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【イノシチとイモガラ珍百景】 #36(最終回)みんなのイモガラ島

僕らは、あろうことか古代遺跡の真ん中で、イノガタさんにより事情聴収を受けることになってしまった。
「こうなったら、何でもお話しいたします。イノシチさんやイノガタさんたちの前では、失礼な真似などできるはずもございません」
ミチナガさんは、やけに改まった調子で、神妙な顔をしていた。
「では、単刀直入にうかがいます。あなたがたはなぜ、このような場所で言い争いなどしていたのですか」
「この男が、我々に無断で、サトコ姫やイノシチさんたちを案内していたからです」
「なるほど。あなたは確か、ミチナガさんでいらっしゃいますね」
イノガタさんは、付箋だらけの手帳をパラパラとめくりながら、とあるページに目を留め、こう言った。
「そちらのお二方は、ナリヒラさん、コマチさん。由緒ある家柄の皆さん、先日はサトコ姫のおもてなしをしていただき、誠に感謝いたします」
「いえいえ、我々にできるお手伝いをしたまでのことですよ」
さも当然というように、ミチナガさんは微笑んだ。

「イノシチ、このような高貴な方々にお会いできるのは、普通ではめったにありえないことなんだよ。いつの間にお知り合いになったんだい?」
イノガタさんに急に尋ねられて、僕は逆に聞き返してしまった。
「えっ、どういうことですか?」
とそこへシシヤマさんが、コソッと僕にささやいた。
「おい、お前まさか知らないのか? あの三人はいずれも、かつてこの島を統治していた王族の末裔だぞ」
「えっ? ……えええッッッ!?」

酸欠の魚みたいに口をパクパクさせている僕を見て、シシゾーが首をかしげた。
「あれ、急にどうしたんだよイノ」
「し、シシゾー、実は……」
僕もまた、シシゾーの耳元でコソコソッと今言われたことを話した。
「エエエェェーーー!!! ま、マジかー!!!」
案の定、シシゾーは遺跡中に響き渡る大声を上げ、僕の鼓膜をしばらくの間けいれんさせた。

「ああ、やはり驚かせてしまいましたね。申し訳ありません」
とミチナガさんが頭を垂れると、ナリヒラさんとコマチさんもそれに続いた。
「ごめんよ、別に隠さなくてもよかったんだろうけど」
「実は私たち、ミチナガから口止めされていたの。あなたたちには、王族の末裔であるということは言わないでくれ、と」
「えー、なんでですか? 別に言ってもよかったのに。その方が、皆にも自慢できるし」
まったく、シシゾーときたらのん気なものだ。
「いえ、むやみに言いふらすことでは……それが “賢者のたしなみ”というものです」
そうケンソンしつつ、ミチナガさんはエヘンと胸を張った。やっぱり本当は、すごく誇りに思っているんじゃないだろうか。

「失礼、ひとつよろしいかしら?」
ワール=ボイドが、手を挙げて尋ねた。
「この場所にミスター・カゲヤマのご先祖のお墓があるのは、いったいどういうわけがあるのかしら?」
すると、ミチナガさんたちの顔色が一気に変わり、ピリリとした緊張感が生まれた。
「それはですね……」
そう言ったきり、ミチナガさんはしばらく口ごもっていた。僕らも黙って、それを見守った。

「まあ、君の口からは話しづらいでしょうな」
長い沈黙を破ったのは、カゲヤマさんだった。
「実は小生もまた、王族の末裔だからです」
「そう、それも我々とは別の家系のね」
ずっとなりゆきを見守っていたナリヒラさんが言った。
「さよう。小生は、かつて王族同士の争いに敗れ、ワイル島へ追いやられた家系の末裔。しかも、ワイル島に渡らず、唯一イモガラ島に残ることを決意した者の直系であります。先祖の墓を、そしてこの島に残る先祖の痕跡を、これからも守り続けてゆくために」
ボイドと執事が驚きの声を上げ、興奮のあまり互いに手を握り合った。
「まあ、なんということ! ミスター・カゲヤマ、あなたはワタシたちワイル王室のご親戚だったのネ! ワンダホー!」
「姫様、このじいや、まこと感激にたえませぬぞ……オオォ」

「……なあ、イノ」
何か話したくてウズウズしていたシシゾーが、僕をつっつきながら耳打ちした。
「あのさ、オレたち、なんか場違いじゃね? もう帰る?」
「えっ、それはさすがにまずいでしょ」
と僕も、シシゾーの耳元で返事した。
「でも、オレ腹へってきちゃったしさ」
「いや、今そう言われても」

