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Parvāne - 十九角形 (Enneadecagon)

 文字にしたところで何になる?
 書き文字の流通が意義ある伝達を担いうるような、そんな時代はとっくに終わった。今となっては、あの「謙虚で含羞深い日本人」どもでさえ、(「雑談配信」などという、あの恐るべき自己愛の露出を合理化する美名を得て)己が肉声やときに顔面をも衆目に晒して恥じぬようになった。その弛んだ声が塗り付けられる対象といえば何でもいいわけだ、本来己に課せられているはずの義務を肩代わりさせた上でいつでも情緒的に屠殺できる「推し」という名の身代わり羊であろうが、常に人より先んじんとする焦慮に力づけられて媚態混じりに軽蔑するための同輩であろうが、恐怖から逃れるべく崇める現状追認という名の偶像であろうが。かくして我々は、言い方ひとつ練られず放たれた物欲しげな声が喧しく響く、(「肉声の黄金時代」たる西暦1920-30年代から逆算されるかたちでの)「肉声の暗黒時代」を生きている、いま現にこうして。

不幸を神聖化する誇りすらなく悩み、とりあえず自分にとって気持ちいい刺激にのみ触れて不快から逃れようという打算(もちろんその「気持ちいい」と「不快」とは全く同じものなのだが)にすら甘んじるようになった、つまり人間という種として区別されるに相応しい要素を何一つ持ち合わせない輩どもに対して、いまさら声をかけたところでどうなる? 愚者に説教するのは愚者の仕事だ。私は常に、屈託なく残虐なまでの好奇心を持ち合わせた「新しい人」たちが、がらくたの山から私が(かつて)こさえた装置の一片を拾い上げ、彼女ら彼らがそれを手慰みとして再び組み上げることによって新たな(もちろん、私自身さえ予想しなかった)鳴動が生まれる、その瞬間を一つでも多く起こすために自らの仕事を続けてきた。

Parvāne の新曲『十九角形』をお耳にかける。
 現在進行中の、Parvāne にとっての『Ænima』たるべく制作されるアルバム中の『Stinkfist』。と書いてしまえばそれ以上の説明は不要だろう。収録された音すべてが生演奏によるこの楽曲を、Parvāne は西暦2022年の活動における最も意義深い精華として位置付ける。昨年は6ヶ月でアルバム1枚を仕上げたが、今年は6ヶ月で1曲。上出来ではないか。「私はここにいるのだから目を向けてくれ」とばかりに猛烈な意気で品数を揃えるような時期を、私はもはや通過した。『十九角形』の発表をもって Parvāne は、生演奏バンド隊としての活動形態へと移行する。その体制をより堅固なものとして撒布するためには、今回の収録に参加してくれた素晴らしいプレイヤーたちの演奏に耳を傾けてもらうことが必要であることは、もちろん言うまでもない。

かくして、蛾はその死路における第2位相へと進行する。アルバムのために残り10曲の収録が予定されているが、まず音楽レーベルの手助けでも無ければ、すべて私費で制作を賄うことになるだろう。膨大な時間と金銭が私一人の責において費やされることは確実だが、もちろんそうなったとしても私は生活などよりも音楽を優先する。
 我々の活動は Patreon によって補助され、課金特典として Parvāne の現時点での全楽曲も用意されているが、あなたが我々を金銭的にサポートするか否かの答は、楽曲を聴き終えたいま既に出ている筈であるので、とくに継ぐべき言葉は無い。

その代わりに言おう、友よ。今ある貨幣というものは、もはや何の意味も持たなくなる。「経済」なるものが人を生かすよりも殺すための術策を担うようになってから随分経ったが、我々は近いうちに必ず、生ける貨幣どもによって起こされた獰猛な騒擾に直面することになるだろう。それは既存の市場を完膚なきまでに破壊したのち、それでも世界は平安に統治されうるという確信のもとに平然と地を律しはじめる人々の到来を意味する。我々がしがみついているこの重商的貨幣経済もすぐに終わる。だから心置きなく金を使うといい。「私の活動のために金を出してくれ」などと言っているのではない。「君自身のことをやれ」と言っているのだ。君と私の立ち位置や職能がいかに異なったものであれ、我々は必ず、新たにして平安な世界の仕事場で落ち合うことになるだろう。

では前もっての口上として、 Parvāne が世界に捧げうることを教えようか。我々は如何なる目的で音楽を行うのか。
 それはまず、音楽を非専業化させるため。
 次いで、音楽と数学と詩の知識によって武装した人民を到来させるため。
 果てには、過去と未来のダンスを同時に現在へと殺到させ、地上における時間をより錯雑かつ陽気にし、我々の肉体と思想の両方を無明と忘却から救うためである。

田畑 佑樹 (also known as 試金)



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