脚本・とある飛空士への追憶(1)
○路地裏
シャルル(10)、うつぶせに倒れている。
シャルルのモノローグ
「たとえば今日みたいに、一日の稼ぎを腕ずくで取り上げられ、殴られて腫れ上がった顔を地面にこすりつけているとき。ぼくはひとりの女の子を思い出すことにしている」
○デル・モラル屋敷・中庭(回想)
幼いファナ(7)、シャルル(9)に語りかけている。
ファナ
「あなたはとっても強いひと。あたし、あなたを尊敬してる」
幼いシャルル、不思議そうにファナを見下ろす。
ファナ、微笑んで、シャルルに抱きつく。
ファナ
「辛くても、負けないでね。あたしも負けないから」
○路地裏
寝返りをうち、仰向けになるシャルル。
雲が破れ、破れ目から飛行戦艦が降りてくる。
その周囲を飛ぶ飛行機。
破れ目からシャルルのもとへ陽光が届く。
シャルル、よろよろと立ち上がって歩きはじめる。
シャルルの頭上を航過していく飛行機たち。
シャルル、空の彼方へ飛び去る飛行機を見送る。
シャルルのモノローグ
「生きていれば、ぼくだって空を飛べるかも」
カメラ、空へ。
タイトル「とある飛空士への追憶」
画面ブラック。ノイズ。カウント。古めかしいファンファーレ。
白黒映画の太字の字幕が浮かび上がる。
○映画のスクリーン
字幕
『レヴァーム・デイリー・レポート』
スクリーンに中央海の地図が映し出される。
レヴァーム皇国とサン・マルティリアの位置関係を提示。
ナレーション
「広大な中央海に隔てられた長距離恋愛が、ついに成就いたしました!」
ニュース画面。
レヴァーム皇国にカルロ皇子(24)の顔写真(ぼかされて顔立ちは見えない)、サン・マルティリア、リオ・デ・エステの位置にファナ(20)の顔写真がそれぞれ表示される。
ナレーション
「本日、レヴァーム皇家はカルロ皇子の婚約を公式に発表。お相手はサン・マルティリア領主令嬢ファナ・デル・モラル嬢。一万二千キロメートル離れた愛がついに報われることとなりました」
○デル・モラル屋敷・全景
豪勢な屋敷。使用人や庭師が働いている。
○同・舞踏室・中
ドレスすがたのファナ(20)、家庭教師(48)とダンスのレッスン。
専属の楽団が音楽を演奏している。
家庭教師一、踊りながら告げる。
家庭教師一
「表情を消して。人形のように」
ファナ、無表情のままなにも答えず踊る。
家庭教師一
「(踊りながら催眠術のような声で)お嬢様はカルロ皇子に寄り添う人形。一切の感情を持たない、ただ美しいだけの自動人形」
ファナ、なにも答えず表情も変えず、機械のように踊る。
○同・食堂・中
豪勢な広い食堂。長大なテーブル。
ファナ、食事を摂っている。
ファナの周囲に、三人の家庭教師が突っ立ち、食事の様子を観察。
スープを口に含むファナ。
家庭教師二、ファナの顎の下へ手を添え、首の角度を調整する。
皿の肉を切り分けるファナ。
家庭教師二、ファナの右手へ手を添え、フォークの角度を調整する。
気にせず、肉を口に運ぶファナ。
家庭教師二
「咀嚼は気づかれぬ程度。嚥下時、喉を動かしてはなりません」
ファナ、意に介さず機械のように食事する。
○同・執務室・中
ファナ、背筋を伸ばして椅子に座っている。
女性家庭教師三(55)、ファナの周囲を歩き回り、細かく姿勢を修正する。
家庭教師三
「王族の仕事は威厳を保つこと。感情の表出は絶対になりません。笑うことも泣くことも禁止、自分を機械だと思うのです」
ファナ「はい」
家庭教師三
「情緒を捨て去り、皇子の傍らに佇む人形となること。それが自然な威厳に繋がり、臣下を服従させるのです」
ファナ「はい」
家庭教師三「この姿勢を保ち、一時間。動くことは許しません」
ファナ「はい」
背筋を伸ばして椅子に座ったまま動かないファナ。
家庭教師、ファナの姿勢を観察し、指先のわずかな位置のずれを矯正する。
○デル・モラル空挺騎士団兵舎・中
椅子に座ったファナの写真が新聞に載っている。
ヨアキン(24)、新聞をベッドに投げ出し、イヤミな笑みをたたえる。
ヨアキン
「ファナ様、カルロ皇子と婚約だと。戦争中に呑気なこった」
狩之シャルル(22)、歯磨きしながら新聞を拾い上げて、ファナの顔写真を眺める。
シャルル
「(物憂げに)負けてるときにこんなことを発表して大丈夫かな。敵に狙われないといいけど……」
突然、兵舎内のベルが鳴る。
はっとするシャルルとヨアキン。
警報。スピーカーから声。