「おや、どうしました、イノシチ君?」
カゲヤマさんが、不思議そうな顔で僕らを見た。しまった、気づかれたか。
「ハッ……いえその、なんでもないです」
モゴモゴする僕と、明らかにテンション下がり気味のシシゾーとを見比べ、瞬時に何かを悟ったカゲヤマさん、ふと辺りを見回して少し微笑んだ。
「おや、気がつけばもう、はやたそがれ時ではありませんか。ふむ、そうですね。皆さんも、そろそろお腹が空いてくるころでしょう」
「またそんなことを言って、今度もまた、我々を翻弄して煙に巻くつもりですか、カゲヤマ氏」
急に思い出したように、ミチナガさんがカゲヤマさんに嚙みついた。
けれどもカゲヤマさん、余裕の表情でこれをかわしたばかりか、
「そうは言っておりませんよ、ミチナガ氏。腹が減ってはいくさもできぬ、というではありませんか。実は今日のために、とびきり特別のレストランを予約してあるんですよ。もしよかったら、そちらのおまわりさんたちも一緒にいかがです?」
「えっ? わ、私たちもですか?」
「イノガタ、ここは素直に乗っておいて正解だと思うぜ」
やや困惑するイノガタさんに、シシヤマさんがニヤニヤしながら言った。
「さよう。こうなれば、何人増えたって大丈夫ですよ、たぶん」
えっ、大丈夫なのそれ、と僕が思っていると、いつの間にかカゲヤマさん、一同を先導して出口へと向かい始めた。
「さあ皆さん、急いで北の港へ向かいましょう。そろそろ、到着している頃だと思いますから」
「港? なんでまた、そんな所へ」

僕らは互いにいぶかしがりながらも、カゲヤマさんに言われるがまま、とりあえずキノコ町北部にある港へとやってきた。もう、だいぶ日が暮れていた。
そこにはなんと、大きなクジラのような、船のような、とにかく一見謎めいた物体がたたずんでいたのだった。
けれども僕には確かに、その物体には見覚えがあった。

「こ、これは……孤独なクジラのレストラン!」
思わず僕が叫ぶと、シシゾーもまた飛び上がって驚いた。
「わ、マジか! また来れるとは思わなかったぜ」
そう、実は僕とシシゾーは、以前イモガラ島グルメツアーと称する長い旅に出ていた頃、偶然にもこの海に浮かぶレストランで食事したことがあったのだ。
「おお……実は我々、初めてなのです。イノシチさんのグルメ旅の本で読んで以来、ずっと憧れておりました」
少し恥ずかしそうに、ミチナガさんが言った。このようなセレブな方達でも、知らない場所ってあったんだ。
「それにしても、なぜこの時間に来る、ってわかったんです? このレストランは、いつもいろんな場所をさまよっているのでは?」
シシヤマさんの問いに、カゲヤマさんはおちゃめにウインクしてみせた。
「実は、とある特殊な手段を駆使しましてね。まあ、企業秘密ってことで」
軽口をたたいた後、カゲヤマさんはレストランの中に向かって呼びかけた。
「シェフ、皆さんをお連れしましたよー! いらっしゃいますかー?」

「なんだなんだ、騒々しいなあ」
ほどなくして、エプロン姿のゴワゴワした頭の男性──通称“クジラおじさん”──がのしのし歩いてきた。
僕らを見るなり、おじさんはあからさまに眉をひそめてこう言った。
「あ? 予約って、これで全員か? おいカゲさん、こんなに大勢とは聞いてなかったぞ」
「まあそう言わずに……そもそも小生、何名とは明言しておりませんが?」
「ぐっ……そういうとこだぜ、カゲさん」
困惑していたおじさんだったが、ふとワール=ボイドの姿に目が留まると、その表情が少しやわらいだ。
「お? ……あんたまさか、ワイル島の姫様かい?」
「ええ、その通りヨ。はじめまして、どうぞよろしく」
とボイドは、少しもひるむことなく言った。
「ふむ。姫様が来たんじゃ、断るわけにもいかねえな……ま、ともかく入んな」

“孤独なクジラのレストラン”は、イモガラ島の近海を常にさまよっており、まさにレア中のレアな存在として知られている。
“イモガラ珍百景”にも、最高ランクのトリュフ級として認定されており、今のところこのランクに位置するのは、先ほど訪れた古代遺跡とこのレストランのみだ。
外見はまるでクジラのようだけど、内部は思いのほか広い空間になっており、潮風の香りとフルーツの香りがほのかに漂っている。壁はゆるやかにカーブしてゴツゴツした感じで、床には木の板が敷き詰められ、歩くと少しキュウキュウ鳴る。

「あんたら、すべりこみセーフだったな。もうすぐ本格的に冬だから、しばらく休むつもりでいたんだ」
クジラおじさんは、口は悪いけれども実にテキパキ働いた。みずみずしいレモン水に続いて、摘みたて野菜のサラダ、ごぼうのポタージュ、エビのガーリックソテー、白身魚のムニエル、シーフードパエリア、キノコたっぷりパスタ……次から次へと魔法のように、目を引く料理が出てくる。テーブルの上には、お皿からあふれんばかりのドライフルーツ盛り合わせ、そしてめったに味わうことのできない果実酒の大瓶が並んでいた。
僕らはしばらくの間、しゃべることも忘れて一心にごちそうにありついた。シシゾーはうますぎる、しか言えなくなっていたし、カゲヤマさんはムニエルと果実酒を交互に味わい、何度も満足そうにうなずくばかり。

