初めてラブホテルに行った時の話
僕が初めてラブホテルに行った時の話を書く。少し生々しい表現も出てくるので、苦手な人はブラウザバックを推奨する。
あれは、僕が大学に入学して一年目の時だった。高校の頃からバンドを組んで音楽活動をしていた僕は、できるだけ大きな軽音サークルに入って、沢山の音楽好きな人たちの話を聞いたり、演奏を聴いたりしたいと思って、数十年の歴史を持つかなり規模の大きな軽音サークルに入った。
サークルに入った当初は、期待していた通り、様々な音楽の趣味を持つ同回生や先輩に出会い、話を聞くことができた。邦ロックが好きな人、メタルが好きな人、ガールズバンドに命をかけている人など、色んな人がいて、高校の頃には周りにいなかったような楽器の上手い人にも出会えて、とても満足だった。
ただ、おおよそ予想はしていたものの、飲み会がとにかく激しいサークルだった。お店での飲み会は勿論のこと、野外での飲み会も頻繁にあり、酔ってお尻からロケット花火を飛ばすような愉快な先輩方もいた。僕はお酒があまり強くないので少し引き気味で毎回参加していたが、お酒を強要されることもなく、飲み会の場でしか聞けない音楽や楽器の話なども多く、おおむね満足だった。
サークルに入ってから一ヶ月ほど経つと、異性として気になる二つ歳上の先輩ができた。仮にその人をBさんと呼ぶことにする。Bさんの見た目を一言で形容すると、ブチ上げギャルであった。何回ブリーチをかけたか分からないショートカットの明るい金髪と左右でそれぞれ違うピアスが印象的で、いつも個性的な服を着ていた。正直、全くタイプではなかった。僕はどちらかというと大人しくて文学が好きそうな雰囲気の女の子の方が好きだった。それでもBさんに惹かれたのは、人間性によるものだと思う。Bさんは子供心を忘れていないというか、とにかく無邪気で、好奇心が旺盛で、遊び心があって人懐っこかった。そのような性格がとても可愛いな、と思い、日々Bさんに惹かれていった。
Bさんには彼氏がいるんだろうか。もしBさんの彼氏になれたら毎日楽しいだろうな、と思った。どうにかBさんの恋愛事情を知りたいと思って、僕は積極的に飲み会に参加し、Bさんの近くで話を聞くことに徹していた。ある日、Bさんの恋愛事情を聞くことができた。
「私こういう性格だからさ、全く女っぽくないというか、異性として見られることが滅多に無いんだよね。男友達は腐るほどいるんだけど。」
「彼氏は今まで二人できたことがあるけど、一回目は遠距離で自然消滅しちゃって、二回目は浮気されたから速攻でフッてやったんだよね。」
Bさんがいながら浮気をするなんてなんて罰当たりな野郎だろう、と思った。聞いている限り、今Bさんには彼氏はいないらしかった。僕は安堵した。決して僕がBさんの恋愛対象になれるわけではないが、可能性が0じゃないんだと思って、なんだかワクワクしていた。
Bさんは誰に対しても明るく優しく、僕に対しても色んな話をしてくれた。
「メタルが好きなの?大人しそうなのに意外だね!でもそういう意外性って結構良いと思うよ。」
「彼女いたことないんだ!優しそうだから絶対彼女がいたら幸せにしてあげられると思うけどな。」
「正直童貞かどうかってどうでも良いよね。むしろ童貞の方が好感度高いっていうか。このサークルヤリチン多いからさ笑」
他愛もない話をしているだけで楽しかった。全く僕がBさんと良い感じになる予感やビジョンはなかったが、その時は一緒に話しているだけで幸せだった。
ある日、突然転機が訪れた。
いつものように公園で飲み会をしていた時、Bさんが調子に乗りすぎたのかベロベロに酔いつぶれてしまったのだ。Bさんは近くにいた僕の肩に寄りかかって、ずっと「苦しい〜」「う〜」と呻いていた。お酒の匂いがしても、Bさんは可愛かった。
「Bってたまに意味わからんくらい潰れるよな。」
「ほっといたらええねんこんな女。」
とある先輩が言った。なんて心ない奴だろう。しばらくして、飲み会は解散になった。ずっと僕の肩で呻いていたBさんは、成り行きで僕に預けられてしまった。正直どうしたら良いか分からなかったが、とりあえずBさんを家まで送ることにした。
「家どの辺ですか?」
「商店街の突き当たり〜」
「え、意外とおれんちと近いっすね。」
