最弱奴隷の俺、ステータスの穴を見つけて成り上がる。『第二話 ステータスの穴』

「ステータスの穴?」
 突如聞こえた柔らかい男の声に俺は疑問を投げる。

 その声は洞窟の全体から聞こえており、誰かがしゃべっているとは思えない声だ。
『ここは僕が作った空間。まずはその場でステータスと言ってみてくれないか』
 また声が聞こえる。

 ステータスを確認しろという事か?
 怪しいとは思うがここには食料があった。この声の主がこの空間を作ったというのならまだ食料があるかもしれない。

 眉唾物ではあるが指示に従おう。
「ステータス」
 その一言で視界の中心にステータス画面が表示される。

「えっ……なんだこれ」

 現れたステータス画面には、職業捕食者、身体能力30、魔力適性30。
 そしてその下に身体能力上限値50、魔力適性上限値50、【特殊能力】満腹状態またはそれに伴う幸福感によってステータスが上昇するという、今までとは違う情報が書かれていた。

『さていきなりステータス値が上がっているから驚いているかもしれないけど僕にも時間制限があるからね。質問は無しで、話を進ませてもらうよ』
「ああ」

 信用できるかは分からない。でもこいつは確かに何らかの力を持っている。
 それだけは確信した。という事は言う通りにしておけば生き残れるかもしれない。
 なら今は話を聞こう。

『ここ、ステータスの穴は君の様な弱き者が強くなるための空間。本来変わることの無い職業を変える事が出来る。さらにその職業のステータス上限値と特殊能力が表示されるようになる』

 魔力適性の下に書いてあるやつか。
 ステータスに上限値があるなんて聞いた事もないし、特殊能力ってなんだ。

『上限値って言うのはそのままの意味で、君たち人類がどこまで訓練してもそれ以上の値にはたどり着かない。特殊能力はその職業が持つ能力の事。全ての職業にある。例えば最弱奴隷なら、上限値はどちらも1で特殊能力はステータス値が上がる事も無ければ下がる事もないって感じかな』
「なるほど」

『そしてここからが重要。職業の替え方だ』
 俺は聞き取りやすい態勢になる。これは俺の可能性になるものだ。聞き逃す訳にはいかない。

『単純だが適性試験を受けてもらって問題ない様なら授ける。ただそれだけだ。ちなみに受け取った職業ならいつでも切り替えができる』

『でも、一つだけ条件がある』
「条件?」
『試験を受けてもらう前に力を授ける為の土台を体の中に作る必要があるんだ。この作業はとてつもない痛みに襲われるし、最悪死に至る。それでもやるならはいと答えてくれ』
 声は聞こえなくなって赤い宝石が、より光出す。

 痛みが伴う、か。
 俺はどんなことをしても生きていたい。自殺を考えた日からずっとそう考えている。それにたとえ、ここで力を手にれなかったら外で死ぬだけだろう。
 なら俺は力を得られる方に賭けたいと思う。

 でも、その前に気になる事がある。
「条件は分かった。けどその説明だとさっきの捕食者も手に入れるのは無理そうじゃないか」
 俺は宙に向かって質問を投げる。

 数秒が経過する。
 返答は来ない。
「だんまりか」

 でも、回答の有無に関わらず受けるつもりではあったんだ。
 問題ない。

「じゃあ、答えは勿論、はいだ」

『よかった。では、心の準備をしてくれ。今から十分後に行う』

 一分、二分と緊張が高まっていく。
 死ななければいいが、死ぬ可能性がある。そう考えてしまうとどうしても心臓の鼓動は早くなっていく。

 ……まだか。

 少しでも落ち着くために貧乏ゆすりが始める。

 ……まだなのか。

「すぅーはぁー」
 深呼吸をしてもなかなか緊張が収まらない。

『準備が出来たよ。どこでもいいから赤い石に触れてくれないか』
「っ! あ……ああ、分かった」
 遂に来てしまった。

 俺は立ち上がって近くの壁にめり込んでいた赤い宝石に触れる。

『じゃあ、始めるよ』

 その一言が聞こえた瞬間、
「あああああ!!」
 突如、全身に激痛が走った。
 痛い。あまりにも痛い。
 体中から汗が噴き出して止まらない。
「ああ! 痛い痛い痛い!」
 のた打ち回って何とか痛みを逃がそうとするが、意味はなく脳をトンカチで叩かれ、腹に刃を突き付けられたような痛みが、全身を駆け巡る。
『あと、五秒だよ』
 あと、五秒もあるのか。くそっ。
 頼む早く終わってくれ。お願いだ。
「ああー!」
『三、二、一』
 痛すぎる!
『ゼロ』
「うっ……」
 カウントダウンの終わり同時に痛みは嘘の様に消え去った。

『おめでとう、と弱者脱退の言葉を掛けたいけれど、君の取ってみればここからが本番だし、僕の時間も無くなってきたからここでお別れとしよう。物理系の職業を得たいなら右の部屋に、魔法系の部屋を得たいなら左の部屋に進んでくれ。それじゃ、頑張ってくれよ』
「ああ、勿論だ」

