見出し画像

百三十九話 特命下達

 中は将校だらけ。よく見ると吉野中隊長もいる。 
 「ここで待っておけ」
 只野教官は二人に声を掛け、上座席の将校のもとへ行く。
 入口付近で待たされる二人。直立不動の姿勢をとるも、妙に落ち着かないことこの上ない。
 教官が振り向き、将校にこちらを指し示す。
 睥睨へいげいする高級将校。
 その険しい表情が、二人を更なる緊張に導いた。

 めいが下りたか承認されたのだろう。
 教官が戻って来る。無言で廊下に出る。慌てて、その背中を追う。
 廊下を進むにつれ、ビジバシ緊張感が走った。
 突き当り、一番奥の部屋に入る。
 コンクリート剥き出しの室内――暗い。教材どころか一切の物がない。

 只野教官が振り返った。
 「これからお前ら二人は、互いの姓名、所属する中隊名を聞いてはならない。判ったか!」
 「はいっ!判りました!」
 本音では1ミリも判らない。しかし、今までとは著しく異なる教官の態度、言動に順じて、ここは復唱するしかない。
 「よし!」
 教官は一呼吸置いて、続けた。
 「今度の戦闘で、敵司令官は、部下二千余名を連れ、投降してきた。その司令官が、今夕五時、聯隊本部に来る。お前ら二人は待ち伏せする。そして銃剣で刺殺するのだ!以上、判ったか」
 普段、窓際兵を装ってるようにも見える只野教官が、問答無用の迫力見せた。鬼気迫る面持ちで二人の目を交互に見る。

 「ハッ、ハイッ!」
 蛇に睨まれた蛙。というか、何が何だか判らなかった。
 突然の敵司令官暗殺命令――普通、上官に命令されたら、条件反射で復唱一択だ。白い物でも上官が黒と言えば、黒と言う。しかし、今回「待ち伏せして殺す」との言には抵抗があり、一瞬迷いが生じた。殺すなら正々堂々殺せばいいと思ったのだ。
 もう一人の幹候志願者とおぼしき兵も逡巡している。その様がありありと伝わってくる。しかし、ここは戦場。もしここで断れば、軍の機密を知った二人は殺される。当然、彼もそれを知っているからこそ、なおのこと戸惑っているのだ。

 退くも地獄、退かぬも地獄――二人は、もう二度と戻れないところに来てしまったことを否応なく悟った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?