「家近かったんだ〜。じゃあ今度遊ぼうよ〜。う〜吐きそう。」
なんとかBさんを家まで連れて行ったが、酔いが更に回ってしまっていたらしく、過呼吸のような状態になっていた。お水をあげても苦しい症状は収まらなかった。Bさんは僕のTシャツをぎゅっと握りしめて離さなかった。
こんなに苦しそうで申し訳ないけど、これはチャンスなんじゃないか、と正直思ってしまった。こんなにベロベロに酔いつぶれたBさんと何かが起こることは全く期待していなかったが、僕の中に微かに湧いた庇護欲のようなものが、「Bさんの面倒を見たい」と言っていた。
「おうちお邪魔していいですか?しばらく看病しますよ。」
「任せた〜。」
Bさんは僕のことを全く恋愛対象として見ていないんだろう。男として見ていないからここまで気を許すんだ。それは分かっていたが、Bさんのお世話ができることが単純に嬉しかった。
家に上がると、Bさんは一直線にトイレへと直行してゲロを吐いた。僕はBさんの背中を20分くらいずっとさすっていた。
「ごめんねえ〜こんな姿見せて。」
「Jくんは優しいねえ〜。」
時々そんな言葉を投げかけてくれながら、ずっと吐き続けていた。不思議と、Bさんの吐瀉物を全く汚いとは思わなかった。無邪気なばっかりにハメをはずして痛い目に遭ってしまったBさんが憐れで、なんだか守ってあげたくなった。
吐き気が収まると、今度はBさんはリビングで横になった。強烈な眠気に襲われているらしい。
その時僕は、体が勝手に動いてしまった。寝転んでいるBさんに添い寝する形で自分も寝転んで、背中をさすってあげた。
「う〜だんだん楽になってきたよ。今日はありがとね。眠い…………」
Bさんが眠りについてからも、僕はずっと背中をさすっていた。頭も撫でてしまった。何故だか分からないし思考の経緯をちゃんと説明することができないが、その瞬間、僕は自然と「Bさんを一生守る」と思っていた。
次の日の朝、先に起きていたBさんは朝食を作っていた。
「昨日は本当にごめんね〜。今度めちゃくちゃ奢るよ。あのね、私フレンチトースト得意なんだ。食べてよ。」
目の前にフレンチトーストが出された。まだ寝ぼけていたが、寝ぼけたまんまの僕は何故か次のような言葉を口走っていた。
「Bさんのことが好きなんです。付き合ってください。」
自分で言って自分で驚いてしまった。なんで今なんだろう。絶対違うじゃん。
Bさんは目をまん丸にしてしばらく静止していた。
思いっきり後悔に襲われた。恋愛って何事もタイミングが大事って言うじゃないか。明らかに今じゃなかったじゃん。僕はなんてことを……
「いいよ!」
え?
「いいよ!付き合ってみようよ!」
意外すぎるBさんの返答に、今度は僕が静止してしまった。とりあえずフレンチトーストを口に運んだが、頭の中がぐちゃぐちゃして正直何の味もしなかった。
快諾してくれた。え、それっておれがBさんと付き合えるってことじゃん。つまり、おれの彼女がBさんだってことじゃん。その時Bさんが何を考えていたのかは全く分からなかったが、徐々に実感が湧いてきて、幸せな感情に満たされた。
それから僕とBさんのお付き合いが始まった。Bさんは二つ歳上ということもあって、僕よりも色んなことを知っていた。おいしいお店、綺麗な散歩道、動物園、水族館、色んな場所に案内してくれた。僕はBさんと一緒にいられることが嬉しくて、いつもBさんの写真ばかり撮っていた。Bさんはおどけたポーズを決めたり、変顔をしたり、シャッターに合わせてジャンプしたりした。そんな子供っぽいところが本当に好きだった。
また、僕とBさんは自然と半同棲のような生活になった。僕のバイトが月曜日と水曜日で、Bさんのバイトが火、木、金だったので、お互いがお互いのバイトの日にご飯を作るというルールが自然と出来上がっていた。Bさんはいつも僕の料理を褒めてくれた。僕はBさんが作る少し甘めの卵焼きと肉じゃがが大好きだった。
それくらいの時期に、初めてBさんとセックスをした。僕は童貞だったが、不思議と体が勝手に動いて、気がついたらBさんと抱き合いながら眠っていた。人生で一番幸せだった。何回もBさんの頭を撫でた。その時に改めて、僕がBさんを一生守ろうと思った。
