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[※ゾーンBネタバレ有][創作]ただ過ぎに過ぐるもの

諾子(なぎこ)は、いつものように枕元に書を置く。
いつでも思い立ったことを書けるように長年続けてきた習慣だ。

月見れば 老いぬる身こそ 悲しけれ つひには山の 端に隠れつつ

いつだったか書いた歌を思い出す。
あの日の月のように今夜、私の命も隠れてしまうのだろう。
そんな確信めいた予感に安堵と不安を覚えながら、すっかり皺の増えた目を静かに閉じる。

・・・・・・

「諾子さん、おめでとうございます~~!!
厳正なる抽選結果に少しの悪意と遊び心を加えた結果、貴女様の魂が次の死神に選ばれました~~~!!!」

けたたましくかき鳴らされる琵琶の音と、奇妙なぐらい陽気な声で目が覚める。

「えっ…...、何?死......神......?」

目の前には全身に黒い衣装を身にまとった女が一人満面の笑みを浮かべている。異国を思わせる衣装に、白い手袋、背中には琵琶を背負っている。さきほどの琵琶の音の発生源は間違いなくこの男だろう。

「あれ??すいませ~ん。聞こえてませんでした?
なんとあなたの魂が死神になることが決まりました!おめでとうございます~♪」

「そう…。私死んだのね。」

「おっ、理解が早くて助かります~。御覧の通りです。
生きた人間はこうやって宙には浮けないですしね~。」

そう言われ自分が宙に浮いていることに気づく。
女が、スッと下に指を向ける。その長い指の差した方向に目を向けると横たわったままピクリとも動かない自分の姿が見える。

「死神さんだったかしら。もうこの世に思い残すこともないし、天国でもどこにでも連れて行って頂戴。それとも地獄の方かしら?」

「ちゃんと話聞いてましたか~?どちらも違いますよ?さっきご説明した通りあなたは死神として選ばれました。なので現世に残って死神として働いていただきます~。ひょっとしてまだ死神ご存じないですか?あと、私は死神などではなく死神を管理させていただいている機関のものでイザナミと申しますのでお間違いなく。まぁ言うなればあなたの上司のようなものですかね~。」

「なんでもいいわ。好きにして。」

「いや~ほんと話が早くて助かります~。じゃあちょっと失礼して…」

イザナミが諾子の手を取ると、辺りが目も開けていられないほどまばゆく光り輝く。

「さぁ、着きましたよ~。」

イザナミの声に目を開けると辺りには見覚えのある景色があった。

「ここは……清水観音?」

「おや、さすがにご存じでしたか~。」

「騒がしくて嫌いなのよ、ここ。」

「おやおや、こんなに素晴らしいところなのにそれは残念ですね~。あ、でも今はちょうど夜明け時ですし人も……人もほら、あそこに若い女の子が一人いるだけですね~。ちょっと行って見ましょうか♪」

イザナミは清水の舞台端に立つ女の子の元に歩いて行く。

「あ、そう言えば♪貴女の身体、若くしておきましたよ?その方が何かと都合が良いでしょうしね。まぁ私からのせめてもの餞別だと思って受け取ってくださいね~。」

イザナミの後を追い歩き出す足取りが軽い。ふと自分の手を見ると皺も無く真珠のような肌をしている。顔に手をやると触り慣れた深く刻まれていたはずの皺の感触が無い。

「どうです?お気に召しましたか??
貴女この時代では醜女だと指さされることもあったようですが、時代とともに価値観なんて変わっていくものなので1000年もすれば絶世の美人だともてはやされているんじゃないですね~。」

「貴女、失礼ね……。」

「おや、お気を悪くしたならすいません。
ところで何かおかしいとは思いませんか?
私たちがこんなに声を上げて話しながら近づいているのに、彼女見向きもせずどこか遠くを眺めていますね~。」

確かにもう手も近づくほどの距離まで近づいているのに振り返るどころかこちらに気づく気配もない。

「そうなんですよね~。我々は死んでる身なので生者の身には触れないし声も聞こえません~。」

イザナミが大げさに手を振るが、その手は少女の身体をすり抜ける。

「不思議でしょ~?貴女もやってごらんなさい?」

「いや、私は……」

「まぁまぁ遠慮せずに~♪」

イザナミに手を取られ無理やり少女へと手を伸ばさせられる。
少女の身体に触れたと思った瞬間、何の抵抗もなく手が前へと進む。
心なしか手に冷たい感触がまとわりついたような気がする。