そんな中、王族末裔の皆さんもまた、みんなと同じようにおいしく食べていたのだけど、ふとミチナガさんがその手を止め、少し首を傾げた。
「はて? この味、どうもどこかで……」
「あれ、お前もそう思う? 実は、俺もだよ」
「あら、私もよ。なんだか、懐かしいおいしさというか」
三人は口をもぐもぐさせながら必死に記憶をたどろうとしていたが、
「ハッ! 思い出しましたぞ!」
不意にミチナガさんが叫んだ。
「これは……間違いない、あの幻のレストランの味ですよ。ほら、一度だけ行ったでしょう、お客さんの要望に何でも応えてくれるあの店」
「ああ! あれか」
「あれね! あれは今でもはっきり覚えているわ」
「なんでも、No.1シェフが突然失踪して、お店はやむなく閉店に追い込まれたんでしたっけ。実に惜しいことをしました」
「ホントよね……でもこのパエリア、あのお店の味とずいぶん似ているわ」
「俺、このパスタの味、絶対知ってるよ。って、まさかね」
などとワイワイ盛り上がっていると、

「いい食いっぷりだな、あんたら」
締めのトマトチーズリゾットを運んできたクジラおじさんが、ボソッと言った。
「まさか、あんたたちがそんなに、あの店の料理を気に入ってくれてたとはな。礼を言うよ」
「えぇ!? では、あなたがまさにそのNo.1シェフなのですか!」
「おう。たぶんな」
と、おじさんは意味ありげにニヤリとした。

「いかがですか、姫様。クジラレストランのお味は」
「素晴らしいワ! これぞまさに、皆をしあわせにする味ネ」
カゲヤマさんとボイドが、にこやかに話しこんでいる。まるでもう長いこと、ずっと同じ所で共に過ごしていたかのような親密さだ。ワイル王室の執事も、目を細めてそれを温かく見守っている。

「カゲヤマ氏!」
ミチナガさんが、急に大きな声で名を呼んだ。
「いいでしょう! これからは、君も好きな時に古代遺跡を訪れて構いません。今、そう決めました」
「ミチナガ氏……!」
最初あっけにとられていたカゲヤマさん、ようやくその言葉の意味に気づいた瞬間、感激のあまりミチナガさんに抱きついた。
「さすがですよミチナガ氏! ありがとう!」
「ぐぬ、く、苦しいですカゲヤマ氏」
そうぼやきながらもミチナガさんは、こう続けた。
「我々も、君たちの歴史に敬意を表するべきですからね」

そしていつしか彼らは、肩を組み合って“イモガラ島の歌”を歌っていた。

空高く舞い上がる 輝く希望
瞳に映るは 明るい未来
ゆけ ゆけゆけ どこまでも
とべ とべとべ どこまでも
我らの誇り イノシシ魂

「なあイノ、こういうのを、世界平和、っていうんじゃね?」
突然シシゾーが、思いがけないことを口にした。
「えっ、何急に」
デザートのアイスクリームに、ドライフルーツと果実酒をトッピングしていた僕は、顔を上げて尋ねた。
「だからさ、こうやってみんなで、一緒においしいものを食べる、っていうの、一番平和でいいな、って思ってさ」
「おや、本当だ。良いことを言うね、シシゾー君。私は感動したよ」
「またまた、真面目なんだからイノガタは。俺はまたこの味に出会えて、実に感動してるぜ」
たまたま連れてこられたイノガタさんとシシヤマさんも、今や心からくつろいでいる様子だった。

僕は、改めて周りのみんなの楽しそうな様子を眺めた。
思えばここは、意外にも不思議な取り合わせの空間だ。
かつてこの島を治めていた一族の末裔、その一族に敗れたものの島に残った者の末裔、そしてかつて敗れて隣の島に逃れた一族の末裔、そして……シシゾーや僕らみたいな庶民的存在。
それがみんなで一緒にテーブルを囲んで、同じ料理を味わい、舌鼓を打っている。これはなかなか、奇跡的な瞬間なのではないだろうか。

「イノシチ君、小生の道楽も、長い目で見れば役に立つものでしょう?」
果実酒にアイスクリームを浮かべたものを飲みながら、カゲヤマさんが僕に目配せしてきた。
「そうですね……なんだか僕、今とても、不思議な感じです」
僕もまた、果実酒をかけたアイスクリームを食べながら、自然と笑みが浮かんだのだった。

~おしまい~

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