スピーカーの声(雑音混じり)
『高塚方面より敵編隊接近! 直掩は真電、二十機以上! 目標は当飛行場と目される!』
途端にヨアキンとシャルル、兵舎内にいた飛空士たちが外へ飛び出る。
ヨアキン
「案の定、来やがった!」
○アルメリア飛行場・滑走路
鳴り響くサイレン。駐機場に並んだ戦闘機へ駆けていく飛空士たち。
ヨアキンとシャルル、並んで滑走路を走りながら、
ヨアキン
「(イヤそうに)真電二十機だとよ! くそっ、死にたくねーっ」
シャルル
「魔犬に会ったら逃げる。わかってるね?」
ヨアキン
「わかってるよ! お前こそ、あの犬っころとは戦うんじゃねーぞ!」
ふたり、空いていた戦闘機アイレスⅡに飛び乗る。
シャルル、素早く計器を確認、地上員へ手信号で合図。
車輪止めが外され、大空へ飛び立つシャルルのアイレスⅡ。
○空
真電編隊とアイレス編隊の空戦がはじまる。
雲を巧みに利用して、瞬く間に真電を撃墜するシャルル。
ほかのアイレスは次々に真電に撃墜されていく。
○ヨアキン機搭乗席・中
ヨアキン、懸命な表情で操縦桿を握っている。
周囲を見渡し、シャルルが敵機を墜としたのを確認。
ヨアキン
「すげーよシャルル、よく墜とせるな、こんなやつら……うわぁっ!!」
いきなり横合いから真電に銃撃され、慌てて雲のなかへ逃げるヨアキン。
ヨアキン
「こんなオンボロで勝てるわけねーだろ!」
○シャルル機搭乗席・中
空戦をつづけるシャルル。
通信装置のスピーカーから指揮官の声が届く。
指揮官
「南南西から新手、デル・モラル屋敷へむかっている! 敵の本命はファナ様だ!」
シャルル、驚愕の表情。
風防の外を睨み、操縦桿を倒す。
シャルル、マイクを掴む。
シャルル
「こちらシャルル・カリノ。これよりデル・モラル屋敷へむかう」
指揮官
「新手に魔犬がいる。頼むぞ、ファナ様を守れ」
シャルル
「はっ!」
シャルル、スロットルをひらき、行く手の空を見据える。
シャルル
「ファナ、無事で……!」
増速するアイレスⅡ。
○デル・モラル屋敷・音楽室・中
ファナのレッスン風景。
能面の表情でピアノを弾くファナ。
家庭教師四、血相を変えてファナへ叱責を浴びせる。
怒られても無表情を変えないファナ。
ファナ、ピアノを再開。
機械のようなファナの表情。
家庭教師四、ふと顔を上げて窓の外を見る。
ファナはピアノを弾きつづける。
ピアノの旋律にプロペラの音調が紛れ込む。
家庭教師四、窓の外を凝視。
遙か彼方から迫り来る敵機を視認。
家庭教師四
「戦闘機……?」
ファナ、構わずにピアノを弾いている。
窓の外、真電が一機、屋敷を目がけ突っ込んでくる。
家庭教師四、下腹に懸吊された爆弾に気づいて目を見ひらく。
家庭教師四「お嬢様っ!」
ファナを振り向いて叫ぶ。
ファナ、表情を変えずピアノを弾きつづける。
入り口のドアをあけて執事が室内へ飛び込んでくる。
執事
「(血相を変えて)お嬢様、敵が……!」
言葉の途中で真電が爆弾を切り離す。
ファナ、ピアノをやめない。
執事、ファナを抱きかかえて床へ伏せる。
真電、屋敷直上を航過。同時に爆発音。
屋敷の左翼屋が炎上、崩壊。
家庭教師四
「(驚愕)旦那様っ!」
執事、ファナを背中に背負う。
ファナ、無表情のまま、執事におぶわれる。
屋敷内、火災発生。火を消そうとする使用人。廊下に硝煙が漂う。
ファナのモノローグ
「目の前の出来事は全て、舞台を鑑賞するようなもの。たとえここで焼け
死のうと、わたしは死にゆく自分を鑑賞できる」
執事におぶわれたまま、瞳に宿っていたかすかな光を消し去るファナ。
ファナのモノローグ
「わたしは人形。わたしは機械。わたしの人生は、わたしには関係ない」
必死に逃げる執事。大混乱の屋敷内。
○デル・モラル屋敷周辺空域
まっしぐらに飛ぶアイレスⅡ。
彼方、デル・モラル屋敷が炎上している。
○シャルル機搭乗席・中
シャルル
「(悔しげに)ファナ……!」
シャルル、目を凝らす。
屋敷の上空を旋回する真電を発見。
さらに目を凝らし、真電の機首付近に描かれた魔犬のノーズアートを視認。
シャルル
「魔犬……!!」
表情を引き締めてスロットルをひらく。
シャルル機、増速して魔犬へ接近していく。
彼方、魔犬も機首をシャルル機へむけて突っ込んでくる。
シャルル
「ぼくを舐めるな……!!」
○デル・モラル屋敷周辺空域
燃え上がるデル・モラル屋敷上空でシャルル機と魔犬の格闘戦。