付き合ってから数ヶ月が過ぎた。ある日いつものように一緒に晩御飯を食べた後テレビを見ていると、Bさんがこんなことを言った。
「私、ラブホテルに行ってみたい!」
「行ったことないんですか?」
無粋なことを聞いたと思う。
「実は一回も無いんだよね。友達の話聞いてたら、私も行ってみたくなっちゃった。」
Bさんのラブホテルへ行きたい欲求は完全に好奇心だった。正直、僕もかなり興味があったので「今度行きましょう」と答えた。
それから僕のラブホリサーチが始まった。行ったこともないし友達から話も聞いたことも無いので何も分からないし、相場も分からない。一晩四千円くらいのかなり安いホテルもあったが、僕はBさんと行く初めてのラブホテルを絶対に良い思い出にしたいと思っていたので、もう少し奮発しようと思った。当時の僕にとって一万円というお金は決して安い金額ではなかったが、Bさんの初めてのホテルの経験を最高のものにしたかったので、梅田駅の近くにある一晩18000円の綺麗なホテルに行くことにした。
当日、僕とBさんは梅田駅の近くで映画を見た後、居酒屋で晩御飯を食べた。いつもだったら無邪気に喋るBさんの様子が、その日は少し違っていた。伏目がちで、口数も少なかった。緊張していることがすぐに分かった。
緊張していたのは僕も同じだった。ご飯はあまり喉を通らず、お酒を流し込んで感情を誤魔化していた。
「調べてくれてありがとうね。」
Bさんが言った。
「当たり前じゃないですか。良いところだと良いですね。」
Bさんはくすりと笑った。いつものような子供っぽい笑い方ではなかった。笑みの中に恥じらいがあって、なんだかそれが堪らなく愛おしくなった。
「行きましょうか。」
そう言って店を後にし、Googleマップでラブホテルの場所を表示した。そう遠くない。15分も歩けば着くだろう。
しかし、僕は致命的な方向音痴だった。地図には表示されているはずなのに、方向が全く分からない。いつまで経ってもホテルに近づけないという現象が起きた。
スマートじゃなさすぎる。最高の思い出にしてあげたいのに、めちゃくちゃ申し訳ない。
「私もやるよ!」
BさんもGoogleマップを開いた。しかし、Bさんもまた、致命的な方向音痴だった。しばらく二人で、梅田の見たことがない通りを十分くらいうろうろしていた。
「私たち全然だめだね!笑 いつまでたっても着かない!」
「まだ、慌てるような時間じゃない。」
いつの間にか、二人でいつものように笑い合いながら歩いていた。はたから見たら迷っているだけの二人だが、僕はその時も幸せだった。
しかし、流石に段々地図が読めてきて、ホテルの方向が分かってきた。商店街を抜けて、右に曲がったら僕が調べたホテルに着く。それくらいのタイミングから、僕とBさんは黙って手を繋いで歩いていた。Bさんの手は熱くて、固く僕の手を握っていた。僕もいつもよりも少し強めに握り返し、二人でホテルへと歩いて行った。Bさんは何も喋らなかったが、時々僕の顔を見て微笑んだ。僕も微笑み返した。
ホテルに着いた。入り口に入ることが普通に恥ずかしい。意を決して、二人で手を繋いだままホテルに入った。
そのホテルは、タッチパネルで部屋を選ぶ方式だった。ネットで調べた時は一晩18000円だったが、安い部屋はどれも埋まっており、僕たちは二万円の部屋を選んだ。
「その分いい部屋に泊まれるってことじゃん。嬉しいよ。」
Bさんのポジティブさに救われた。
エレベーターを上がって、部屋に向かった。どうやら、Bさんの子どもスイッチが入っているようだった。落ち着かない様子で、「楽しみだね!」としきりに言っていた。可愛かった。
部屋に入った。やはり、少し高い部屋だけあって清潔で上品だ。Bさんの好奇心メーターはマックスになった。
「見て見て!テレビおっきい!あ、空気清浄機もあるよ!カラオケも付いてる!え〜探検したくなっちゃうな。」
「お風呂来てよ!ジャグジーがついてるよ!しかもほら、このスイッチを押すと妖しい光が出る!いやらしいねえ笑」
ムードもクソもなかったが、僕は無邪気にはしゃぎ回るBさんが大好きだった。一緒になって部屋を散策した。
冷蔵庫の横に、コンドームや大人のおもちゃを売っているボックスがあった。
「や〜らし〜!!でも、ちょっと気になるかも!……今日はいらないけどね!!笑」
