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【004】ジュネーブモーターショー2019を振り返って 岡崎五朗

フォルクスワーゲン、日産、三菱、スバル、マツダが欠席したパリモーターショーを尻目に、今回のジュネーブはなかなかの盛り上がりを見せていた。主要メーカーで欠席だったのはボルボぐらい。しかしそのボルボも電動ブランド「ポールスター」で存在感をきっちり示していた。もちろんジュネーブ名物であるスーパーカーも健在で、フェラーリは488の後継モデルである「F8トリブート」、マクラーレンは「スピードテイル」、その他ブガッティやランボルギーニ、アストンマーティンといったハイブランドも気を吐いていた。

極少量生産を前提にしたカロッツェリア(英語ではコーチビルダー)による展示もジュネーブショーの楽しみのひとつだ。なかでも多くのプレスに囲まれていたのが「ピエヒ」という新興ブランドだった。展示した「ピエヒ・マークゼロ」は、アルミフレームの仕上げは雑だし、シート背後に巨大なバッテリーを搭載するパッケージングにも「前後重量配分と重心高は大丈夫なのか?」という疑問を感じたが、かのフェルディナント・ポルシェ博士の孫にして、VWグループ元会長フェルディナント・ピエヒの息子が率いるメーカーということだけでも注目に値するということだろう。

モーターショーというコンテンツが曲がり角に来ているなか、強い個性を武器に人とクルマとカネを集め続けているジュネーブ。それに対し、今年秋の東京モーターショーはどんな個性を打ち出してくるのか。今年の東京は大半の外国メーカーがすでに不参加を決定し、かつてない小規模での開催となりそうだ。輸入車という"華"を失ってなお、わざわざ見にいく価値があると思わせるようなイベントにできるかどうか。日本メーカー、そして主催者である日本自動車工業会の手腕が問われることになる。

激化するEV商戦の波

それはさておき今回のジュネーブモーターショーである。その中身をひと言で表現するなら「ますます加速する電動化の具体案を示すショー」となる。MaaSはひとまず脇に置き、CASEについてもE(Electric=電動化)以外の3つはお付き合い程度。代わりに、2年後に迫った欧州の厳しい二酸化炭素排出量規制=燃費規制をクリアするための道筋として、BEV(バッテリーEV)とPHV(プラグインハイブリッド)が大挙して展示された。なにしろアルファロメオやジープ、プジョーまでPHVを展示してきたのだから時代の潮目を感じないわけにはいかない。ちなみに欧州基準(ECE R101)ではPEVにかなり有利なレギュレーションがあり、バッテリーのみで25km走行できるPHVなら二酸化炭素排出は半分、50km走行できれば3分の1と認定される打ち出の小槌。また、カリフォルニアのZEV規制をクリアするという点でもPHVは現実的な解であり、2014年に20年ぶりの北米市場再挑戦を果たしたアルファロメオや、北米再挑戦を目論むプジョーにとってPEVは避けて通れない道だ。

内燃機関を搭載せず、バッテリーとモーターだけで走るBEVにも注目モデルが多数あった。BEVの推進にもっとも前のめりなVWグループは、数多くの展示車に加え、MEBと呼ばれる次世代EV用プラットホームをサードパーティーに販売すると発表。MEBが乗用車から商用車まで広い車種をカバーする汎用性を有することを示す一例が「ID.バギー」だ。その他、メルセデス・ベンツやフィアット、ホンダ、ジョーもBEVを展示した。

世界的な燃費規制の中で問われるイノベーション

なかでも興味をひかれたのがプジョーe-208とホンダeの2台だ。プジョーブランドのCEOであるジャン=フィリップ・アンパラト氏はこう言う。「われわれは絶対に95グラムを達成する。達成できずに罰金を払うなどという選択肢は100%あり得ない。そのためにも208シリーズ販売の10%はe-208にする予定だ」。価格はまだ明らかにされていないが、e-208は450kmという航続距離を生みだす50KWhの大容量バッテリーを搭載しながら、リーズナブルな価格を実現しているという。具体的には「補助金6000ユーロ、フランスの電気料金(ドイツの約半分)で年間15,000km走れば5〜7年で元を取れる程度」とのこと。一方のホンダeは欲張らずに航続距離を200km程度に抑え、内燃機関車の置き換えとしてのBEVではなく、セカンドカーあるいはシティコミュータという位置づけを訴求してきた。安くなってきたとはいえまだまだ高いバッテリー価格を考えるとホンダのアプローチは現実的とも言えるが、450kmと200kmという航続距離の差をユーザーがどう捉えるかは興味深いところである。

上述したアンパラトCEOの発言の背景には、欧州で2021年に施行される厳しい二酸化炭素排出量規制がある。現在1㎞走行あたり125グラムの排出量が、2年後には95グラムへと減らされる。燃費換算で17.9km/Lから24.4km/Lといえば、その厳しさがわかるだろう。これを達成できないメーカーには1グラム超過毎に95ユーロ/台という、事実上商売やめろと言うに等しい高額の罰金が課せられる。なお、95グラムという目標はEU全体の話しであり、実際には商品ラインナップ(大型車が多いかどうかなど)や販売台数などをもとに複雑な計算を使ってメーカー毎のターゲットが当局から課されている。現在、トヨタ、ルノー日産、ボルボはクリアするとみられている一方、ドイツ勢、PSA、FCAなどはかなり厳しい状況だ。