戦技の応酬。やがてシャルル機被弾。機首付近から炎が噴き上がる。
シャルル
「(焦りながら操縦桿を左右に倒し)くそっ……!!」
地上へ目を走らせ、デル・モラル屋敷のだだっ広い庭を視認。
炎と黒煙を噴き上げながら懸命の操縦。
かろうじて庭の中央通りにアイレスⅡを胴体着陸させる。
炎がシャルルの搭乗席にまで迫る。
シャルル
「熱っ!」
搭乗席から地面へ転げ落ちるように逃げ延びる。
燃え上がっている屋敷と、大騒ぎする庭師や使用人たち。
上空を見上げると、魔犬機が悠々と空を飛んでいる。
悔しげに唇を噛みしめるシャルル。
魔犬機、いきなり低空飛行を開始。地面すれすれの高さを飛び、シャルルの面前を飛びすぎる。
魔犬機のコクピットでは千々石武夫(25)が悠然とした笑みをたたえ、
シャルルへ片手で敬礼を送る。
シャルル、一瞬むっとするが、飛び去っていく魔犬へ敬礼。
シャルル
「(遠ざかる魔犬の後ろ姿を睨み)覚えてろ。次は負けない……」
デル・モラル屋敷へ目を移す。
屋敷の通用口あたりにいた大勢の使用人から歓声があがる。
使用人1「おぉ、ファナ様、よくご無事で……!」
シャルル、目を凝らす。
使用人の人垣のむこう、執事におぶわれたファナの無表情を視認。
シャルル「(深い安堵の表情)良かった、ファナ……」
ほっ、と息を漏らし、背後の機体を確認。
炎が燃え広がっている。慌ててその場から逃げ出す。
シャルル
「(走って逃げながら)こりゃ、皇子も黙ってないな……」
シャルルの背後、爆発するアイレスⅡ。
画面ブラック。ノイズ。カウント。古めかしいファンファーレ。
白黒映画の太字の字幕が浮かび上がる。
○映画のスクリーン
字幕
『レヴァーム・デイリー・レポート』
瓦礫と化したデル・モラル屋敷の全景が映し出される。
ナレーション
「なんという悲劇でありましょう! 先日、爆撃の惨禍に見舞われたデル・モラル屋敷からディエゴ公爵の亡骸が発見されました。白昼堂々、領主の屋敷が爆撃されたとあって、サン・マルティリアの民衆にも動揺が広がっております」
運び出される亡骸を見守る人々。そのなかにファナもいる。
ナレーション
「サン・マルティリアを占領するべく、天ツ上陸軍は国境に集結し、攻撃開始の号令を待っております。一刻も早くファナ嬢をレヴァーム本国へ送り届けるべく、カルロ皇子は自ら先頭に立って婚約者救出作戦を立案中であります」
ニュース画面。サン・マルティリア国境に集結した天ツ上軍のマークを表示。
サン・マルティリアにはファナの顔写真。レヴァーム本国にカルロ皇子の顔写真。
ナレーション
「皇子は果たして、一万二千キロメートル離れた花嫁を救出できるのか。半年後の挙式へむけて、レヴァーム皇家の威信をかけた一大作戦が開始されようとしております」
カメラ、ファナの顔写真へ寄る。
新聞の一面記事に載ったファナの顔写真がオーバーラップ。
○デル・モラル空挺騎士団兵舎・中
ベッドに寝そべって新聞を読んでいたヨアキン、新聞を放り出す。
ヨアキン
「(イヤミな笑顔で)お姫さまひとりのために艦隊派遣だと。海戦に負けまくって、いまじゃ中央海を渡れる艦隊なんかいないのに。大きいこと言っちゃって、あとで恥かくのは皇子だぜ」
ヨアキン、隣のベッドで読書中のシャルルへ目を移す。
ヨアキン
「お前、子どものときデル・モラル屋敷で働いてたんだろ? ファナ様に会ったことねーの?」
シャルル
「会えないよ。身分違いすぎ」
ヨアキン
「へえ。にしてはファナ様の記事、出るたび切り抜いてるけどな」
シャルル
「(少し焦り、頬を赤らめ)いや、歴史的ニュースだし、記念に……」
ヨアキン
「(意地悪そうに)なんか隠してんな」
シャルル
「隠してない」
ヨアキン、ふん、と鼻を鳴らしてベッドに横たわり天井を見上げ。
ヨアキン
「ま、どのみちおれたちみんな天ツ上軍にとっ捕まって、奴隷にされんだ。ファナ様はどうなっちまうかな」
兵舎へ、軍服の胸へ金モールを付けたラモン中佐(33)が入ってくる。
慌てて居住まいを正し、立ち上がって直立する騎士団員たち。
ラモン
「シャルル・カリノ一等飛空士、いるか」
シャルル
「(一歩進み出て)はっ」
ラモン
「話がある。司令部へ来てくれ」
シャルル「はっ」
居合わせた騎士団員たちが怪訝そうに顔を見合わせる。
シャルル、ラモンのあとをついて兵舎を出て行く。
残されたヨアキンと騎士団員、顔を見合わせる。
団員一
「金モール、はじめて見たぜ。本国の作戦参謀だ」