Bさんは単に無邪気なだけではないことが分かった。緊張と照れを隠すために、わざとテンションを上げているのだ。僕は不意に後ろからBさんを抱え上げて、ベッドに押し倒した。
「えっち〜笑。でもまだだめだよ!」
「分かってるよ。Bさん、楽しいね。」
二人で抱き合って笑い合った。最高に幸せだった。Bさんをくすぐると、Bさんもくすぐり返してきた。しばらくくすぐり合いっこになった。これじゃ子どもの遊びだ。でも、幸せだ……
ひとしきり笑った後、Bさんが言った。
「先お風呂入ってくるね。覗いちゃだめだよ笑」
「え〜覗いちゃうかも。」
「絶対だめ!笑 待っててね!」
Bさんはお風呂に入っていった。僕は温かくて幸せな気持ちに満たされていた。タバコを吸うと、いつもよりも美味しく感じた。最高の休日だ。ラブホを一生懸命調べた甲斐があった。
しばらくお風呂からはシャワーの音が聞こえていたが、ある時からぴたりと音が止んで静かになった。湯船に入っているんだろう、と思った。僕はテレビの電源をつけてみた。話には聞いていたが、案の定AVがガンガンに流れている。Bさんと一緒にAVを見る趣味はないし、僕自身そんなにAVが好きなわけではなかったのですぐに電源を消した。どんなAVよりもBさんが一番魅力的で、Bさんが一番えっちでいやらしい。僕にAVは必要なかった。
二十分くらい経っても、Bさんはお風呂から出てこなかった。のぼせているかもしれない。Bさんと一緒にお風呂に入ったことがないわけではなかったので、良いか、と思い、僕は一緒にお風呂に入ることにした。
「Bさん、ごめん。入るね。」
返事がない。少し不安になった。
お風呂のドアを開けると、衝撃的な光景が広がっていた。
Bさんの姿はどこにもなく、お風呂の鏡の前には、二メートルくらいの巨大な塩の柱が立っていた。
「Bさん……?」
返事はないし、Bさんはどこにもいなかった。
僕は今まで生きてきた上で、何回かこの不思議な塩の柱に遭遇していた。いつもは気味が悪いので逃げていたが、その日僕は塩の柱に立ち向かうことにした。
塩の柱にアツアツのシャワーをかけた。熱湯だけあって、塩の柱はするすると溶けて排水溝に流れてゆく。あ、塩の柱って溶かせば良かったんだ。その時初めて知った。
十分くらいかけて塩の柱を溶かし終えた後、妙に落ち着いた気分になった。何の物音もしない。しかし、不意に声が聞こえた。排水溝から何かの声が聞こえる。僕は排水溝に耳を近づけた。排水溝からは、低くどすの効いた声ではっきりと次のような言葉が放たれた。
「evil......」
背筋に鳥肌が立つのが分かった。奴が来る。ヤギである。
どこから来るのかは分からないが、異形のヤギが僕のもとにやってくることを知っていた。逃げなくてはならない。僕はお風呂場を後にし、ホテルの部屋を出た。
エレベーターがあった場所に向かって走った。しかし、おかしい。いつまで経ってもエレベーターに着かない。景色も変わらない。廊下を挟んで両隣に無数の部屋があり、そのどの部屋の中からも、かすかに不気味な笑い声が聞こえていた。
僕はBさんの存在のことなどすっかり忘れていた。ヤギがとにかく怖かったのである。ヤギから逃げなければ死ぬ。必死で走った。しかし、廊下は永遠に続いており、どこにも辿り着かない。息が上がった。全身に脂汗をかいていた。
「J くん……?」
不意にBさんの呼び声がした。振り返ると、ホテルの一室の扉が開いている。
「J くん?どこに行ったの?寂しいよ。」
僕は扉に向かって歩いた。
「J くん……早く来ないと…………」
ホテルの部屋に戻った。そこでまた衝撃的な光景を目にした。
ホテルの部屋に、直径が4メートルはあろうかという巨大な球状のヤギがギチギチに詰まっていた。
球状の白い身体からは、虫のように細長い手足が不規則に15本ほど生えており、それぞれが独立した意思を持っているかのように関節を曲げたり伸ばしたりしていた。
終わった。僕は跪いた。
頭上には巨大なヤギの頭がある。低い声で笑っているのが聞こえた。僕はここで死ぬんだ。直感的に悟った。視界が次第に真っ黒になり、意識はそこで途絶えてしまった。
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