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脚本・とある飛空士への追憶(6)


○岩礁(六日目)

朝日が昇る。

シャルル、風防をひらいて操縦席から上体を突き出し、伸びをする。

ファナ、翼の縁に腰を下ろし、足をぷらぷらさせている。

ファナ
「(笑み)おはよう、シャルル」

シャルル、ゴムボートがないことに気づき、

シャルル
「おはようございます。あの、ボートは……」

ファナ
「(誇らしげに)しまっておいたわ」

シャルル
「すごい。もう一人前の飛空士ですね」

ファナ
「ほんとに? わたし、飛空士なの?」

シャルル
「敵のエースを撃墜しましたから、立派な飛空士です」

ファナ、うれしそうにサンタ・クルスの翼を撫でる。

ファナ
「戦争が終わって平和になったら、また空を飛びたい。わたしとシャルルとサンタ・クルスの三人で」

シャルル
「そうですね。そうなるといいですね……」

言葉尻に、遠くから伝う飛空艇のエンジン音が被さる。

シャルル、音のする方向へ目を細める。

水平線ぎりぎりに浮かんだ紅い満月を背景に、巨大な飛行戦艦が浮かんでいる。

シャルル
「空中戦艦エル・バステル。すごいのがお迎えに来ましたよ」

シャルル、呼びかける。

ファナは戦艦に背をむけたまま、振り返りもせず、足をぷらぷらさせる。

ファナ
「(シャルルに背をむけたまま)シャルルも一緒にあれに乗るのよ?」

シャルル、辛そうな表情で返事しない。

ファナ、立ち上がり、翼の根元に佇むシャルルへ歩み寄る。

ファナ「(すがるように)シャルル」

彼方、空中戦艦が海原へ着水。

打ち寄せてきた大きな波が、サンタ・クルスを上下に大きく揺さぶる。

ファナの体勢が崩れ、海へ落ちそうになる。

シャルル、とっさに手を差し出し、ファナの手をつかむ。

ふたりの目があう。

掴んだ手の指が絡み合う。

シャルル、ファナの手を引く。

抱擁を交わすファナとシャルル。

シャルル「子どものころ、お嬢さまがわたしを人間として扱ってくださったことが、とてもうれしかった。あの出来事を心の糧にして、わたしは今日まで生きることができました。いまこうしてせめてもの恩返しができたことを、わたしの生涯の誇りといたします」

背中に回っているファナの手が、きゅっと締まる。

ファナ
「(涙声)やめて。なんだかお別れの言葉みたい。シャルルも一緒にあの船に乗るの」

シャルル
「それはできないのです。こうしているいまも、わたしの仲間たちは憎くもない敵と戦い、死んでいます。わたしだけ逃げるわけにいきません」

ファナ「でも」

シャルル
「お嬢さまは宮廷に入って、この戦争を止めてください。わたしと、死んだ仲間たちからの願いです。それができたら、この旅には大きな意味があったのだと、あとから笑って振り返ることができます」