このようにみていくと、プジョーが208にBEVモデルを用意する一方、同じタイミングでモデルチェンジしてきた同クラスのクリオにルノーがBEVを用意していないこと、ドイツ勢が電動化まっしぐらなことの理由が見えてくる。そしてそれは同時に、トヨタがカローラ、RAV4といった売れ筋モデルに加え、GRブランドのレーシングカーやラリーカーといった、ある意味旧態依然とした展示をしていた理由でもある。初代プリウス以来、すでに20年以上にわたって電動化を進めてきたトヨタにしてみれば、なにも急いで電動化の道筋を示さなくたっていいよね、ということである。むしろ、95グラム規制程度であれば、EVやPHEよりも安くて軽くて効率的な当社製ハイブリッドがベストなんですよという無言の反論にも見えた。

人類が将来にわたって自由なモビリティを享受するために電動化は欠かせない。この点でわれわれの認識は一致している。しかしだからといって、現段階でEVに消極的なメーカーは守旧派であり、反環境保護主義であると感情的に判断するのは誤りだろう。今回のジュネーブモーターショーで見えてきたのは、各社の平均二酸化炭素排出量と電動化への取り組みがほぼリンクしているということ。ロマンティックではないけれど、結局のところ技術トレンドをリードするのは国や地域が定める「法律」なのだ。そういう意味で、さらに厳しくなる次の燃費規制対応こそが、トヨタを巻き込んでの電動化の真の戦いになりそうだ。

昨年12月、EUは2025年までに域内で販売するクルマの二酸化炭素排出を21年比で15%、2030年までに37.5%削減するという新たな環境規制を採択した。自動車メーカーは規制が厳しすぎると反発し、環境保護団体は規制が緩すぎると反発。中国やアメリカの動きも不透明だが、大筋ではこれに沿って進んでいくだろう。37.5%削減となるとさすがにBEVなしでは話にならない。全固体電池を含むバッテリーのさらなる技術開発や、発電、送電、充電といった電力インフラ整備、ユーザーの意識改革などを含め、2030年付近が本格的なEV普及のマイルストーンとなる可能性は極めて高い。

ユーザーの心を掴むもの、を探す旅

とはいえ、である。それが楽しくて快適で便利で自由なモビリティをもたらしてくれるものであり、なおかつ価格がリーズナブルであれば、積んでいるのがエンジンだろうが電気モーターだろうがどうでもいい、というのが大方のユーザーのホンネだろう。よく、ガラケーからスマホへのシフトを引き合いに出してBEVもあっという間に増えると言う人がいるが、スマホは携帯端末にできることを飛躍的に拡げてくれたからこそ爆発的に普及した。値段は高いし毎日充電しなければいけないし大きく重くなったけれど、それを補って余りあるメリットを提示したのがスマホの勝因だ。その点、値段が高くて航続距離が短くて充電に時間がかかるというデメリットを孕みつつ、それを打ち崩すだけのメリットを見いだしにくいのが現在のBEVだ。テスラの「イケてる感」はその壁を一部破ったように見えるが、実利を追求したリーフは苦戦を強いられている。

今後、規制をクリアすべく各社がBEVやPHVをリリースしてくるなか、その傾向は益々強まっていくだろう。もちろん、未成熟の技術であるだけに、どこかの誰かが画期的なバッテリーを開発すれば一時的なゲームチェンジが起こる可能性はあるが、そういった技術が長きにわたって一社独占にならないのはすでに歴史が証明している。だとすれば、エンジンと燃料タンクの代わりにモーターとバッテリーを積みました、だけでユーザーの心を掴むことはできない。それがMaaSであるかもしれないし、CASEであるかもしれないし、デザインや走りを含めたクルマとしての魅力なのかもしれないし、あるいはまったく新しい価値なのかもしれないが、究極、問われているのはユーザーに笑顔をもたらすことなんだろうなと思う。法規制には粛々と対応しつつ、自分たちなりの方法で、ユーザーに自分たちの商品を選んでもらう努力を続ける。そういう意味でメーカーが考えていることは今も昔も変わらない。

いずれにしても、直近に迫った二酸化炭素排出量規制に対し、多くの欧州メーカーが大変な危機感を覚えていることを皮膚感覚として実感できたのがジュネーブショーでの収穫だった。一方で、プジョーが“UNBORING THE FUTURE”という言葉をブースにデカデカと掲げていたように、規制が厳しくなろうとも絶対に退屈はさせませんよという姿勢が各社からちゃんと伝わってきたのは嬉しいことだった。少なくとも自動車メーカーが描いている青写真には、灰色の街を高効率だが没個性なクルマで移動するくぐもった表情の人々・・・そんな忌避すべき未来は存在しない。


岡崎五朗 Goro Okazaki
1966年東京生まれ。青山学院大学理工学部在学中から執筆活動を始め、卒業と同時にフリーランスのモータージャーナリストとして独立。著書に「enjoyユーノスロードスター」、「パリダカパジェロ開発記~鉄の駱駝から砂漠のスポーツカーへ」などがある。2008年からテレビ神奈川「クルマでいこう!」のメインキャスターを務める。


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