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vol.18しくじりプロジェクトX

ナレーターふじたたまこ

長く険しい、迷いの時期を経て、2017年秋、ついに地上波報道番組でレギュラーをつかんだ。

その説得力ある声で、日本の朝に最新ニュースを届けている。

番組獲得までの旅は長かった。

『私の人生、妬みと嫉みと勘違いだったんですぅ(涙)』

『実は猪鹿蝶からレギュラー番組のオーディションを振ってもらったのは2度目なんです。1度目は数年前。最終に残った3人でご飯を食べにいって、”この3人の中で一人でも受かったら、落ちた人にご馳走することね!”などと誓い合って、私だけが落ちてたんです(涙)それからはもう声をかけてもらえないと思ってました』

お酒を飲めば豪快な、破滅型の愛されキャラであった。

結果が出ないまま無謀な営業を続けていたある時期、謎の円形脱毛症になったこともあるが、それすら笑いのネタに。だが

そうした者は、えてして繊細でネガティブな一面も併せ持つ。ああ勘違い。

その噛み合わない人生とは。

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ファースト勘違い「アイドルになりたい」

たまこの原点はアイドル声優にあった。特に”アイドル”の部分に憧れたという。

『だから今でもナレーターやって声優やってコンサートもやってという、声優さんとか、妬ましいんですよ(涙)』

とくにモテていたわけでなし、歌えるわけでなし。

”勘違い”が早くも発揮され、真剣にアイドルを目指し大学と並行して養成所「西船橋アナウンス演劇実験室」に飛び込んだ。

しかし。

『私より若いクラスメイトたちが、ものすごく”不自然にキラキラした感じ”で…。そのキラキラにはどうしても勝てない』と悟った。それできっぱりとナレーターへの道を歩みだすのであった。

見切りの早さもたまこの持ち味でもあるのだ。

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セカンド勘違い「思い描いてた未来との違和感」

数年後、別の養成所「オフィス周倍達(しゅう・ますたつ)養成所」に入り直す。

理由は『ただ小さいナレーター事務所ならイケるか?と思って』であった。なぜ都合よくイケる前提で考えとるのかね?とツッコミたくもなるが。

実は養成所生多くの大部分は似たような”勘違い”をするものである。事務所選びは規模の大小だけではなく「そこでの仕事は何か」が肝心なのだが……。

たまこは「そんなことは所属したあと考えるべきことだ」とばかりに再び1からのレッスン。そしてたまこは憧れの”所属”を勝ち取る。

最初は”選ばれた一員になれた!”と舞い上がっていたたまこであったが。

『仕事は年に1-3本くらい。ラジオCMとか、VPの小さいものでした…。でも”自分はまだまだだし、そんなもんなんだろう”と納得しようとする自分がいました』

そこで行われている所属者だけの勉強会。

『教えている先輩自身が、半年に1回くらいの小さい仕事しかしてないとわかりまして(涙)』

掘り進めてきたトンネル工事が、絶望的な岩盤に突き当たったのであった。

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サード勘違い「事務所移籍で悶々」

悩ましい日々の中、知り合いの紹介で事務所を移籍。

そこは時間がゆっくり流れる、少人数のアットホームな事務所。居心地はとてもいい。

たまこにもポツリポツリと仕事が回り始めた。

だがまだ新卒の初任給にも及ばない。

心のどこかに引っかかりがあった。売れたかった。と言うか、ぶっちゃけ要するに、妬みの虫も騒ぎだしていたのだ。

『OAに乗りたい。もっと売れたい、売れるはず、私はガツガツいきたいんだ!と思って』

と、たまこはスタジオバーズに向かったのであった。

その結果は?