シャルルの言葉尻に、レンドン少佐(48)の怒声が紛れる。

レンドン
「離れろっ!!」

内火艇に乗ったレンドン、拳銃の銃口をシャルルにむけて、怒りに震えている。

レンドン
「離れるんだ馬鹿者、身分を弁えろベスタドがっ!!」

屈強な部下が二名、翼に飛び乗ってファナのお腹へ手を回し、

荷物のように抱き上げる。

ファナ
「なにをするの、やめて、放してっ!!」

ファナ、力尽くで内火艇へ乗せられる。

レンドン、部下に顎をしゃくり、シャルルの足下へ麻袋を投げ渡す。

レンドン
「(シャルルに銃口をむけたまま)中身を確認しろ」

シャルル
「(イヤミっぽく)皇太子妃への扱いにしては、ずいぶん乱暴ですね」

レンドン、鼻を鳴らし、内火艇からサンタ・クルスの翼へ上る。

シャルルに顔を近づけ、

レンドン
「礼儀も知らん傭兵が。仕方ない、ワシが中身を確認してやる」

レンドン、麻袋の紐を解き、砂金を見つめ、手を突っ込んでひとすくいし、

自分のポケットへ入れる。

立ち上がって、シャルルの肩へ手を置き、

レンドン
「(小声)いま見たものは、皇子には黙っておいてやる。感謝しろよ。皇太子妃と抱き合っていたと報告すれば、貴様など即刻、銃殺だからな」

シャルル、呆れる。

内火艇では、屈強な兵士が暴れるファナのおなかへ手を回し、止めている。

ファナ
「やめて、放して!! シャルルっ!!」

レンドン、内火艇へ飛び乗る。

レンドン「出せっ!!」

号令と共に、内火艇は空中戦艦を目がけ走って行く。

シャルル、突っ立ったまま、それを見送る。

麻袋の口を縛って肩に担ぎ、搭乗席へ投げ入れて空を見上げる。

空中戦艦エル・バステルの周囲から水飛沫があがる。

空へ飛び立つエル・バステル。

サンタ・クルスも別の方向へむかって飛び立つ。


○空

サイオン島沖を目がけて飛ぶサンタ・クルス。


○サンタ・クルス搭乗席・中


悲しげな表情で飛ぶシャルル。

なにか思い詰めた表情で、足下の麻袋を見る。

ぎゅっと目をつぶり、ひらく。

操縦桿を倒し、方向転換。

全速で飛ぶ。


○空中戦艦エル・バステル

飛翔するエル・バステル。


○エル・バステル艦橋・中

ファナと艦長マルコス・ゲレロ(52)とレンドン、入り口を塞ぐ下士官。

ファナ、泣き腫らした目でマルコスに詰め寄る。

ファナ
「あまりにひどい! これが誇り高いレヴァーム皇家のすることですか!?」

マルコス
「(困ったように)お嬢さま、落ち着いてください」

レンドン
「(咳払いし、胸を張る)お嬢さまはあの飛空士にたぶらかされておりますな。あれははじめからカネ目当てに作戦に参加した卑賤の輩。お嬢さまの前では高潔な騎士を気取っていたかもしれませんが、砂金を目にしたときの浅ましい顔といったら! お嬢さまに目もくれず大事そうに砂金を抱えて、操縦席に乗り込みました」

