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七十三話 開戦

 鈴木リングウッドと栗巣の茶番が終わり、いよいよ本題のベーゴマ合戦が始まらんとしていた。
 ちょうどその頃、ちょっとしたミラクルが起きる。
 渋谷の威勢のいい黒豚か黒猪みたいな坂上という奴が「今日は青井というのがいないな。中原小(現・荏原第一中)では青井晃一こういちいうのが一番強いんだろ。よく野球の試合のとき来ていた」と言って来た。
 「えっ、青井拓矢じゃない?」
 浅井が咄嗟に答えた。青井は、浅井の中原尋常小の一級上で、海坊主のような小学生離れした体躯を誇っていた。それ故に無論よく知っており、晃一は今居る小野の名前だったので訂正した。
 「へっ?!蛸矢?」
 拓矢を蛸矢と間違えた渋谷勢が突然爆笑した。
 猪・坂上はもちろん、宮本工具や頭の安原も大笑いしている。
 浅井は少し気をよくした。調子に乗って青井の話を盛った武勇伝をするとと、「何コイツ、オモシレー」と安原がさらに受け、場が急に明るくなった。
 すると、奇遇にも当の話題の本人である青井や浅井らと同期のよしくん、さらには青井の一つ上で、最上級生の級長・清水らがやって来たのだ。

 「あれ、青井君じゃね?!」
 小野の連れの福原の声に、浅井はドキッとした。そして見ると本当に居る。話によれば、よしくんが浅井らが渋谷とベーゴマ決戦すると言い触らし、それで高みの見物に来たらしい。
 この出来事には、さすがの渋谷少年たちも一歩退いている様子だった。

 ギャラリー環視の中、渋谷勢が合戦の口火を切った。
 フィッシュマンズの佐藤伸治かおさかなクンに似たサトシンという奴が「バ~トル ロイヤル~~」と妙な節を付けて焚き付けてくる。

 猪・坂上が一投を投じ、それに促された福原が「サァーーッ」と蛇のような声を出し、ベーゴマを繰り出した。次いで小野も投じたが、数秒で猪とサトシンの駒に弾かれ死亡。そして、ここを勝負所と見たか、頭の安原が俊敏な動きでベーゴマを投じて来た。
 浅井は安原を見て「タコに似ているな」と感じていた。しかし、そんな余裕も束の間。安原は抜群の当て勘を誇り、一瞬で福原のベーゴマを倒した。福原も親に卓球で鍛えられ、目黒においてはかなりの猛者なのだ。それが、こうもあっさりやられるとは、目黒勢にとって予想外だった。

 回り続けるは、渋谷側のベーゴマのみ。
 誰もが見守る中、浅井は風呂敷から林が造った拳大の『銀魂号』を出し、すでに捕虜となった林を睨んで投じた。失敗したらお前のせいだからなという目論見がある。

 「ハリケーンミキサーじゃあ~」
 浅井は何思ったか口上を切ってベーゴマを投じた。地元の年上のギャラリーに対する見栄も切ったつもりだろう。浅井の思惑は外れ、痛い奴と思われたが、肝心の駒は物理的なデカさもあり、見事、猪とおさかなクンの駒を吹き飛ばした。
 これには、仲間のギャラリーや青井や清水からも「おおっ!」と声が上がる。
 浅井は何とか面子を保った。
 しかし、安原の駒は生きており、浅井の銀魂の方に向かって来ている。
 ここで、宮本工具の倅が、雲竜型の金塗粉されたベーゴマを投げた。浅井の銀魂と遜色ないくらいのデカさで、いわば金玉号だった。

 浅井の銀魂号はすでに初期の勢いはない。猪とおさかなの駒からも多少のダメージは受けており、もはや惰性、慣性で回るのみ。すでに風前のともしびと言っても過言ではない。
 結果、接近する安原の駒と宮本の金玉に挟まれ、サンドウィッチ状態となってひっくり返った。

 「うんこじゃあ~!!!」
 フィッシュマンズのサトシンが、いかにも小学生な的な台詞セリフを吐いた。銀魂も鎮魂もあったものでない。
 一瞬で大爆笑が起きる。

 浅井は、満座で末代まで残る恥をかいた。
 見ると、渋谷勢はもちろん、青井や清水まで笑っている。縄で繋がれた林に目をやると、あろうことか林まで苦笑いして視線を逸らした。

 まさに四面楚歌、針の筵的シチュエーション。
 ものの見事に敗軍の将となった浅井を筆頭に、目黒勢は手持ちの全ベーゴマを渋谷に差し出さなければならない。

 「早く出せ」
 猪の言われ、目黒勢は賠償としての清算を迫られる。圧倒的屈辱。一個、また一個、手持ちのベーゴマが献上されていく。

 ちょうどその頃、何があったか、獣のような怒号が聴こえて来た。
 日比谷公園の食堂の裏、何と青井と清水が乱闘を始めていたのだ。青井は規格外のデカさだが、清水も色黒で体格がよく頭もいい。

 すぐ離れた現場に一斉に駆け寄って見ると、超尋常小学生級で、スーパーヘビー級の二人が取っ組み合い、食堂裏に積まれたパレットの山は一片残らず崩れている。
 驚いて出来きた給食のおばさんが呆然としていた。
 
 砂塵舞う世紀末の状況。
 「青井君が目突きのアイアンしてる!」
 よしくんが叫んだ。
 見ると、青井だけでなく清水も、どっちも目突きのアイアンクローをしていた。
 これには渋谷の連中も驚く。
 さらによしくんが、「青井が血まみれなって赤井になった!!」と言い触らした。
 
 「うわ~~~!」
 小野や福原が飛んで逃げた。
 林はすでに縄を切り、逃げている。
 「今だー!」
 どさくさに紛れて浅井も逃げた。

 「待てー、オマエら~」
 渋谷勢が追いかけて来て、浅井らは結局、日比谷野音を越え、東京駅に匹敵する赤レンガの、法務省の方まで逃げた。
 これほどまで走り狂い、息切らしたことは今までない。
 また、今後もないと思えた。

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