見出し画像

【イノシチとイモガラ珍百景】 #28 キノコフェスティバル

ついに、イモガラ島民みんなが待ちわびていたこの日がやってきた。
イモガラ島最大のお祭りといえばそう、“キノコフェスティバル”である。

キノコフェスティバルとは、その名の通り、キノコ尽くしの秋の祭典。
会場となるキノコ町大広場には、キノコを使った料理やスイーツの屋台が所狭しと並び、その他キノコグッズの店もあったり、さらにはメインステージでキノココスプレ大会、キノコ曲縛りカラオケ大会、ザ・イヤー・オブ・キノコスターコンテストなど、盛りだくさんの楽しいイベントだ。

「来たぜ来たぜイノ! ついにこの日が!」
袖がないのに、タンクトップを腕まくりしようとしているこの男、そう、我らがシシゾーはいつも以上に元気いっぱい。
「今日は、思いっきり楽しもうぜ、イノ!」
「う、うん。そうだね」
と僕は、いささか歯切れの悪い返事をした。実はとある理由により、この時の僕はたいそう緊張していたのだった。

と、いうのも──
一週間ほど前、僕とシシゾーは、イモガラ島西部のモミジ村を訪れた。その時、森の奥で思いがけず、キノコの神様と、彼に仕えるキノコの妖精たちに出会った。
それがキッカケで、なぜか僕らはモミジ村に伝わる演舞“キノコチャンバラ”を、村の皆さんと一緒に披露することになってしまった。
そしてこの日がまさに、そのお披露目の日であった!

「ああどうしよう、緊張する」
演舞で使う木の棒の振り方をチェックしながら、僕の心臓はドカドカ鳴りっぱなしだった。
「もうすぐ出番だぜ、イノ。ああ、楽しみだな」
シシゾーが、腕に白いヒラヒラした飾りを付けながら笑った。彼は、キノコチャンバラの振り付けもあっという間にマスターし、早く踊りたくてうずうずしていた。
「シシゾーはいいよな、運動神経抜群で。僕はちょっと」
「何言ってんだよイノ、『下手だとしても、心をこめて踊れたらそれでいい』って言ったの、お前じゃんか」
しまった、自ら墓穴を掘ってしまった。確かに僕は、キノコの妖精たちに「イノシシはキノコチャンバラが下手で見てられない」と言われた時、ついカチンときてそう言ったのだ。
「それに見ろよ、あれ」
とシシゾーは、一緒に踊るモミジ村の“キノコチャンバラ保存会”の皆さんを見ながら言った。
「あのひとたちだって、オレたちの“正しい”踊りを見てから、別人みたいにやる気になったぜ! 皆さーん、一緒に楽しく踊りましょうね! よろしくッす!」
シシゾーが人懐っこく手を振ると、保存会の皆さんも笑顔でそれに答えた。

と、突然来賓席の方がどよめき始めた。
「皆さん! 本日は特別に、お隣のワイル島からサトコ姫がいらっしゃいました! どうぞ、盛大な拍手でお迎えください」
司会者の弾んだ声と共に、あちこちから大きな拍手と歓声が湧き起こる。
「ん? ワイル島? サトコ……姫?」
思い当たる節がある気がして、僕とシシゾーが来賓席に目を移すと……
そこには確かに、僕らの友達、ワール=ボイドの着飾った姿があった。

ワール=ボイド。フワフワとした髪型で、耳と鼻にはピアス、タイトで派手なドレスをまとい、自由奔放に舞い踊るダンサーだ。
けれどもこの時は、鼻ピアスは外され、耳にはいつもと違う花のピアスを付け、頭には王族のティアラ、気品のある伝統的なドレスを優雅に着こなしていた。なんだかとても、おしとやかに見える。
「皆さん、ごきげんよう。本日はお招きいただき、感謝いたしますわ」
軽く会釈しながら、にこやかに手を振って見せるその姿は、まさに姫君そのものである。
「なあイノ、あれってボイドだよな?」
シシゾーが、コソッと僕に耳打ちした。
「たぶん、そうだと思う。雰囲気違うね」
来賓席の最前列に案内されたボイド、いやサトコ姫は、穏やかに微笑みながらゆっくり着席した。少し離れた席に、ミチナガさんが座っている。彼は、サトコ姫を一瞥した後、極力そちらに視線を送らないようにしているみたいだった。

「さあ皆さん、お待たせいたしました! ただいまより、特別演舞 “キノコチャンバラ”を行います。今回はなんと、我らがイノシチさんとシシゾーさんが、モミジ村の保存会の皆さんと一緒に舞い踊ります!」
うわあ、とひときわ大きな歓声が広場に響き渡った。ほら行くぞイノ、とシシゾーに背中を叩かれ、僕はひきつった笑いを浮かべながらステージへと向かった。モミジ村のキノコチャンバラ保存会の皆さんも、やる気いっぱいでステージへと上がっていく。
お互いの立ち位置を確認し、フォーメーションが整ったところで、演舞のリーダーが高らかに宣言した。
「構え!」
みんな、いっせいに手にした棒を前に構えポーズを取った。
その時ふと僕は、自分が手にしている木の棒がほかのみんなのとは少し違うことに気がついた。見た目もそうだが、なんとなく重さが違う。木材の質の違いだろうか? って、今はそんなこと考えてる場合じゃない。

