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小説

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沼犬

 ジップロックの中から彼女はわたしを見ている。保存液が注がれたジップロックの中から彼女の目がわたしを見ている。ダクトテープで壁に固定されて保存液がダポダポに注がれたジップロックの中から彼女の眼球がわたしを見ている。彼女の目。ラブリーな目。薪ストーブと本棚とソファとサイドテーブルとネイティブアメリカン風の絨毯とIKEAのゴミ箱と二重窓と焦げ茶のカーテンと黄色のドアと十一月のカレンダーと彼女のラブリー

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ハンマー

 地面を揺らす振動がこの部屋にあるものすべてを揺らしていて、その中にはおれも含まれているしハン魔ー・ディーゼルも含まれている。壁に掛けられたハンマーがガチャガチャ鳴っている。ハン魔ー・ディーゼルは言う。
「今日の午前もひとつ頭を砕いてきたところなんですよね。そこに掛けてある一番端のハンマーはまだ血が乾いてないのわかる? わたしはいつも頭を砕くのに新しいハンマーを使います。ときどきホームセンターに寄

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[小説] 羊飼いの島

 踏まれた砂は身を寄せ合って鳴いていた。秋の終わりの風は冷たい。浜辺の先には影法師がひとつ立っていて、それに向かってわたしは歩いた。影法師の隣に立つと、わたしはピーコートのポケットからげっ歯類の頭蓋骨に似た錆びた金具を取り出して、それを影法師に近づけてやった。
「どう?」
影法師はこちらを向いて手をのばしその小さな金属に触れた。撫で回してから自分の上に載せ、身体を揺すって、うまく合わない、でもあり

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[小説] 遺物

 塔の頂上には寺院が建てられており、その内側はタイルで埋め尽くされていた。氾濫する色彩が、反復しながら変化していく紋様となって、わたしを迎え入れた。かつては巨大な都市の一部だったというこの場所は、今では周囲を砂に覆われて孤立している。
 わたしがこの寺院を訪れたのは、新年から月が九回満ちた日だった。
「ようこそ」座り込むわたしに茶を差し出しながら僧侶が言った。「ここを訪れる者は多くありません。しか

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[小説] 氷が溶けるまでわたしたちは

[小説] 氷が溶けるまでわたしたちは



妻から電話がかかってくる。なんだって? もう一度言ってくれ。オフィスは暖房が効きすぎていて、上着を脱いでも下着が汗で湿る。外では雪が降り積もっている。
「池に落ちたの。一時間もそのままだった。気づかなかった。気づかなかったの」

 ベッドに横たわる息子は、生まれたときも予防接種も何もかもこの病院で処置されてきたのだと思い当たる。
「心臓は止まっていました。いまは脈拍が安定しています。冬場の冷た

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[小説] 未熟なテロリストと王女の踊り

[小説] 未熟なテロリストと王女の踊り

 ダークナイトはテオが生まれる前の映画だけれど、病院が吹き飛ぶシーンを見た瞬間、八歳のテオは以前と変わる。瓦礫と炎で胸がいっぱいだ。庭で爆竹を爆ぜさせても満足できなくて、図書館に行き発破技術の本を手に取る。司書は誰がどの本を借りたか外に漏らすことはないというけれど、テオは棚の陰に隠れてページをめくる。本から顔を上げるたび、図書館中に爆弾が設置されていく。家に帰ったテオは上の空で、それを見た母は戸惑

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[小説]精神のなんとか

 疫病の時代はいつでもあったけれど、人類はそれを乗り越えのだから今度も大丈夫ですよ、と聖バリボル・ハムンクサはおっしゃいます。
「安心なさい」
彼は微笑みます。ですから、わたしはこの五十七歳でトロンとした目つきの善良だが頭の悪い男に反射的に反社会的に素早く手を伸ばし、白髪交じりの髪を左手で掴んで右拳で頬を殴り、殴り、殴る。その動きはまるで『逆襲のシャア』でニューガンダムがサザビーを殴るシーンのよう

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