愛し合っていくためには、愛を試してはならない~『きらきら☆迷宮』の高野由枝についての考察~

 




はじめに

まだ私が子供の頃に、おおばやしみゆき先生の『きらきら☆迷宮』という漫画を昔読んだことがある。『ちゃお』という女子児童向けの少女漫画雑誌に2000年から2001年まで連載されていた。単行本が全三巻出ている。もはや書店で見かけることはないが、電子書籍という形で現代でも読むことは可能である。

 なぜ今更その漫画の話をしようとしたのかといえば、実家の本棚を整理していたときに見かけたからである。表紙は傷だらけで、ページには折れがある。何度も繰り返し読んだという事実がそこには刻まれていた。そして、中を開くと記憶のままの物語がそこにはあった。その中でも、一番記憶に残っていたのは第二巻だった。高野由枝というキャラクターが、私の心には強く焼き付いていた。彼女が犯した過ちを考察していきたいと思う。

ストーリー紹介

 未読の方向けに、長くなるがしばらく説明が入る。既読の方は読み飛ばしてほしい。

 この漫画のストーリーを説明すると、以下のようになる。全寮制の美術系女子校に通う浅野ありすは、男嫌いだった。幼い頃に男子から嫌がらせを受けたことがトラウマになっている。そんな彼女のルームメイトになった富士見きらは転入生で、とても綺麗な女性だった。彼女との同居生活にありすの気分は高揚するが、実はきらが女装していた男だということが判明する。しかし彼に弱みを握られてしまい、彼の正体を他人に明かすことができない。きらが女装してまで確かめたいことは、この学校で自殺したとされる彼の義姉の死の真相を確かめるためだった。きらは学校で起こる数々の事件を推理して解決していき、次第にありすは彼に心を開いていくという物語だ。

 第二巻では、きらが転入してくる以前の過去が明かされた。きらの義姉である高野由枝と彼女の学友である紫堂くれはが中心となっている。紫堂くれはは、あだ名で”紫の上”と呼ばれている。この二人の愛憎劇が、この巻のキモだ。

 この二人の人物像について説明をしていく。まずは由枝についてだ。彼女は親の愛情を感じることが出来ずに育った。彼女の家庭は決して普通とは呼べなかった。父はきらの母親と不倫をしていた。二人の間にはきらとその妹である愛菜が生まれた。きらの母親はシングルマザーとして二人を育てていたが、若くして二人を残して亡くなってしまう。そして二人は由枝の家に引き取られた。由枝の母親はその二人のみならず、由枝のことも嫌っていた。我が子だとしても、不倫をした夫との子供だと思うと愛せなかったのだ。母親は家を出て行ってしまう。

 由枝はきらと愛菜と仲良くするつもりはなかった。冷たい態度を取り続ける。彼らの存在そのものが、由枝の両親の不仲の象徴だったからだ。それでも、きらと愛菜は懸命に由枝と親しくなろうと努めた。そこで由枝はきらに条件を突きつける。家の二階から飛び降りれば、仲良くしてあげてもいいと。それができないなら諦めろと。

 けれど、きらは飛び降りようとした。義姉と仲良くしたいという一心だったのだ。けれど足を踏み出して飛ぶその直前に由枝はきらを制止する。そこできらは、「本当の兄弟じゃなくても、自分たちは本当以上の兄弟になれる」と言った。由枝はきらを信用し、愛菜とも仲良くなった。三人はつかの間、仲の良い家族として日々を過ごす。由枝はきらへの淡い恋心を抱いていたが。

 しかし、愛菜は元々病弱だった。三人が外へ出かけようとしても、急に体調が悪化することも度々あった。そのたびに予定は中止となり、きらは妹の看病にかかりきりになる。それは、由枝に不満を募らせた。愛菜を排除し、きらを独占しようとした。由枝は、きらが愛菜の面倒を見ることを億劫に思っていると嘘を吹き込む。愛菜はそのことをきらに伝えるが、きらはそれをあまり信じようとしなかった。ダメ押しに由枝はリストカットをしてまできらの信頼を得た。だが愛菜が自殺した後に、きらは由枝が嘘をついていたのだと悟った。二人は絶交となる。それから由枝は美術系の女子校に通い出した。きらと離れるために。

 次は紫の上についてだ。彼女は名家の生まれである。言葉遣いも丁寧で、人当たりも柔らかい。この学校に、従者の椿朝日をルームメイトとして連れて入学した。入学初日に仲良くなった一人の生徒に帝というあだ名をつけ、紫の上と椿と帝の三人は御三家と呼ばれることとなる。御三家は学校の人気者となっていた。
 由枝と紫の上はある日出会った。由枝はきらとの絶交の果てに、人間不信に陥っていた。他の生徒たちと仲良くすることを一切しなかった。そんな彼女の噂を聞いて、紫の上は決心する。由枝と仲良くなってみせると。なぜそう思ったかは、由枝の手首の傷にあった。リストカットの傷が。そんな傷を持つほどの過去を持った由枝のことを、自分が救ってみせようとしてしまったのだった。

