最弱奴隷の俺、ステータスの穴を見つけて成り上がる。『第九話 反逆者』

「さっきから聞いていたが、奴隷に魔法は使えないぞ」
 目の前に堂々と立つのは、村で俺と戦ったあの騎士だった。

「逃げようアリス」
 これはまずい。
 直感的な物ではあるけれど登場の仕方から明らかにおかしい。今の俺じゃこの騎士には勝てない。
「うん!」
 俺たちは騎士の事を完全に無視して、真反対に走り出す。
 木の根や虫などは見向きもせずにただ走る。
 後ろ振り返ると、騎士も少しずつ近づいてくる。
「なあ、スピードってどんな魔法だ」
 走りながら聞く。
 俺はまだスピードの魔法の効果だけ知らない。もし、現状に有用な魔性であるなら使わない手は無い。
「速度を上げてくれる魔法」
 おあつらえ向きだ。
「じゃあ、頼む」
「『スピード』」
 突如、体が軽くなり木々がどんどん後ろへ流されていく。
「逃げるってどこに逃げるの?」
「あの穴だ! そこまで絶対に足を止めるなよ」
「分かってる」
 また、後ろを振り返る。
 騎士は甲冑ゆえか走るのが遅い。
 今日の昼頃に部屋を出発してすぐに穴についた。そう時間はかからないはずだ。これならば、追いつかれずにたどり着ける。

「はぁ、はぁ」
 さすがに全力疾走。もう息が切れてきた。
「アリスは、大丈夫か」
「はっ……私も疲れてきた」
「あと少しだ」
「そうだね」

「逃がす訳ないだろう」
 ザッ……

 しかし、またもや騎士は目の前に現れた。
 でも、今回の騎士は甲冑を着ていない。肩まで伸びた髪に、少し隠された鋭く青い眼光は俺らを監視するように睨めつける。四十代ほどの渋い顔だちである。黒色の服は全身と密着している。

「な、なんで……」
 さっきまで俺らの後ろをついてきていたはずだ。なんでいきなり、目の前に現れるのか。
 騎士は腰にぶら下げていた剣を引き抜き、俺の首元に当てる。
「実力差だな。ステータス差が30もあれば、勝ち目はなくなる。君たち相手なら甲冑などいらないと判断したんだよ」
「じゃあ、何でこんな事をする」
 俺は疑問をぶつけながら、目を動かしてアリスに逃げるように伝えるが、アリスに伝わっていないのか、もしくは騎士を前に動けないかは分からないが一向に動きを見せない。
「村人の依頼だよ。そこの女奴隷を殺してくれとのことだ」
 狙いはアリス?
「ならなぜ俺に剣を向ける」
「理由などない。どちらを脅してもどちらも殺せる。まあ、強いて言うならその女奴隷と交渉するためだな」
「交渉?」
「そう交渉だ」
 そう言うと騎士は俺から目線を外し、アリスの方を見る。
「私と性交渉をしないか? そうすれば君とこの男、両方助けてやろう」
 何が性欲は強いがくずじゃないだ。性欲も強くて、脅して欲求を貪るくずじゃないか。

 アリスは俺に視線を送る。
 どうすればいいかを聞いているのだろうか。なら、引き受けるなと言う意を込めて頭を横に振るべきだろう。
「……むりです」
 頭を縦に振ると俺の意図がうまく伝わったのかアリスは、否定する。
「はっはっはっ。……ならば、依頼通り、死んでもらおう!」
 次の瞬間、騎士の剣は俺の首を離れ、アリスに飛んでいく。
「『シールド』」
 ドンッ!
 アリスの首に差し掛かった剣は、魔法によってはじかれる。
「くっ……」

「逃げるぞ! アリス!」
 不意を突かれたか、動きが鈍った騎士を横目にアリスの腕を引っ張って走り出す。
「魔法が使えるとは、やはり殺すには惜しいな」
「『シールド』」
 突如、背中に鈍痛が走る。
「うっ……ふっ、ありがとう」
 しかし、痛みは一瞬で、傷口が開いた感覚もない。どうやらアリスが俺に魔法を使ってくれていたらしい。

「さて、私は方針を変えた。そこの女奴隷は魔法を使えるようだ。なら、殺さずに捕まえて王都に連れていく。もともと、村人の依頼の動機は森の浅いところに来ると視界に入って迷惑とのことだったからな。まあ問題ないだろう」
 王都に連れていく、だと。
 もしそれが本当なら裕福な暮らしが手に入るかもしれない。俺とは別れる事になるかもしれないけど、それでも俺はそっちの方がいい。
 ただ、怖いのは奴隷として、魔法を使うだけの道具にされる事。
「ちなみ今回の交渉ではないからな。勿論、戦わないならその方がいいが、どうせ断るだろう?」
 騎士は剣をアリスに突き立てる。
 でもアリスを連れて行こうというというのなら殺しはしないだろう。
「あたり……」
「待て」
 俺はアリスがこの話を断ろうとするのを静止する。
「もし、アリスが同行を受け入れたとして、アリスの安全は保障されるのか?」
「ふっ……当たり前だろう。大事な魔法使いを卑下に扱う訳ないじゃないか」
「証拠はあるのか」
 これだけは確認しなくてはならない。俺はこの騎士に信用がない。確証を与えてくれる証拠はやはり必要なのだ。
「うーん、今決めた事だからな。用意していないな。信用してくれないか?」
 騎士はアリスの眼を見て紳士の様にふるまう。
 そう、あくまで決めるのはアリスだ。
「アリス、俺はこの騎士を信用できない。最終的に決めるのはアリスだが、参考にしといてくれ」
「……参考にしなくても、断るつもり。私はアルト君と離れたくない」
「ありがとう、アリス。……という事だ騎士よ」