団員二
「なんでそんな偉いさんがシャルルと……」
怪訝そうな顔をつきあわせ、シャルルが出て行った扉を見つめる。
○アルメリア飛行場
青空へ戦闘機が飛び立っていく。
飛行場の滑走路脇の白い建物へ、ラモンとシャルルが入っていく。
○レヴァーム空軍航空司令部・執務室・中
ドミンゴ・ガルシア大佐(53)、執務机にシャルルの経歴書、考課表を投げ出し、パイプを口にくわえて椅子にふんぞり返る。
ドミンゴ、面前に突っ立ったシャルルを睨みつけて、
ドミンゴ
「貴様の経歴を調べた。父親がレヴァーム人、母親は天ツ人。ベスタドか」
シャルル
「はっ」
ドミンゴ
「子ども時代、デル・モラル屋敷で働いていたそうだな。なぜベスタドが領主館に雇われた」
シャルル
「父がお屋敷の庭師をしており、父の死後、わたしが引き継ぎました」
ドミンゴ「だが、クビになった?」
シャルル
「イジメに耐えかねて逃げました。道端で死にかけていたわたしを、通りすがりの神父が拾ってくださり、生き延びることができました」
ドミンゴ
「いまも給料の大半を教会に仕送りしているそうだな。敬虔なアルディスタ正教徒だと聞いているが?」
シャルル
「常にそうあろうと努めています」
ドミンゴ
「では他人の婚約者を寝取った男はどうなると思う?」
シャルル
「(戸惑いながらも)炎熱地獄へ堕ち、未来永劫やむことなく焼かれつづけます」
ドミンゴ
「(値踏みするようにシャルルを睨みつけ)……ふん。どのみち、不埒なことはしたくともできんか」
シャルル「…………?」
ドミンゴ、ラモンと視線を合わせ、頷く。
ラモン、立てかけられた中央海の作戦図に歩み寄り、説明。
ラモン「貴君も知っているように、サン・マルティリアはまもなく落ちる。我々は一刻も早くファナ・デル・モラル嬢を本国へ送り届けねばならん。だが王子の命令どおりに艦隊で迎えにいけば、たちまち天ツ上空軍に捕捉され、撃滅される」
ラモン、本国から飛び立った艦隊マーカーが、大瀑布付近で真電編隊に捕捉され、撃滅される様子を説明。
ラモン
「そこで少々、小細工を聾する。ファナ嬢を水上偵察機の後席に乗せ、護衛を付けて秘密裏に出立。ここ、サイオン島沖までファナ嬢を送り届け、本国から派遣された空中艦隊へ引き渡す。本国では、皇子が派遣した空中艦隊がファナ嬢を無事にサン・マルティリアから奪回したのだと宣伝し、皇子の面子を守る……」
ラモン、護送手段をマーカーで解説。
シャルル、緊張した表情でじぃっと聞いている。
ラモン
「護衛の水上戦闘機は五機。いずれも正規兵の腕利きが務める。肝心のファナ嬢の乗る水上偵察機の操縦士だが……、これをきみに任せたい」
シャルル、「え?」と表情を一瞬曇らせる。
シャルル
「(緊張した表情で)わたしはデル・モラル公爵に雇われた傭兵です。そのような大仕事は、レヴァーム空軍の正規飛空士がやるべきでは」
ラモン
「そうしたいのはやまやまだが、正規兵は中央海を飛んだのが移動の際の一度きりでね。しかしきみたち傭兵は護衛任務で数十回も中央海を往復している。いまでは航法士を連れずとも、サイオン島まで飛べるだろう?」
シャルル
「はい。問題ありません」
ラモン
「だからきみなのだ。最悪の事態が発生し、護衛が全機やられた場合も、きみが操縦桿を握っていれば作戦は遂行できる」
シャルル、緊張したまま答えられない。
ラモン
「(にやりと笑い)美姫を守って敵中突破、一万二千キロ。きみは空飛ぶ騎士として、姫を皇子の元へ送り届けるのだ」
シャルル、青ざめた表情で答えられない。指先と足が震えている。
ドミンゴ、冷めた表情で紫煙を吐き出し、背後のラモンを振り返る。
ドミンゴ「やはり人選ミスらしい」
ラモン
「急な話で混乱しているのでしょう。(シャルルへ微笑みかけ)今夜一晩、時間をあげよう。ゆっくり考えて、明日、いい返事を聞かせてくれ。」
シャルル「(少し安堵の表情で)……はっ!」
ラモン
「成功したなら報酬は砂金10kgだ、いろよい返事を待っているよ」
ドミンゴ、ふんと鼻を鳴らし、再び葉巻をくわえる。
○デル・モラル空挺騎士団兵舎・中
戻ってきたシャルルを仲間たちが取り囲み、詰問する様子。
シャルル、無言で首を振り、ごまかし、屋外へ逃げ出す。
シャルルを追って走る仲間たち。
○同・中(夜)
ベッドで騎士団員たちが眠っている。
シャルル、ひとり起きる。
窓の外を眺め、ベッドから立ち上がる。
○アルメリア飛行場(夜)
