最弱奴隷の俺、ステータスの穴を見つけて成り上がる。『第十二話 特別強化試験ーー魔王帰還』

 涙を流しながら、少女は俺に魔王と言った。

 ……一体、何の冗談だ。

 魔王の話は子供のころに何度も聞かされた話、勇者と魔王に出てくる適役。
 世界を侵略しようとする魔王に対して人間で最も強い男である勇者が仲間たちと共に世界を冒険しながら、魔王城に向かうと言った内容だ。
 王国では勇者の石碑が立てられたり、童話にもなっている有名な話。

 つまり、俺はこの話の適役になってしまったという事だろうか。
 でもだとしたら今回の試験は上手く魔王になり切れという事でいいのだろうか。
「そっか、俺は魔王だったな、少し寝ぼけてしまっていた。とりあえず、城に帰ろうか」
 なら魔王の演技を精いっぱいしよう。
「寝ぼけていただけ? ……本当ですか?」
「ああ、本当だ」
 幸いこの子は決して頭がいい方には見えない。少し心が痛むが、この子から魔王の立ち回り方を学ぼう。
「はああー、良かったです! じゃあ、帰りましょうか」
「ああ」
 俺は少女の後ろについていく。

 足の指ほどの低い草が一面に生えている、この場所はどうやら他と同じ様な浮遊島らしい。
 全体像は分からないがそこまで広く無い様で、すぐに端についてしまった。

「えっ……」
 島の橋は壁や柵などがあるわけでは無く、変に移動すると下に落ちてしまいそうな場所だ。
 そして、俺の目の前には青い光を放つ円形状の物体が浮いていた。
「では、行きましょう」
 少女がそう言って青い物体に触れる。
 すると青い光は少女を包み込み、そしてそれから数秒後、光りがなくなったと思ったら、少女の姿は無くなっていた。

 これで島間を移動するのか……
 少し怖いがここにずっといたんじゃ不可思議に思われるものな。行くしかないか。

 俺は前に出て、青い物体に触れる。

「うおっ!」
 俺も青い光に包まれる。

 数秒が経過して、辺りの雰囲気が大きく変わったとこに気が付いた。
 先ほどの爽やかな草原の様な島ではなく、今度は白が多く目立つ巨大な建物が立ち並ぶ島だった。
 建物の中や、道路には人が歩く様子が見える。

 綺麗だ、と思った。
 生まれてからずっと村で生活をしていたが王都だってこんなきれいに整えられた風景ではないだろう。
 そんなことを一瞬で分からせるほどの技術力だ。
「……どうしたんですか、ご主人様。さあ、早く行きましょう」
 少女が笑顔で振り向いて、俺の手を取る。
「なあ、この街は良い場所だな」
「はい、ご主人様の手腕のおかげです。知っての通りここはひどいところでしたから」
 酷い場所か。
 なるほど、ここにもともといた魔王は相当優秀だったのだろう。
「そうか」
 そして今は俺が魔王。頭がいいように見せて、尚且部下たちの信用を落とさないようならなければならないな。

 ※※※

「魔王様が帰還しました」
 魔王城の中、入った直後にあったエントランスを抜けて階段を五階まで上がり、目の前にあった両開きの豪華な扉の前で少女はそういう。
「了解しました」
 扉の向こう側から男の声が聞こえて、ガガガと言った音を鳴らしながら扉が開き始める。
「探索ご苦労様でした、魔王様」
 中にいたのは何十人と言う規模の女性と男性が真ん中を開けて左右に並んでいる。皆統一された黒色の礼装をしている辺り彼らが魔王の世話係と言ったところだろう。
 扉が完全に開ききって、少女が扉の端による、俺はその意味をくみ取って前に進む。

 歩き続けた突き当りに数段の階段がありその上には、金色で縁取られ腰かける部分が赤色の豪華な椅子が置いてある。

 これが俺の席かな。

 階段を上がって座る。
 椅子の上から自分が歩いてきた道を確認すると、既にメイドや執事たちは膝をつき頭を下げていた。
「頭を上げよ」
 俺のその一言に、皆頭を上げる。しかし統率がなっていないのか同時に上げてはいない。
「出迎えありがとう。さて、俺がいない間に何かあったものはいるか」
 先ほど、メイドたちは探索ご苦労様でしたと俺に言った。という事は俺は数日間ここを開けていたのだろう。
 それゆえの質問だ。

「発言、よろしいでしょうか」
 椅子の横からはっきりと聞き取りやすい男の声が聞こえる。
「ああ」
 俺は首を動かし男の方を見る。男もこちらを向き、一つお辞儀をしてから、
「最近、魔獣軍の動きが活発になっているとの知らせが入りました。魔王様と魔王軍があれば大きな問題とはならないと思いますが、ご留意ください」
 俺の軍が魔王軍で、魔獣軍と言うのは何だろうか。
 童話では魔王軍の中に魔獣が含まれていたはずだが、別勢力か、童話とは別の世界という事だろうか。
 情報が欲しいな。
「了解した。では、魔獣軍および魔王軍の戦力をそれぞれまとめて後で提出してくれ」
「はい、分かりました」
 男はもう一度お辞儀をして元の方向に体を向けなおす。

「他に何かあるか」
「はい」
 メイドの列の先頭から一人、一歩前に出て、発言する。
「なんだ」
「メイドが二人ばかり増えたので、その後報告です。後であいさつに行かせますので、ご用意をお願いします」
「ああ、分かった」
「それと……」
 メイドは唐突に目を逸らして、口を淀ませる。
「どうした? 言いずらい事でもあるのか」
「はい、あの……魔王様の自室に……」
 自室に?
「ゴキブリが侵入したまま現在、退治に至っておりません」
 ゴキ……ブリだと。
 もはや言わずもがなの超悪生物。並外れた生命力に、俊敏性、どんなところにも隠れる力、羽虫ゆえの飛行、見た目。それらありとあらゆる不快感のある概念を詰め込んだ、人類が遺伝子レベルで嫌う、そんな生物が俺の自室に現れた、だと。
「……申し訳ございません!」
 メイドはほぼ土下座に近い形で謝罪する。
「……了解した。では、最も強い武器を持ってこい。俺が直々に引導を渡してやろう」
「わっ……分かりました」
 メイドはそう言って元の体勢に戻った。

「他はあるか?」
 反応は無い。
「では、この中でゴキブリに抵抗感の強い奴は俺の先に部屋に入り、周囲を警戒。武器が到着するまで待機するように。……では行こう」

 ※※※

「魔王様をどう思いますか」
 魔王側近総括アルドルが同じ円卓を囲む者たちに疑問を投げる。
「やはり、違和感があります。今までとは違う。探索中に何かあったのでしょうか」
 それに反応するのはメイド執事総括クライ。
「リンが帰ってきていないからな。何かあったことは確定だ。……今回の探索対象は未探索の穴、か」
「不気味ですね」
「はい……」