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無宗教という信仰集団の日本人

たぶん、世の中に、信仰の自由などない。
自由に選べば、必ず悲しんだり、非難されたり、反対されたり、ネガティブなエネルギーが発生する。

自由に選ばなければ、そのままでいれば、自分の安全な区域から外れないし、安全なんだ。

日本人は、「無宗教」であることを多数を占める。
「無宗教」だから、クリスマスを祝うことも、年末年始のお祝いをすることも、キリストの前で誓うことも自由らしい。
何故なら、「無宗教」だから。

「無宗教」の人達は、信仰団体や宗教法人を非難する。否定すらするかもしれない。

自分はしないと思うだろうが、
今自分の仲の良い友達が何かの信者だったら?
彼氏彼女が?婚約者が?
親が突然信者になったら?
恐らく、大体は非難すると思う。
だって、グーグルで調べれば、大体宗教が批判されているから。

日本では、「無宗教」という
・ノージャンルというジャンルにくくられ
・何も信仰しないことこそが良い
・無宗教以外の宗教=オカルトと思う
そういうのを信じる人達の集まり、だと思う。

そういう意味では、果たして、他の宗教を批判できるのであろうか。

もちろん、近年話題の人を不幸にさせた宗教や、宗教といったオカルトや詐欺集団がいるかもしれない。
だからといって、それが全てなのでしょうか?

キリスト教は、イエスキリストを信じ、罪を償ったり、キリストの教えに基づいて、人生を正したりする。
仏教も、ブッダの教えがあり、そこから派生した宗派もいるが、何かの教えがあり、それに基づき人生を正す。

宗教は、人生を正すためにあるのではないかと思う。
人生を正す目的に対して、道は幾らでもあり、どの道を選ぶのかは人それぞれだ。
だから、否定するものじゃない。だって、向かう目的は同じなんじゃないのかって思うから。
でも、別に肯定もしなくていい。考え方は多種多様だから、それぞれに合うものがある。

何が言いたいのかって言うと、無宗教の人達は、他の宗教に対して否定する人が多いということ。
無宗教で、何に基づいて自分の人生を正せばいいのか死ぬまで悩むだけなのに、否定する権利あるの?て思うから。

。。。と、なんだか、宗教信者を否定していじめる人が多いから、敢えて、無宗教に対して言ってみました。
以上

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