「エミネムを名乗っているにも拘らずラッパーではなく絵師になりたい人bot」


 昨日書いたリメイク楽曲が(今これ打ってるのと同じラップトップの画面に)5分40秒の完成形で浮かび上がっております、凄いねえもうほんとに。ドラムス打ち込んでるときが一番冷静に興奮しますね、「やっぱキックとスネアは4分で固定だよ、16分のニュアンスはハイハットで出せば良いわけ」って楽曲自体に説得されましたねえ。野口さん(ドラマー)にこの曲叩いてもらうのが楽しみで仕方ないですよ。

 で、そんな達成感まみれの作業終えてクールダウンしたいときに何が最適かというと、私が Twitter 上に持ってる治験用アカウント(およそ20体)の最新タイムライン(とくにツイートお気に入り登録欄)を確認することですねえ。「うわーヤバい、今日もしっかりやってる」と戦慄しますよ、私とは全く別の意味で。
 検索すれば出てくると思いますけどね、「絵のアドバイスをするエミネムさんbot」(←確認すらしてないのでたぶん正式名称ではない)みたいなのが随分前からあるの。たしか数ヶ月前、このアカウントが匿名メッセージ(マシュマロなんとかっていう、クソみたいな匿名前提のメッセージ伝達サービス。あれで批判的な意見が飛んでくるのを「毒マロ」っていうらしいんだけど、最初からそのマシュマロ自体が毒物でしょうよ。サッカリンみたいな人工甘味の匿名メッセージばっか集めて・喰って・射幸心煽られること自体が他ならぬ「中毒」でしかないっていう、そんな当然の精神衛生すら溶かした人でなきゃ使いませんよあんなサービス)で批判的なやつに向けて「反論」しててね、ヤバすぎましたよねえその様も。
 だってね、本当にグラフィック表現の描画技術に関して自信がある人なら、どうして「エミネムさん」みたいな架空の人格に仮託して物を言いたがりますかね? 真っ当な絵描きならさ、自分の本名(千歩譲ったとしてもハンドルネーム)で作品(もちろん二次創作品なんかじゃないよ)出しながら、同時に自分がレイムだと思う物事に対し批判的な意見も述べるだけでしょ。それが「だいぶ辛辣なことも言っちゃうハウツー開陳アカウント」としての役割に自足しちゃってるんだから、もう語るに落ちてますよ。もちろん一番ヤバいのは、エミネムという、音楽が本業であるはずの人の名を(アイコンとして画像も)騙ってまで自分の表現技術(絵)に関する意見に説得力持たそうとしてることですけどね。たぶん『8 Mile』観て萌えちゃったんでしょうね、「自分のテクニックだけでのし上がるアーティスト」みたいな姿にさ。しかし悲しいかな、そのプレ「エミネムさん」人格の者が自己実現したかったのは、音楽じゃなくて絵の世界だったの。
 もちろん私はね、「絵を表現として選びたがるような奴は “小学校か中学校で絵を描いて(て、陽性経験として褒められた/陰性経験として「ウェ〜オタク〜」っていじめられ)た自分” 程度の意識に囲われた手合いばっかりだ。いつまで経っても自身の作品すら出さないで既存の人物や作品の二次創作ばっかやってるのがその証拠だろ。一体いつまでヌルく褒めたり貶したりしてくれるだけの中っ途半端なクラスメイトみたいな輩とばかりツルんでるつもりだ? せめて高校の教室からは出てこいよ “表現者” 名乗りたいならよ」なんて極端なことは言わないよ、思ってはいるけどね。でもさあ、なんだろうねえあの幼稚さ。どんな人が絵についてアツく(その逆張りで皮肉っぽく)語ってたとしても全然構わないよ。たださあ、なんでエミネムを巻き込むの? 「香辛料に頼らない中華料理のレシピを紹介するジミー・ペイジbot」とか「アメリカンカジュアルファッションについて物申す柳宗悦bot」とか、そんなの存在自体想像できるか? もちろん誰もやりませんよ、そこで利用されてる者と取り扱われてるトピックとの間には甚しい懸隔が存在するし、何より失礼だからね個人名に対して。でも「絵のアドバイスをするエミネムさんbot」は Twitter 上で大人気なの(←もちろんこの「大人気」は匿名メッセージでイライラさせられる特権も含む)。ヤっバいですよ、あらゆる尊厳をかなぐり捨てた人間の生態ってのは。自分を侮辱することに慣れた人間は他人をも侮辱する(逆も然り)という、凡庸にもほどがある典型ですよね。


〔後略〕


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