「ねぇ~。不思議でしょ~?」

気味が悪いと思ったが、存外に心地いい感触ではあった。

「ささ、次はドーンと両手で清水の舞台から突き落とすような気持ちで♪あれ?清水の舞台から飛び降りる気持ちでしたっけ?」

せっかく霊体になれたのだから、もう一度あの心地良い感触を味わうのも悪くない。そう思い両の手を引き、勢いよく前に突き出す。

____ばらりばらり

琵琶の音が聞こえた。
瞬間、目の前の少女が振り返る。

グニリと両の掌に、温かい人のぬくもりを感じた。

咄嗟の事に声も出せず、驚いた表情でこちらを見つめる少女と確かに目があった。思わぬ衝撃に体の制御を失った少女の身体は木の柵を乗り越え落下していく。

呆然と立ち尽くす諾子の耳に、何かが硬い地面に打ち付けられるような鈍い音が響く。

「わー、結構勢いよくいきましたね~。即死だな~。
いや、それにしても初仕事成功おめでとうございます~。
こんなに上手くいくとは思いませんでしたよ~。ひょっとして天才?
これならすぐに独り立ちできそうですね~。
まぁ今回は私がここまでお膳立てしてきて、文字通り最後の一押しをお任せしただけではあるんですが、それにしても良い押し出しでした~。ひょっとして相撲がお好きですか?いやぁ相撲って神事とか言わず興行にしたら人気出ると思うんだけどなぁ~。」

「……なん……で……、死……、私が殺……?」

手に残る少女のぬくもりが徐々に消えていく。理解が追いつかない。

「おや?喜んでないですね?どうかしましたか?」

「……だっ……、触れない……って……」

「あっ!それはなんとなんとこれです!!見てください!」

抱えていた琵琶を弾き始める。

「これはですね~、とあるお方に頂いた琵琶なんですけど、と~っても便利なんですよ~♪なんとこの琵琶の音色を聴いた人間は、私たちの姿が見えるし触れちゃうっていう優れものなんですよ。すごいでしょ~?あ、もちろんこれは死神の支給品としてお渡ししますのでご安心ください~。」

「……ちがっ……、私……こん……なっ……」

「あ、そうそう。あの女の子なんですけど、とーっても良い子で病気のお父さんと二人暮らしなんだけど、清水寺でお父さんが治りますようにお祈りしたらすぐ直っちゃうよって教えてあげたら、三日三晩ほぼ休まずに歩いてきちゃった。熱心ないい子だよね~。まぁそれだけ歩いてきたからお祈りも終わってホッとしてからここで遠くにある家の方向を見ながら休んでたんだろうね~。あぁ......これでまたおっ父と一緒に元気に暮らせるのかぁって満足そうな笑みでも浮かべてたのかも?どんな顔してました?」

「…………ぁ、ぁぁぁぁあぁ……」

何も言葉が理解できない。

「ちょっと、聞いてますか?嬉しすぎて泣いてます?
こうやって人生の中で何かをやり遂げて満足した最高の瞬間に、生命を刈り取る。それが死神の仕事です。彼女の場合、このあと家に帰りついてもすでにお父さんは亡くなっているので今がまさに人生最高の瞬間でした。その後の絶望を知ることなく人生の幕を閉じられる。ね?やりがいのある素敵な仕事でしょう?」

「そう言えば、貴女この先1000年経っても名を語り継がれるほどの有名人になってしまうから名前を変えておかなきゃですね~。何がいいですか?あっ、今日の晴れ舞台にちなんで清水なんてどうですか?少し読みを変えて清水(しみず)とかいいんじゃないです?それか異国の名前にはなりますが、エーゼルなんてどうですか?働き者の馬のような生き物の名前なんですが、これからどんどん働いてもらわないといけないのでピッタリかもしれませんよ?まぁなんでもいいんですけど、次までに考えておいてくださいね♪」

「じゃあまた仕事を伝えに来ますので好きに過ごしていてください。どこにいてもわかるので気にしなくて大丈夫ですよ。琵琶は渡しておきますね。」

「時間はいくらでもあるのでがんばっていきましょうね。これから1000年でも2000年でも。では、また。」

そう告げると呆然と泣き崩れる諾子を置き、忽然と姿を消す。

・・・・・・

修学旅行生でにぎわう清水寺の外れ、ひっそりと佇むまるで墓石のような石の前で手を合わせる制服姿の少女。

「清水さ~ん、何してるの~?先生呼んでるよ?」

「あっ、ごめ~ん!すぐ行く~。」

「何してたの~?あれお墓?」

「にぎやかなところ苦手でさ~。なんだろね~。昔、清水の舞台から飛び降りた人のお墓とかかもよ~??」

「え~、やめてよ~!!怖いの苦手なんだってば~。」

「あはは。ごめ~ん。……ねぇ、ちいちゃんさぁ…」

「ん~?」

「今って、幸せ……?」

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