滑走路を歩くシャルル。
足を止め、星空を見上げる。
ポケットから財布を出し、新聞から切り抜いたファナの顔写真を取り出す。
シャルル
「ファナ……。こんな偶然……」
その写真をじぃっと眺める。
○デル・モラル屋敷・中庭(回想)
昼間。雪の降り積もる中庭。
貧しい身なりの幼いシャルル(9)、ひとりで雪かきをしている。
寒そうにがちがち震えて、真冬なのに素手でスコップを持ち、懸命に雪を掻く。
ぐーーっ、とお腹のなる音。
年老いた庭師がシャルルの近くへ歩み寄り、いきなり引っぱたく。
老庭師
「うるせえんだよ! イヤミったらしく腹ばっか鳴らしやがって!」
シャルル
「すみません!!」
老庭師
「もう豚の餌も慣れたよな!? 人間のメシは必要ねえ、お前は豚の餌だけ食ってろ!」
シャルル
「はいっ!」
老庭師、先へ歩いて行く。
シャルル、足を一歩踏み出そうとして、ふと傍らのお屋敷を振り返る。
三階の窓に影がひとつ。
シャルルが見つめると、影は消える。
シャルル、不思議そうな顔をしてから、また前をむいて歩く。
と、ぽすっ、と背後で軽い物音。
シャルル、もう一度背後を振り返る。
雪になにかが埋まっている。
怪訝そうに拾い上げ、ドロップの缶詰だとわかる。
なかを開けると、色とりどりのドロップが入っている。
シャルル「わあ……っ」
直上、屋敷の窓を見上げるが、誰もいない。
ファナの部屋の奥から、遠く家庭教師の声。
家庭教師
「(すがたは見えず、声だけ)お嬢様、なにをなさっているのです?」
ファナ「なにも……」
ファナの声だけがする。
シャルル、ドロップの缶詰を持ち、呆然と突っ立っている。
○同・豚小屋・中(回想)
豚小屋。夕方。居並んだ豚たちが餌を食べている。
片隅に藁が積んであり、シャルルがひとりで食事を摂っている。
容器に入っているのは豚と同じ餌。平気な顔でがつがつ食べるシャルル。
傍らに小さな子豚がいて、シャルルに甘えている。
シャルル、片手で子豚を撫でながら、ポケットから缶詰を取り出す。
ふたをあけて、しげしげ眺めてから、ドロップをひとつ口に入れる。
うわーー、とびっくりした表情。口のなかで転がし、徐々に笑顔になる。
シャルル
「甘い……」
大切そうに口のなかでドロップを転がす。
と、戸口がいきなりあいて老庭師が入ってくる。
シャルル、慌てて缶詰をポケットに隠す。
老庭師
「……お? いまなに隠した?」
シャルル「な、なんにも……」
老庭師、シャルルのポケットに手を突っ込み、缶詰を取り出す。
老庭師
「(驚愕)お、お前、これ……お屋敷から盗んだのか!?」
シャルル
「違いま……っ」
言葉の途中で殴られる。
老庭師
「なにが違う!? お前みたいなゴミがやることはよくわかってんだ! このクズが!!」
老庭師、シャルルをぼこぼこにする。
○同・豚小屋(回想)
庭師、豚小屋から出てくる。
自分のポケットに缶詰を突っ込み、屋内へ怒鳴る。
老庭師
「旦那様には黙っておいてやる! 感謝しろベスタド!!」
戸口を閉めて、庭師、ドロップをひとつ口に突っ込む。
老庭師、去っていく。
○同・豚小屋・中(回想)
シャルル、倒れている。
子豚がシャルルの顔についた血を舐める。
シャルル、なんとか起き上がる。
子豚、シャルルに顔を擦りつける。
シャルル、呆然と子豚を見下ろしてから、表情に憎悪をみなぎらせる。
近くにあった木の棒を掴み、振り上げる。
シャルル
「なんで、ぼくだけこんな目に……っ」
子豚を棒で叩くシャルル。
子豚、ぶーっ、と鳴いて逃げる。
涙目のシャルル、子豚を追いかけ、また叩く。
子豚、小屋の外へ逃げていく。
シャルル、それを追いかけて屋外へ。
○同・中庭
夕暮れの庭。逃げる子豚を追いかけ回し、泣きながら棒で打つシャルル。
シャルル
「なんで、なんでぼくだけ……っ!! ベスタドはイヤだ、平民になりたい!!」
シャルル、子豚を建物の壁際に追い詰める。
棒を振り上げたそのとき、目の前に幼いファナ(7)が立ちはだかり、両手を広げる。
ファナ
「(勇気を振り絞るように)ダメだよ」
シャルル、棒を振り上げたまま凝固。
ファナ
「(怖くて震えながら)あなたは、こんなことしちゃダメ」
ファナ、懸命にシャルルにそう告げる。
シャルル、びっくりした表情でゆっくり棒を下ろし、尻餅をつく。
シャルル
「ファナ様……」
ファナとシャルル、黙って見つめ合う。
ファナ、両手を下ろして、不器用そうに、
ファナ
