冷たい校舎の時は止まる

辻村深月のデビュー作としてあまりに有名な本作を、今更読み始めました。

今年の3月に「かがみの孤城」を読破し、さあ次の辻村を読もうと図書館に予約。しかし感染症で図書館は閉鎖、通知が来たのは予約したことさえ忘れていた6月下旬のことでした。

まず読み進めて思ったのが「登場人物頭よすぎか」ということです。県下一の進学校のクラス委員ということですが、センター試験を控えた高3に校舎に閉じ込められても、冷静に状況を分析し仮説を立てる。

私の高3時代はというと男子校の6年目。例えば体育祭ではクラスメイトたちが母親たちに向かって手を振るなど全力でアピールし、負けたら母親たちに土下座するような、いい意味で馬鹿なハイスクールライフを送ってました。それに比べれば登場人物は非常に大人びて見えます。

とまあ話はこれくらいにして、「校舎に閉じ込められる」という現代の漫画やアニメでよくある設定。突然放送が流れたりして強制的にゲームが開始、生き残りをかけた高校生とゲーム主催者が争う、みたいなパターンが多い。しかし、この物語では閉じ込められても何も手がかりはありません。みんなある人の名前を忘れているだけ。

なぜ忘れたんだ?

それに答えるために憶測を立て、過去を丹念に探るうちに、読者は登場人物の生い立ちを知ることになります。みんな頭がいいので冷静に自身を分析しますが、とはいえまだ若く、客観的になろうとして主観的だったりする。

高校生というのは本当に多感で複雑で、視野が狭い。登場人物の丹念な描写は、辻村深月の魅力の一つです。

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大学に入っておそらく並の学生よりかは本を読んできました。本を読む長所に、自分のぼんやりした考えに、文章を読むことで言葉という枠をとりこみ、考えがくっきりし他人に伝えやすくなる、という点があげられます。この本のように深い高度な表現に、得るものはかなり大きい。

大学に入って多くの人と接する中で、「え?なんでそんなこと言うの」と思うことが増えました。そんな時「こういう人なのかな」と想像力を働かすこと、興味をもつことも、表現を知っているだけでやりやすくなるでしょう。

「冷たい校舎の時は止まる」は長い長い小説でした。得るところもいっぱいあったでしょう。感染症が鎮まった未来、私はどんな人と出会い、どんな気持ちになるのでしょう。

追伸。私の7つのルールというお題が与えられてますが、はてルールはあるかと思ったとき、「ズボンは必ず右足からはく」とか「パスモを交通費以外の用途で使わない」とか、どうでもいいルールしか浮かばなかったのでいったんやめときます。


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