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フォース勘違い「あゝ昭和の読み」

打ち合わせの後。たまこは涙をしゃくりあげながら帰るハメになったのであった。

『少ないとはいえ、ちゃんとした仕事をそれなりにこなしてきたのにぃ。現場で褒められたことも少なくない。なのになんでボロクソ言われるのよぉ!』

これまで得てきた技術は全てつぎ込んだのだが、それはつまり「VP」や「ラジオCM」の技術ということである。

リズムや表現方法が違う世界であるTV番組やTVCMの原稿を、これまでのノウハウだけで読んで、違和感が出ていたのだ。がーん。

さらにTVCMの原稿を読んだ時などは『昭和じゃないんだから』とたたみかけられたもののである。がーんがーんがーん。

実は知人がTVCMで活躍し始めていたので、CMも狙いたかったのだ。

なのに。

『とにかく”自分はそれなりにやってきた。チャンスさえあれば”っていう自負はあった。全部勘違いだったのかー!この時の気持ちと折り合いをつけるには、長い長い時間が必要でした……』

このエピソード。実はたまこは後年スタジオバーズで”昭和読み”を生かしたボイスサンプルを作り、猪鹿蝶の注目を得ることになるのであった。

神ならぬ身のたまこにそれがわからずとて誰が責められようか。

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フィフス勘違い「血尿の営業」

そしてたまこはスクールバーズでナレーターの営業を学ぶ。

筆者はこれまで、たまこのことを勘違い勘違いと書いてきたが、それは”まっすぐさでもある”。

言われたことをあれこれ考える前に、理解すら及ぶ前に実践してしまう。妬みからくる焦りもあったかもしれない。

『週に何件は必ず営業に行く』などのストイックなノルマを自らに課すこともあった。

『バカみたいに新規飛び込み営業などを繰り返しましたね。でも、招かざる客であるとわかって踏み込むことの辛さ。帰り道では「うちは大手しか使わないから」の捨て台詞が頭がぐるぐるしていました』

これは、断る口実に使われる定番ワードであるのだが。

『そんなだから、闇雲な営業はしんどかったです!リターンもないから「営業先を変えれば」「違うサンプルを持っていっていれば」と、ちょっと本質から外れたことを考えていましたね』

血尿が出た夜から、無茶な営業はやめることにした。

初めてマネージャーの苦労が身にしみた。

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シックスス勘違い「人のせいにして来た人生」

「これまで、売れないことを人のせいにして来たんです。他人のせいにする人生と決別しないと、前に進めないなって」

逃げるのではなく立ち向かおうと思った。

たまこはフリーになることを一大決心。そして猪鹿蝶に応募するのであった。

だが。待てど暮らせど、仕事は来ない。

側で見ていると、猪鹿蝶のメンバーたちには、レギュラーがどんどん増えていく。特番などにも呼ばれていく。目に見えて高級な衣装に身を包みだしていく。

その頃たまこはどうしていたか?

『改編期が近づくとフェイスブックもツイッターも開けなくなる。テレビも付けなくなっていくんです(涙)』

やっぱり妬みと嫉みと勘違いの中にいた。

『エキストラ的な声の仕事であっても、テレビの仕事が羨ましくて、その人と自分を比べちゃうんです(涙)』

それが冒頭のシーン。

最終選考の3人に残ったのだが、結果は「自分一人が落選」に終わるのであった。

猪鹿蝶のことはもはや忘れることにするしかなかった。

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肩の力が抜けた

『プライベートでも色々あって、ふと「もう良いや。自分にできるVPなどをコツコツやっていけば」と思うようになっていたんです。身の丈に合う現場で、きちんと期待に応えていければそれでいいんだと』

妬みと嫉みと勘違いをパワーに、飲めば空回りするような”愛され破滅型”人生を突っ走ってきたたまこに、何らかの変化が起きていたのかもしれない。

すると少しだが歯車がかみ合いだした。

かつてCSで関わっていたスタッフが、地方局の特番につなげてくれたこともあった。

そして2017年秋。

猪鹿蝶マネージャーの一報。

『秋からの番組オーディション、候補に出しておきました』

猪鹿蝶は、たまこを忘れていなかったのだ。そしてついに番組ナレーターに選ばれた。

多くのプレーヤーが苦しむ、妬みや僻みそして勘違い。

たまこの物語はこれから歩む人たちの、道標となるかどうかはわからない。だが、たまこと、それに続くプレーヤー達にはこの一節を送ろうと思う。

「行く先を照らすのはまだ咲かぬ見果てぬ夢 はるか後ろを照らすのは、あどけない夢 ヘッドライト、テールライト 旅はまだ終わらない」

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