「(不自然な大声)ねえ!」
シャルル「!?」
ファナ
「(顔を赤らめ、ぎこちなく)い、一緒に遊ぶ?」
シャルル「……え……?」
シャルル、目をぱちくり。
ファナ、決まり悪そうにシャルルを見下ろしてから、いきなり表情を引き締めて、
ふんっ、とふんぞり返り、両手を腰に当てる。
ファナ
「(空威張りしながら)お、鬼ごっこに決まり! あなたが鬼ね。よーい、ドン!」
いきなり駆け出すファナ。
尻餅をついたまま、呆然と見送るシャルル。
木立の直前まで走ったファナ、いきなりシャルルを振り返り、頬を膨らませる。
ファナ「追いかけなさいよ。面白くないでしょ」
シャルル、戸惑いながらも立ち上がり、両手をまっすぐ前へ突き出す。
ぎこちない走り方で、ファナを追いかけるシャルル。
ファナ、楽しそうに歓声をあげて、木立のなかを逃げ回る。
シャルル、ファナの背にタッチ。
ファナ、笑顔で振り返る。
と、遠くから家庭教師の声。
家庭教師一
「ファナ様――っ」
家庭教師二
「レッスンの途中ですよ、ファナ様――っ」
ファナ、それを聞いてイヤそうに表情を湿らせる。
しかし表情を引き締め直し、間近からシャルルを見上げる。
ファナ
「もう豚をいじめないで」
シャルル
「うん……」
ファナ
「あなたはとっても強いひと。あたし、あなたを尊敬してる」
シャルル、不思議そうにファナを見下ろす。
ファナ、微笑んで、背伸びしてシャルルを抱きしめる。
ファナ
「辛くても、負けないでね。あたしも負けないから」
シャルル、おずおずと両手をファナの背に回す。
ファナ、そうっとシャルルから両手を外し、また微笑んでから、木立のむこうへ走って消えていく。
シャルル、その背中を見送ってから、自分の両手のひらを見つめる。
○アルメリア飛行場(夜)
シャルル、憂いのある表情で星空を見上げる。
一度目を閉じ、ふーーっと深く息を吸い込む。
シャルルのモノローグ
「あのときファナが抱きしめてくれたから、ぼくはいまこうして空を飛んでいる……」
シャルルの表情に決意がみなぎる。
シャルルのモノローグ
「ファナを守って敵中突破、一万二千キロ……!」
覚悟を決めた表情できびすを返し、兵舎へ戻っていくシャルル。
○アルメリア飛行場
黎明の飛行場。整備員たちが駐機場に居並んだ戦闘機の整備をしている。
滑走路脇に三階建ての航空管制塔がある。
○航空管制塔・作戦室・中
ブリーフィングルーム。
レヴァーム空軍正規兵と、デル・モラル空挺騎士団員が五十名ほど椅子に座っている。
大きな黒板にはサン・マルティリアの地図が描かれ、ドミンゴ大佐とラモン中佐が飛空士たちへ説明を行っている。
ラモン
「これより東方派遣師団の全航空兵力を以て高塚飛行場を攻撃する。目的は今日の戦場を敵基地上空に限定することだ。敵の目を諸君らに引き付けるために、全力を以て暴れてくれ」
席で聞いているヨアキンと騎士団員、ひそひそ話。
ヨアキン
「珍しいな。こっちから攻撃するなんて」
騎士団員一
「絶対、裏になんかあるぜ。お姫さまがらみじゃないか?」
ドミンゴ大佐が進み出る。
ドミンゴ「制空隊はこれより出撃、直掩隊は十五分後に離陸せよ。一分一秒でも長く戦場に留まり、レヴァーム空軍の誇りを示せ!」
おう! と歓声をあげて元気よく席を立つ飛空士たち。
○管制塔
管制塔から騎士団員が飛び出して、滑走路へ駆けていく。
少し離れた場所の木陰から、出撃する仲間たちを無言で見送るシャルル。
シャルル
「(辛そう)みんな、ごめん……。誰も死なないでくれ」
その背後、レヴァーム空軍正規兵たちが五人、居並んでいる。
護衛隊長
「別れは告げなくていいのか」
シャルル
「(寂しそうに笑い)極秘作戦ですから」
護衛兵二
「仲間だろ。もう会えないかもしれないんだ。挨拶くらいなら問題ない」
シャルル
「いえ。秘密は守らねば」
護衛兵二~四、互いに顔を見合わせ、呆れたように笑う。
護衛兵三
「傭兵のくせにくそ真面目だよな、お前」
護衛兵四
「(シャルルの肩を組み)堅すぎんだよ。ちょっとは気楽に行こうぜ」
シャルル「(笑って)道中、頼んだよ。サンタ・クルスは戦えないから」
護衛兵二
「任せとけ。レヴァーム空軍のエースが五人も揃ってる、魔犬だろうが手出しできねーよ」
護衛隊長、咳払い。護衛兵二~四とシャルル、姿勢を正す。
護衛隊長
「(シャルルを見て)きみの技量は、この2週間の訓練でよくわかった。正規兵としては悔しいが、サン・マルティリア一の腕前だ。異論はあるか?」