 こんな痛い思いをしたんだ。
 絶対に早死になんてしてやるか。
 この理不尽な世界で俺は、生き抜いて見せる。

 さて、では生き残るためにどうすればいいかだが、単純に考えれば村に帰るのが最善だ。村に帰る為には捕食者なんて異質な職業じゃなくて農民とか、農民戦闘員の辺りが欲しいか。
「農民は物理系か?」
 まあ、農民が物理系じゃなかったとしても、魔法の使い方なんて俺は知らないから必然的に物理系に行くことになる。

「じゃ、行くか」
 俺は今までその存在に気が付かなかった二手に分かれた奥に続く道の右側へ歩く。

 道の先は小さな丸い部屋の様になっており、最初のところ同様に赤い宝石で全体が照らされている。
 俺の目線の先には更に奥に続く道が見える。

 さすがに何もないのに小部屋を用意するとは思えない。
 俺は何か起きないかと辺りを見てみると、入り口に看板が置いてあるのに気が付いた。
 すぐに戻って内容を確認する。
『物理系職業適性試験1 この試験をクリアすると職業が一つ手に入る。始めるときは試練名を宣言しよう』
 看板にはそんな文字が書いてあった。

 何が手に入るかは教えてくれないのか。
 まあでも、
「物理系職業適性試験1」
 やらないっていう選択肢は無いだろう。

 俺が宣言した数秒後、洞窟内が揺れ始め、その揺れと同タイミングで地中から巨大な芋虫の様な生物が姿を現した。

 魔獣。人間に害を加える生物の総称で大小強弱、様々な種類がいるがそのすべてに共通しているのは人間のみを攻撃対象としていることだ。

 そして今目の前に現れた魔獣は俺も何度か見た事がある。畑の中から出てくることが多い魔獣だ。
「つまり、試練って言うのは現れた魔獣を倒せばいいのか」
 今までなら現れたらすぐに農民戦闘員が討伐してくれたが、今回は自分で戦わなくてはならない。

「きゅいーー」
 魔獣が甲高い声を上げる。

 武器は無い。
 だから俺は辺りを見渡して武器足りえる物を探す。
「これでいくか」
 足元に大量に転がっていた石の中から一番鋭利な部分がある物を取り、胸の前に構える。

「さあ、行くぞ!」
 ざっ、と言う音を鳴らしながら魔獣に向かって突き進む。魔獣の目の前に辿り着いた瞬間、頭突きが飛んでくる。
「くっ」
 横に飛んで回避。それに合わせて魔獣も飛んでくる。それに向かい打つ形で石を振る。
 命中するが刃が入らず、そのまま魔獣の頭が鳩尾に入る。
「うっ……」
 一回、距離を置こう。
 そう考えて走る。
 しかし魔獣は俺とほぼ同じ速度で追ってくる。

 不味いな。
 俺とあの魔獣は同等か魔獣の方が強い。これでは確実にいつか負ける。

「決定打が欲しいな」
 走りながらつぶやいて考える。

 そして一つの事を思い出す。
 【特殊能力】満腹状態またはそれに伴う幸福感によってステータスが上昇する。
 捕食者の特殊能力。文面だけ見れば腹が膨れれば何でもいいともとれる。

 なら、何を食べる。
 あたりを見渡す。

 土を食べよう。
 魔獣が出てきた部分が大きくめくれあがっていて、柔らかそうな土が露出している。
 これなら食える。

 俺は走りを止めて、魔獣を待ち構える。
 ドンッ!
 打撃音と共に魔獣が飛び込んでくる。待ち構えていた俺はすぐに回避して、土に飛びつく。

「うぇ、不味すぎる」
 口内の水分を一気に吸い取って、飲み込もうとしても喉が拒否する。
 それでも無理やり飲み込む。
「はぁ……気持ち悪い」

 強くなった実感はない。
「ステータス」
 でも、現れたステータス画面には身体能力33、魔力適性33(満腹により三十秒間3アップ)との文字が書かれている。
 これならいけるかもしれない。

 石を握りなおしてもう一度構えて、魔獣を待ち構える。
「キュウー」
 また飛び込んできた魔獣に石を突き立てる。
 その瞬間、血が吹き出す。痛みからか、暴れだし、石に大きな抵抗がかかる。でもそんなのお構いなしに石を抉るように動かす。

「死んでくれよ!」
 数秒間の攻防の後、抵抗が薄くなった瞬間が生まれる。
 その一瞬、俺は思いっきり体重をかけて石を突き刺す。
「ぎゅえええぇぇ!」

 そして、魔獣は雄たけびを上げ動かなくなった。

「勝った……のか」
 実感がわかない。
 でも、目の前で血みどろになりながら倒れている魔獣を見ると、理解せざる負えない。

「……勝ったんだ。俺は、生き残ったんだ」
 脳が理解すると、実感も少しずつわいてくる。
「俺は、俺は……」

 もう弱者じゃない。

 感無量の喜びが脳を埋め尽くした。

 ※※※

 アルト

 職業 農民戦闘員

 身体能力27 魔力適性11

 ※※※

「……あれ、減ってない?」