ファナ
「(レンドンを睨み)違う、彼はそんなひとじゃない!」

レンドン「いいですか、傭兵はカネでしか動きません。あの男がお嬢さまになにを吹き込んだか知りませんが、全部カネ目当てでやったことです。早く目をおさましなさい」

ファナ、言い返そうとして、シャルルの言葉を思い出す。

シャルル(回想)
『わたしははじめからおカネが目的で作戦に参加しました。お嬢さまをここまでお送りしたのも、おカネが目当てですし』

ファナの瞳が戸惑う。

ファナ
「(声に自信がなくなる)違う……。彼はそんなひとじゃ……」

レンドン、その様子を見て勝ち誇る。

マルコス、窓の外を見る。

マルコス
「水偵……? サンタ・クルスか」

窓の外、サンタ・クルスがエル・バステルを追ってくる。

ファナ
「(窓に駆け寄り)シャルル……! ごめんなさい、シャルル!」

レンドン
「(同じくファナの隣へ駆け寄り)傭兵風情がなんのつもりだ!? (背後の士官を振り返り)皇家直属艦に無礼であろう、砲門をむけて追い払え!」

ファナ
「(レンドンをむき)やめて、彼は挨拶に来ただけ! 甲板に行きます、案内を!」

レンドン
「なりません、ここには二千名の兵員の目があります。噂が立つような行動は控えていただかなくては」

ファナ、出入り口へむかうが、下士官が立ちふさがって通さない。

ファナ
「(下士官を睨み)道をあけなさい」

下士官、全く動かない。

レンドン
「(やや蔑むように)彼らへの命令は、無事に皇太子妃となってからすべきです。そのあたりは弁えていただかないと」

ファナ、怒りをこらえる。

目を閉じて、ふーーー……っと大きく息を吸い込み、ぴしりと背を伸ばす。

目をひらく。全ての感情を封じ込めた冷たい威厳をまとう。

ファナ
「さがれ」

レンドン、雰囲気の変わったファナに気圧される。

ファナ
「(レンドンをむき、静かに)なるほど、確かに、身の程を弁えないと宮廷では生きていけませんわね」

レンドン、一歩後退。

ファナ「(冷たく)無事に皇太子妃となったのち、あなたには新しい身の程を差し上げることにいたしましょう」

レンドン、目を二度しばたいたのち、言葉の意味を察して震え上がる。

ファナ、扉を塞ぐ下士官に向きなおる。

ファナ
「あなたも、新しい身の程が欲しい?」

下士官、狼狽した目をレンドンへむける。


○空


エル・バステルの周囲を飛ぶサンタ・クルス。

シャルル、艦橋にいるであろうファナを探す。

シャルルのモノローグ
「せめて、手を振りたい。笑って別れられたらそれでいい」

と、下士官に案内されたファナがエル・バステルの上甲板に歩いて出てくる。

シャルル、驚く。

シャルル
「ファナ、いったいどうやって……!?」

ファナ、シャルルにむかって大きく手を振り、なにごとか叫んでいる。

シャルル、もどかしそうに手を振り返す。

無人島でファナの言った言葉が耳元に鳴る。

ファナ(回想)『踊ってよ、シャルル』

シャルル、はっとして、決意の表情。

スロットルをひらく。

空を駆け上がるサンタ・クルス。


○エル・バステル・上甲板

上甲板に佇むファナ。

サンタ・クルスの空の舞い。

ファナ、その舞いに見取れている。

手空きの水兵たちも上甲板に出てきて、シャルルの舞いへ指笛や歓声を送る。

ファナの目の前を航過するサンタ・クルス。

シャルルの笑顔。ファナ、笑って手を振る。


○同・艦橋

マルコス艦長、シャルルの舞いを見つめ、部下へ何事か指示。

エル・バステルの推進プロペラが止まる。

その場で静止し、シャルルの舞いを鑑賞する。


○サンタ・クルス搭乗席・中

シャルル、ファナが手を振っているのを視認。

ふと、搭乗席内の報酬の麻袋に気づく。

悪だくみを思いついたように、ニッと笑うシャルル。

スロットルをひらき、ファナの頭上高くへ登り詰める。


○エル・バステル・上甲板

上昇するサンタ・クルスを見上げるファナ。

天頂付近へ来たとき、サンタ・クルスの機影から黄金の粒子が舞う。

ファナ、不思議そうな表情。

金粉を撒き散らしながら踊るサンタ・クルス。

ファナ、降ってきた砂金を手のひらで確認。

ファナ「(呆れ気味に)バカ」

付近にいた船員たち、砂金が降っていることに気づく。

船員一「おい、砂金が降ってるぞ!!」

船員二「なんだあいつ、頭おかしいのか!?」

どよめき、我先に空へ手をかざし、砂金を手に入れようと大騒ぎ。

ファナ、砂金を播きながら踊るシャルルを見上げる。

ファナ「(諦めたように)バカ」

エル・バステル周辺が黄金の粒子に包まれる。

ファナ、舳先へと走る。

舳先に辿り着き、空を見上げる。

だんだん途切れていく黄金の粒子。

ファナ、涙がこぼれそう。