護衛兵二~四、苦笑しながら頷く。
護衛隊長
「道中、敵機を追い払うのが我々の役目。きみの役目は、とにかく逃げることだ。我々の誰かが墜ちようと、決して止まってはならない。空域に存在するあらゆるものを利用し、サイオン島を目指し飛べ」
シャルル「はっ」
管制塔からドミンゴが出てくる。
ドミンゴ
「護衛隊、先に行け。(シャルルを見て)貴様は残れ。ファナ様に紹介する」
護衛隊長「はっ!」
護衛兵たち、走って行く。
ドミンゴ、シャルルを目線で促し、歩く。
シャルル、ドミンゴの背中についていく。
シャルルを振り返ることなく、前をむいて歩きながら、ドミンゴが話す。
ドミンゴ
「作戦名は海猫作戦に決まった。貴様のコードネームは海猫だ」
シャルル
「はっ」
ドミンゴ
「飛行中、ファナ嬢から話しかけられた場合、『ハイ』か『イイエ』のみで返事しろ。人間として振る舞うな。貴様は偵察機を操縦する機械だ、わかっているな?」
シャルル「はっ」
ふたり、飛行場横の小さな港に入っていく。
桟橋の近くにデル・モラル家の執事と使用人たちが集まっている。
シャルル、桟橋の近くのひとびとへ目を凝らす。
朝焼けの空を背景に、飛行服に身を包んだファナのすがたを視認。
どくん、と心臓が脈を打つ。
シャルルのモノローグ
「ファナ……」
ファナ、無表情。人形そのもの。
ドミンゴ、ファナの面前でかかとを合わせて直立。(一般人相手なので敬礼無し)
シャルル、その背後で直立。
ドミンゴ
「失礼、ファナ様がご搭乗になるサンタ・クルスと、その操縦士、狩之シャルル飛空士をご紹介いたします」
執事と使用人たちがうやうやしく答礼する。
ファナ、人形じみた無機質な表情。
桟橋の近くに、サンタ・クルスが浮かんでいる。
ドミンゴ、手の先でサンタ・クルスを示しながら説明。
ドミンゴ「サンタ・クルスはレヴァーム空軍が誇る最新鋭復座式水上偵察機であります。最高速度は約六百二十キロ、巡航での後続距離は三千キロメートル、尾部に水素電池スタックを備え、海上に着水すれば無限に飛行できる優れものであり……」
ファナに説明しながら、ドミンゴ、腰の後ろに回した手の指でサンタ・クルスを示す。(ドミンゴの説明台詞を背後に流しながら)シャルル、ひとりでサンタ・クルスの搭乗席に乗り込み、エンジン始動させる。
と、使用人たちが大量の手荷物をサンタ・クルスの胴体部へ詰め込みはじめる。
呆れた表情で荷物の積み込みを眺めるシャルル。
シャルル
「五泊六日の旅行に、そんな荷物いらないよ……」
目線を飛行場へ転じると、戦闘機隊が次々に飛び立っていく。
憂いを含んだ表情になる。
シャルル
「すまない、みんな、死なないでくれ……」
と、後部座席にファナが乗り込む。
シャルルと背中合わせの格好。
ちらりと片目をうしろへ送るが、ドミンゴがサンタ・クルスの翼に立って、
シャルルの操縦席を覗き込む。
ドミンゴ
「頼むぞ海猫。ワシの出世がかかっとるからな」
シャルル
「最善を尽くします」
ドミンゴ
「景気づけだ、持っていけ」
ドミンゴ、高級ウイスキーの大きなボトルをシャルルに手渡す。
シャルル
「(笑顔)ありがとうございます!」
ドミンゴ
「飲み過ぎるな」
ドミンゴが桟橋へ戻ろうとしたそのとき。
サイレンが鳴り響く。
シャルル、ドミンゴ、付近の使用人たちが怪訝そうな顔。
ファナだけ機械のような無表情。
スピーカー
『敵襲!! 東北東より戦爆連合接近!!』
ドミンゴ
「なんだと!?」
スピーカー
『距離、三万六千! 敵、八十機以上!!』
ドミンゴ、驚愕。
使用人たちから悲鳴。
シャルル
「なぜ、いま……!?」
ドミンゴ
「くそっ、最悪の時期に来おった! 五分で来るぞ、飛び立て、いますぐ飛ぶのだ!!」
シャルル、慌ててスロットルをひらく。
水上滑走をはじめるサンタ・クルス。
その四方へ、水上戦闘機隊が五機寄ってくる。
護衛隊長、搭乗席からシャルルへ怒鳴る。
護衛隊長
「敵はおれたちが墜とす!! お前は逃げることだけ考えろ!!」
反対側から、別の水上戦闘機が寄ってきて、同じく怒鳴る。
護衛兵二「戦闘するな! ただ逃げればいいんだからな!」
シャルル「わかってる! 任せた!」
手信号を交わし、離れる。
サンタ・クルスの速度があがる。周囲の五機も、同じ速度で水上滑走。
六機そろって編隊離陸。
シャルル、周辺の空を確認。味方の戦闘機が次々に離陸してくる。
