピノッキオを演じるのは、2008年生まれの若手俳優、グレゴリー・マン。エネルギーの塊のような、幼い少年らしさを演じられる存在として抜擢されたそうです。アフレコではなくプレスコで先に録音されたということなので、レコーディングしたのは本当に幼い頃だったのかもしれません。
そんな若いグレゴリー・マンを支えるのは、ゼペット役のデヴィッド・ブラッドリー、セバスチャン・J・クリケット役のユアン・マクレガー、木の精霊&死の精霊役のティルダ・スウィントン、市長役のロン・パールマン、神父役のバーン・ゴーマン、医者役のジョン・タトゥーロ。
このラインナップを見るだけでも驚きなのですが、個人的に印象的だったのが、敵役として登場するヴォルペ伯爵を演じる、クリストフ・ヴァルツ。会話の中に外国語を差し込む嫌味なキャラクターが、多言語を操る彼にぴったりでした。
またヴォルペ伯爵の側近の猿・スパツァトゥーラをケイト・ブランシェットが演じている点も見逃せません。『ナイトメア・アリー』の撮影中にケイトがデル・トロに「『ピノッキオ』に出してね」と言ったところ、もう言葉を話さない猿の役しか残ってなかったそうで……。素直に猿役を演じたケイトも、この大女優に猿役を演じてもらったデル・トロも、二人ともさすがです。
この『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』は、18世紀に描かれた古典の物語を、現代的なテーマをいくつも内包させながらアップデートさせた物語。
ゼペット(人間)、ピノッキオ(人形)、セバスチャン・J・クリケット(コオロギ)、スパッツァトゥーラ(猿)。彼らはそれぞれに違う種族で、与えられた寿命も異なりますが、ともに幸せに暮らすことが可能なのです。
“命”を持つとは、人間として生きるとは、どういうことなのか?
父が子を愛するとはどういうことか?
“命を持つもの”が自分らしく自由に生きられる世界の重要性を説くこの『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』は、これまで多くのキャラクターを生み出し、彼らに命を吹き込んできたギレルモ・デル・トロの最高傑作の一つと言えるでしょう。
『ギレルモ・デル・トロのピノッキオ』(117分/アメリカ・メキシコ・フランス/2022年)
原題:Guillermo del Toro's Pinocchio
配給:Netflix
Official Website:https://www.pinocchio-jp.com/
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