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小さな奇跡「魚屋けんちゃん」

その声からは不器用ながら誠実さと温かさが伝わってくる。長く曲がりくねった道を経て掴んだ小さな奇跡。

「いらっしゃーせー!」
マルエツの鮮魚コーナーからケンちゃんの溌剌とした声が聞こえてくる。サケに塩をふってパックして店頭に並べる。おばちゃんたちに囲まれての仕事現場。フルタイムで働く彼はすごく馴染んでいる。40の手前だが最年少だ。
猪鹿蝶から最も多くパスを受け、外してきた男の物語。

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【迷い道の入り口】

エヴァンゲリオンが好きなオタク気質。学生時代から「自分は声で生きるんだ」そう決意して疑いはなかった。ちょっと主夫もいいなと思っていた。それしか欲はなかった。
猛勉強をして名門大学に進学。就活もせず声優養成所を受験。しかし結果は。。。
——『厳選なる審査の結果【不合格】と致します』——
『!?ばかな!、むむむ、いやいや、ちょっと待て。むしろ失敗もあったほうが人生に味わいが出るかも』
スーパーポジティブ!それが彼の持ち味であり強み。一つのことしかできない不器用さ。超マイペース。根っから呑気。しかもコミュ力のないオタク気質。
「今から思えば、どうしようもなく下手だったんだと思います。それにオタクさがにじみ出て気持ち悪かったのかなー」
その後も苦難の道は続く。養成所>ワークショップ>養成所。ようやく声優事務所の預かりとなったが。所属しながらも養成所に通わされた。たまにガヤ(その他大勢の役)
ようやくベテラン音響監督に役付きをもらうが1クールに一度の出番。やがて4年間のJrが期限切れとなり、事務所からは査定切りにあった。
「その頃はもう事務所が嫌いで。コミュ障で上手く意思疎通できなかったというのもあったと思うんですが、事務所への不信感でいっぱいでした。なので、切られた時は、せいせいしたというのが当時の気持ちでした」

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【ラストチャンス】

それでも声の道を諦めようとは思わなかった。そんな時、報道番組を見ていると”あおい洋一郎”や”大江戸よし々”の名前を見かけスクール”バーズ”を見つける。
「そういえば小林清志さんも声優とナレーション両方やってたなー」
バーズに飛び込んでみて、ここなら信頼できると初めて思った。
しかし無情にも時はあっという間に過ぎていく。バラエティの表現は最後まで不得意なままだった。でも講師の一人にストレートナレーションをほめられた。それだけが心の支えの卒業だった。
時折オーディションに声をかけられるが、次々大きな番組を決めていくのは後輩たちだった。幾度も幾度もやってくるスルーパス。ことごとく外していった。
そんなある時、最終のオーディションで3名に残った。しかし惜しくも外れた。あと一歩。しかしたとえ最後まで残ろうと、一人だけしか決まらないのだ。初めて感じる悔しさ。
さすがの、のんびりケンちゃんも、そこでようやく目が覚めた。
バーズで教わったことがよみがえる。「強みを磨いて深く刺さる」
何が足りないのか。まわりの実力者との違いとはなんだ。自分のポジション、自分の良さを徹底的に見つめ直した。
それからもサンプルで落ち1次で落ちた。申し訳なかった。
卒業から2年が過ぎ、ふたたびの最終オーディションに残った。呑気でマイペースな彼もさすがに緊張で頭が真っ白になった。気がついた時にはオーディションは終わっていた。
結果は合格!フジの夕方帯のニュース「Live News イット!」に決まったのだ。
朝から他の番組をチェックする毎日。ニュースオタクに変身した。
報道の現場は怒涛である。最も過酷でタフな現場。独特の手書き原稿が読めない。長時間の収録にはスタミナが必要だ。それでもやりがいはある。
魚屋のバイトをようやく辞められた。おばちゃんたちには初めてナレーター志望だったとことを伝えた。一応に驚きそして涙してくれた。それまで何も言わなかった親も泣いていた。
申し訳ない気持ちになった時、猪鹿蝶の狩野Mgrに問うてみた。
「こんなダメダメなのに、どうして声をかけ続けてくれたんですか?」
「いつか決まると信じてるから。ケンちゃんの声には誠実さがあるから」
山本健太郎まもなく40歳。
夕方になると彼の声が毎日響いている。伸びやかな低音。不器用でも誠実な読みが説得力を持っている。それが彼の持ち味だ。
愚直の花。いよいよ長い間の蓄えが花咲く時だ。

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■現在の(地上波レギュラーのみ)一覧表
http://bit.ly/2Pg3k9w
■猪鹿蝶公式HP!
https://inoshikacho.axto.jp
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https://bit.ly/2yBe91M

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