右斜め後方を振り返って、目を凝らす。
シャルル「見えた。……来る!」
遙か彼方の空に微少な豆粒。味方戦闘機がその豆粒へむかって飛ぶ。
シャルル
「頼んだ、みんな……!!」
シャルル、前方へ顔を向けなおし、速度をあげる。
○空
迫り来る真電編隊。魔犬のノーズアートの戦闘機が飛ぶ。
激しい空戦。アイレスⅡが次々に墜とされる。
墜としているのはほとんどが魔犬によるもの。
○千々石機・搭乗席
次々にアイレスⅡを撃墜する千々石。
いったん高度を下げて、アルメリア飛行場の滑走路すれすれを飛ぶ。
近くの桟橋を視認。
千々石
「(無表情)飛び立ったか」
彼方の空を見上げる。
目を凝らす。空域の一点をズーム。
千々石、サンタ・クルスと五機の護衛機の微少な影を視認する。
千々石「(少し笑む)見つけたぞ、お姫さま」
スロットルをひらき、増速する千々石。
○空
空戦場から遠ざかっていくサンタ・クルスと護衛戦闘機五機。
○サンタ・クルス搭乗席・中
通信機のスピーカーから、護衛兵たちの声
護衛隊長
『どうやら逃げ切れた。敵は我々に気づいていない』
護衛兵二
『タイミング最悪だぜ、ちくしょう……』
護衛兵三
『やはり暗号電信が解読されているのでは?』
護衛兵四『まさか、そんな……』
シャルル、背後を振り返り、凝視。
シャルル「(驚愕)あいつ……!」
シャルル、通信機のマイクを掴む。
シャルル「こちら海猫! 魔犬が追ってくる!」
護衛隊長『なんだと!? なにも見えないぞ!?』
シャルル「左斜め後方、雲に紛れてる!」
護衛兵二『なにをバカな……うわあっ!!』
○空
雲を裂いて魔犬が現れる。
サムライじみた千々石の表情。
○サンタ・クルス搭乗席・中
スピーカーから一斉に、護衛たちの混乱した声。
護衛兵三
『なぜおれたちに気づいた!?』
護衛兵四
『(イヤそうに)鼻が利くんだろ、犬だけに』
護衛兵五
『落ち着け、相手は一機だ、怯えるな!』
護衛の水上戦闘機、散開して魔犬へむかって突っ込んでいく。
シャルル、マイクへ叫ぶ。
シャルル「やめろ、水上機では勝てない! 逃げるんだ!」
護衛隊長『護衛機が逃げるわけにいかん! お前が逃げろ!』
魔犬と護衛機たちの空戦がはじまる。
シャルル、ためらう。
護衛隊長
『今夜、予定海域で会おう。お前は先に行け。心配するな、必ず戻る』
シャルル「(辛そうに)了解しました」
護衛兵四
『(からかうように)頼んだぞベスタド、姫さまに手ぇ出すなよ!』
シャルル「(ムッとして)騎士はそんなことしない。じゃあ、今夜」
シャルル、スロットルをひらいて雲に紛れる。
風防の外が一面の白い霞に閉ざされる。
シャルル「死ぬなよ、みんな……」
単機、逃げていくサンタ・クルス。
○空
水上戦闘機五機と魔犬の空戦。
圧倒的な戦技で次々に水上戦闘機を墜としていく魔犬。
瞬く間に全機撃墜。
サンタ・クルスが隠れた雲を睨む。
千々石
「逃げられたか……」
操縦桿を倒して旋回。アルメリア飛行場上空の空戦場を目指して飛ぶ。
千々石「次は墜とす」
○空
雲を抜けて、サンタ・クルスが現れる。
○サンタ・クルス搭乗席・中
シャルル、後方を振り返る。
シャルル「逃げ切れたかな……。みんな無事だといいけど」
前方へ顔を戻し、地図を膝の上に広げ、チャートを書き込む。
シャルル、ちらりと目だけを後席へむける。
ファナは相変わらず、人形のように無表情のまま動かない。
シャルル、少し思案してから、伝声管を握って後席へ話しかける。
シャルル
「お嬢さま。伝声管のチェックをします。お怪我はありませんか?」
ファナ、機械のような手つきで伝声管を手に取る。
ファナ「はい」
シャルル
「敵襲は想定外でした。護衛の五機とは、今夜、予定海域で合流しますのでご安心ください」
ファナ「はい」
シャルル「もしかすると、敵が今作戦のことを知っている可能性があります。後方の見張はお嬢さまにお任せしますね」
ファナ「はい」
シャルル「チェック終了します。ありがとうございました」
シャルルとファナ、伝声管を内壁のフックに戻す。
シャルル、ちらりと再び後席へ目線だけむける。
前を見据え、軽く口から息を漏らし、操縦桿を握り直す。
○空
時間経過を空の色の移り変わりで演出。
日没。西の空の残照を頼りに、海原へ着水するサンタ・クルス。
(つづく)
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