 紫の上は、由枝に対して友達になろうと話しかけた。その申し出を聞くと、由枝は紫の上に対して条件を突きつけた。何があっても紫の上は自分の味方であり続けるようにと。それこそ、世界を敵に回そうとだ。紫の上は、それを了承する。そこから、悲劇の歯車が回り出した。
 御三家と由枝は良好な関係を築いていた。他の生徒達とも友好的な態度を示すようになった。だがその裏で由枝は他の生徒たちの私物を損壊し始める。被害者たちは由枝を疑うが、影響力のある紫の上が彼女を庇うと、何も言えなくなってしまった。とうとう退学する生徒も出てしまう。けれど、紫の上は由枝をずっと信用し続けていた。いや、そうせねばならなかった。

 しかし、あるとき由枝が器物損壊をしている現場を目撃する女子が現れた。流石の紫の上も由枝を庇いきれなくなってしまう。今まで被害者たちを咎めていた自分の言動を思い出し、その場に倒れてしまう。目を覚ました後に由枝に絶交を突きつけた。すると、由枝は笑って言った。

「天使なら愛するけど、悪魔ならお断りってわけ? ありのままの私を受け入れる気なんてさらさらないのね……」

 そして涙をこぼしながら言う。

「他人が何? そんな人達にはひとかけらも好かれなくていいのよ……。何人傷つこうが死のうがかまわないわよ。そうよ!! 世界中の人を殺しても、あなたが手に入るなら……。それでよかったのに……」

 紫の上は、由枝の心の闇を受け止めきることはできないと悟る。二人は二度と会話することはなかった。その半年後に由枝は自殺した。

考察


 以上が由枝の辿ってきた人生である。ここまでの説明にお付き合いただき、感謝の念に堪えない。救いのない結末だと,異論はないだろう。彼女はどうしてこのような結末を迎えてしまったのか、考察していきたいと思う。

 由枝の犯した間違いは、大きく分けて二つある。一つ目は、愛とは一対一だけのものではないということ。二つ目は、愛とは試してはならないということである。

 一つ目だが、愛とは色々な形がある。親兄弟、友人、恋人などへの色々な形があるのだ。決して一人の人間が他の一人の人間だけに向けるものではない。そのことに由枝は気がついていなかった。

 まずはきらとの事件だ。きらは由枝にも愛菜にも、姉弟としての愛情を向けていた。しかし、由枝はきらの愛情を独占したいと思ってしまった。だから、愛菜を排除しようとしてしまったのだ。決してきらは愛菜だけに偏って愛情を向けてなどいなかった。むしろ由枝に対して歩み寄ろうとしていたのに。その行為がきらから大切な妹を奪うことになり、怒りを買った。

 次に紫の上とのやりとりだ。紫の上には椿や帝、それに他の生徒たちとも仲良くしたいという願望があった。いくら究極の友情を誓おうと、所詮由枝はその友人たちの一人だという認識だったに違いない。けれど、由枝にとって紫の上はただ一人だけの友人だったのだ。そのすれ違いが悲劇の要因の一つだった。

 由枝にとって、自分の好きな人が他人に愛情を向けているのは我慢ならないのだろう。一対一の関係以外は愛が分散して弱まってしまうという考えがあったに違いない。まるで、直列繋ぎにした二つの豆電球のように。一つだけならば愛情という光が強く点灯すると、そう思い込んでいたのだろう。だからこそきらとの関係では愛菜を排除しようとした。紫の上との関係では、流石に人数が多すぎたのだろう。排除しきることは不可能だった。

 二つ目に入る。きらとの関係では、二階から飛び降りさせるという危険な行為を促した。きらの飛び降りは未遂に終わったが、そこで初めて由枝はきらからの愛情を確認することができたのだろう。しかし、冷たい態度のままの自分に近寄ってくるきらは、試さずともちゃんと愛情を向けてくれていたのだ。

 紫の上との関係では、何があっても自分のことを信じるという無茶な行為を約束させた。責任感の強い紫の上は、由枝のマインドコントロールにかかっていた。途中でその洗脳が解けてしまったが。だが、どんなに自分が疑われようとも自分を庇ってくれる紫の上に対しては、絶大な愛情を向けられていると感じていたに違いない。何せ、本当に自分が器物損壊をしているのにだ。どんなに悪いことをしようとも自分を守ってくれる存在とは、覚醒剤のようなものだろう。強い快感をもたらすが、切れてしまっては苦しみを味わうことになる。そんな薬物に手を出さずとも、紫の上たちと仲良く学校生活を送るということは十分可能だったのだ。

まとめ

 まとめに入る。自分が特に重視するのが、二つ目だ。愛情を試す必要はないということ。いや、試してはならないのだ。由枝は他者からの愛情を、素直に受け取ることが出来なかった。極限の選択をさせて、相手がそれに応えないと愛情を実感できないのだ。けれど、周りはそんな試練を与えずとも愛情を向けてくれているのだ。それに気がつくことができなかったのが、彼女の最大の過ちだった。
 由枝が母親に愛されなかったという事情はある、それが彼女の人格形成に大きな影響を与えているのは否定できない。けれど、自分に好意を見せてくれる人間に対してさえ心を開くことをしなければ、誰とも深い関係にはなれないのだ。愛情を試す必要などなく、ただありのままに受け入れる。それが、愛し合っていくためのたった一つの方法なのだと、私は高野由枝に伝えたかった。
 

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