「そうか、なら、無理やりにでも連れていく!」
「『ホーリーアロー』」
 瞬間、閃光が辺りを包み、光の矢が飛んでいく。騎士の方に一直線に飛び、そして、消えた。
「強いな、だが、荒い!」
 すぐさま騎士は剣を振り上げアリスに突っ込んでくる。
「ふっ」
 アリスは回避して
「『ホーリーアロー』」
 もう一度、光が生まれる。
「荒いと言っただろ」
 騎士は一切の回避もせず、光の矢を受け止め、剣をアリスに当てる。

「アリス!」
 俺は土をけり、加速。顔面にこぶしをぶつける。
 しかしまるで聞いていない様子で、
「貴様には遅いと言ったな」
 ドンッ!
 鳩尾に衝撃が走る。

「うぐっ」
 近くの木に打ち付けられる。
 肺に空気がなくなって、息が出来なくなる。

 苦しい。

 あれ……視界がぼやける。
 今の一撃で?
 村ではそんな事なかったのに。もしかしてこれが騎士の本気か。

 勝たないと、いけない。
 アリスを苦しませるわけにはいかない。
 それじゃ村と何も変わらない。

 まだ、気を失う訳には、いかない。

「さて、これでいくらでも、犯して、それで、王都に売れるな。ふっ……かわいそうに、アリスよ」
 声を高くした騎士の声が聞こえる。
「『ホーリーアロー』」
「無駄だよ」
「やめて!」

 やめろ……
「やめるわけがないだろ。奴隷如きが、騎士に命令していいと思っているのか」
 今までの騎士とはまるで違う口調。
「やめて‼」

 一体、どうなっているんだ。
 でも、アリスが苦しんでいる。

 やめろ、騎士。いや、悪魔め。

 やめろ。

 力を、アリスを守る為の力を。
 ステータスの穴よ、俺はお前を求めてる。

「ほう、豊かなピンクだ~」
「いや……」

 ……変えてやる。

 こんな世界は、俺が変えてやる。

 ※※※

『やあ、穴以来だね。さて早速本題だ。君はきっと今、危険状態にあるんだろう。じゃあ、穴に行ってみてくれ。きっと君を救ってくれる』

 いきなり、そんな声が聞こえる。

「ああ、やっとか。俺は世界を変える。その力を、アリスを守る力を、やっと手に入れる」

「ステータス‼」

 青い窓に表示されるのは『反逆者』の文字。

 この力で俺はアリスを絶対に守る。

 ※※※

 上半身の服がやぶやれたアリスに覆いかぶさる、騎士は、アリスから離れて俺の方を見る。

「まだ立てるのか、内臓、傷つけたはずなんだけどな。30差じゃ、一撃で殺すには至らないか」

「俺は、アリスを救う為にお前を殺す!」

「面白くないな―。ざこが!」

 ドンッ……

 瞬間、俺はその場を走り去る。
「? 逃げたのか? はっやはり、奴隷はそんなものだな」
 そんな声も後ろから聞こえるが、今は耳を傾けない。

 見つけた。ステータスの穴。

 俺はすぐさま、中にもぐり、
「ステータス、職業変更、守護騎士」
 何をすべきか分かっているようにそう唱える。
 いつもの様に俺のステータスは変更される。

 身体能力30、魔法適性11。

 俺は穴を出る。
 しかし、ステータスに変更は無い。

 そして、俺はただ走る。
 アリスを救う為に。

 ※※※

「『ホーリーアロー』」
「うがっ!」
 俺が騎士に向かって放った閃光はいともたやすく、騎士に突き刺さる。
 それによって騎士は剣を離す。俺は空に剣があるうちに、奪い取り、一撃、二撃、三撃……と何度も打つ。
「くそがっ! なんでお前まで魔法を使えるんだ!」
「アリスを守る為に!」
「精神論を聞いてるんじゃねえんだよ!」
 俺が振りかぶる剣を騎士は短刀で受け止める。
「たとえ、魔法が使えた所で、身体的な実力差は膨大。それに魔法ももう警戒している。貴様の負けだよ」
 ドンッ、キンッ
 剣と剣が何度も打ちあう。

 騎士の短刀を回避して追撃、防御されるが、すぐに離れて攻撃。

 そして、またもや、振り上げた剣は短刀に防御される。
「ぐはっ……‼」
 筈だった。

「剣が二本あるとは思わなかっただろう」
 俺が突き出した、穴の短刀は騎士の首元を貫いていた。

「なぜ、私は騎士なのだぞ。40越えのステータスなのだぞ。なぜ、私が負けるのだ」
「単純だ。お前が屑だからだよ!」
 俺は短刀をより深く、突き刺した。

 ※※※

「アリス! 大丈夫か。何か変な事されてないか?」
「み、見られただけだから。大丈夫」
「そっか、良かった」
 アリスは上半身こそはだけているが、戦闘時の外傷以外は特に傷は見受けられない。
 俺は胸をなでおろす。
 どうやら、守れたみたいだ。
「私たち助かったんだね」
「ああ、そうだな」
「ねえ、アルト君」
「ん?」
「私、アルト君の事、好きだよ」
「えっ……それって」
 次の瞬間、俺の唇に暖かい感触が広がった。
「私じゃだめかな?」
「キスされて断れるとでも?」
「そっか、嬉しい」
「ああ、俺もだよ」
 そして、俺らは深い抱擁を交わした。

 ※※※

 俺は今日、誓った。

 アリスを守ると、ステータスに支配された世界を変えると。
 もう絶対に、負けられない。

 狂った世界よ、待っていろ。

 俺が、反逆者だ。