しかしそれをこらえ、最高の笑顔を空へむける。

両手をひろげ、黄金の空を抱きとめるファナ。

周囲で踊るサンタ・クルス。

うれしそうに砂金を奪い合う船員たち。

窓の外を眺めるマルコス艦長。

ポケットの砂金を握りしめるレンドン。


○サンタ・クルス搭乗席・中

麻袋がからっぽになる。

シャルル、麻袋をエル・バステル上甲板へ投げ落とす。

上甲板で船員たちが麻袋を奪い合って乱闘になる。

黄金の粒子のただなか、ファナの笑顔を視認する。

シャルル、笑顔を返す。

シャルルのモノローグ
「報酬は、受け取った」

シャルル「さよなら、ファナ」

シャルル、前方の空を見据える。

決意の表情。

スロットルをひらく。


○エル・バステル・舳先

上空のサンタ・クルスへ呼びかけるファナ。

ファナ「ありがとう、シャルル、ありがとう」

去っていくサンタ・クルスの機影にむかって、

ファナ「さようならシャルル。さようなら、サンタ・クルス」

片手を振って、別れを告げる。

機影は雲の彼方へ消えていく。

それを見送って、ぽろりと涙がこぼれる。

両手で顔を押さえ、うつむくファナ。

風が吹いてくる。

しばらくそうして、顔を上げる。

ファナの行く手に、巨大な入道雲が天をめがけ膨張していく。

ファナ、涙を抑え、無理矢理に微笑む。


○空

入道雲へむかって飛行するエル・バステル。

やがて艦影は雲のむこうへ消えていく。

画面フェイド・アウト。


スタッフロール

スタッフロール終了後、次のシーンを挿入。


○液晶テレビ画面

ノイズ。カウント。現代風の音楽とテロップ。

『レヴァーム・デイリー・レポート』

現代風のニュースキャスター。

スポット画面に、書店前の行列が映し出される。

キャスター
「聖母の遺した告白に、世界が驚いています」

スポット画面、山積みになった本。

本のタイトル「para un caballero del cielo」

ひとびとが次々にレジへ本を運んでいく。

キャスター
「逝去から三ヶ月。ファナ・レヴァーム上皇后が遺した告白本は現在、五十万部を越える大ヒットとなり、勢いが止まりません」

本を手にした市民たちへインタビューする映像。

市民一
「(スマホを片手に)聖母ファナさまがカルロを尻に敷いて戦争を止める話かと思ってた。全然違って、カルロと結婚する前の話だ。でも面白かったよ。こんな飛空士がいたなんて信じられない!」

市民二
「この飛空士がいなかったら、ファナさまも戦争を止められなかったわけだろ。狩之シャルルだっけ? 彼がいなかったら、そのあとの歴史はどんなに変わっていたことだろう!」

市民三
「読んだわ。ファナさまが亡くなったときは泣いちゃったけど、きっと天国でこの飛空士と一緒だって信じてる!」

画面、スタジオに戻る。

キャスターの手元に、「para un caballero del cielo」とタイトルのついた本がある。

キャスター
「中央海戦争の終結、『聖泉』と『空の果て』の発見、空の民ウラノスや多島海連邦との修好条約締結など、ファナ上皇后の功績は戦後の世界の歩みそのものといって過言ではありません。そんな偉大な上皇后があえて自身の死後に出版することを望んだこの本、いったいどういう内容でしょうか?」

女性解説者
「ファナ上皇后自らが、戦時中隠蔽された事実を暴露する内容で、宮廷関係者からは非難する声も出ています。わたしはそうした声に是非、この本の冒頭に書かれた上皇后の言葉を紹介したいと思います。読みますね」

女性解説者、本をひらいて、中の文章を朗読。

解説者
「わたしの死後、この本を出版しようと決めたのは、内容に関してあれこれ質問を受けるのが鬱陶しいし、なにしろ若いころのお話なので、答えるのが気恥ずかしいからです。戦後長く封印された秘密をいまさら暴露することに批判はあるでしょうが、どうしても、みなさんにひとりの名もない飛空士のことを知って欲しい。彼が示した勇気、彼がくれた言葉、彼の献身的な行動を知って欲しい。その一念でわたしはこの本、『とある飛空士への追憶』を書きました。歴史の闇へ封じられた、ひと夏の恋と空戦の物語がみなさんの心に少しでも届きますよう、この空のむこうから祈っています」

朗読の途中からだんだん、夏空と大瀑布が画面に覆い被さる。

朗読の声も途中からゆっくり、ファナ本人の声へ変わっていく。

サンタ・クルスに乗っているシャルルとファナ。大瀑布を越えようと上昇する。

笑顔を交わしたふたりは、黄金の航跡を曳きながら大瀑布の彼方へ飛び去っていく。

青空へ黄金の粒子が散る。



(おわり)



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