「演舞、始め!」
ドッドッドコドコドコ、と勇ましい太鼓の音が鳴り響き、僕らは最初の一歩を力強く踏み出した。
「ウッ! ハッ! トオッ!」
かけ声とともにテンポよくステップを踏みながら、手にした棒を剣のように何度も振り下ろす。これこそが、キノコチャンバラと呼ばれるゆえんなのだ。
「わ! ご、ごめんシシゾー」
僕は勢いあまって、隣のシシゾーの足を踏んでしまった。どうもタイミングが合わなくて、練習でもいつもしくじってたんだよなぁ、ここ。
「いいって、気にすんなよ!」
シシゾーがさわやかに笑って許してくれた。保存会の皆さんも、みんなとても楽しそうに生き生きと踊っている。

演舞は途中、不意にゆるやかな調子になり、ピ~ヒョロロ~と笛の旋律が奏でられる。
僕らは、腕に付けた白いヒラヒラした布が目立つように大きく腕を伸ばす。これは、キノコが胞子を遠くまで飛ばす動きを表したものだそうだ。
みんなで息を合わせて、腕を大きく伸ばした時、僕が持っていたステッキの先から何か白っぽくて細かい粉のようなものがふわっと立ち昇った。え、何今の?
思わず周りのメンバーに目がいきかけたが、ほかのみんなは別に気がついた様子もなく、一心に踊っている。僕もここが踏ん張り時、集中しなければ。

そうしているうちに少しずつ、観客たちを見回す余裕が生まれてくる。
僕は来賓席のサトコ姫とミチナガさんが気になって、さりげなくその方向に視線を移した。
キノコも踊りも大好きなサトコ姫は、案の定目をキラキラ輝かせながら僕らの踊りに見入っている。今にも踊りだしたくなるのを必死で我慢していて、お付きの執事に何度もいさめられていた。
一方のミチナガさんは、同席していたお仲間に写真を何枚も撮らせ、自分は胸の前で手を組んで、熱い眼差しを僕らに向けていた。よく見ると、口の動きが「とうとい……とうとい……」と繰り返していた。
尊い、って一体何のことだろう、と思っていると、今度は急にすぐ近くでクスクス笑い合う声が聞こえてきた。それはとても甲高い声で──そう、まるで先日出会ったキノコの妖精たちの声に似ていた。
なんだか、不思議な感覚だな。神秘的なパワーを持つ踊りは、神秘的な出来事も引き寄せるのかな? ていうか、さっきから僕、色々と余計なことばかり考えてるけど大丈夫?

ここで再び、曲調が冒頭の勇ましい調子に戻った。
僕らはまた、力強くステップを踏みながら、カッコよく剣のポーズを決めてみせる……つもりだったのだが、
「うわっ?」
足の裏に、ムニュッとしたやわらかい感覚を覚え、思わず変な声が出てしまった。
と同時に、シシゾーや保存会の皆さんまで、急に叫びだした。
「な、なんだこれは」
「いつの間にこんな演出が!?」

我に返った僕が、改めて自分の周りを見回してみると──
そこは一面、キノコまみれになっていた!
「何これ、なんでこんなにキノコが」
「オレにもわかんねえよ!」
「おっと、こりゃ気をつけないと踏んじまうべ」
などと言いつつ、必死で順番通りに踊りをこなしていくたびに、僕の手にしたステッキの先からは音もなく細かな粉が舞い飛び、その粉が飛散した場所にまで、次から次へとキノコが生えだしたではないか!

ここで観客も、ようやく何かが起こっていることに気づき、どよめき始めた。
ステージ上にはあとからあとからキノコが生え、生えてきたけど行き場を失ったキノコたちが、次々にステージからこぼれ落ちてゆく。それを見た観客が、我先にとステージの下へ殺到し始めた。
「ああっと、これは一体……何ということでしょう! 今、我々の目の前では、あまりにも尊い奇跡の瞬間が繰り広げられております! なんと、踊り続けるうちに、こんなにおいしそうなキノコがたくさん!」
とっさに機転を利かせた司会者が、絶妙なタイミングで実況を始めた。
「さあ皆さん、はやる気持ちは私にも痛いほどわかりますよ、ええ。今すぐにでも突進していきたいでしょう、そりゃイノシシですから! ですが、どうか、どうかみなさん、節度を守って! 押さないで順番に!」

とはいえ、一度爆発してしまった突進はそうたやすく止めようがなく……
いつの間にか、キノコチャンバラよりも、突然現れた大量のキノコ捕獲大会へと変わってしまったのだった!

その時、どのようにしてうまいこと“キノコチャンバラ”の演舞を終えることができたのか、僕もシシゾーも、キノコチャンバラ保存会の皆さんも、誰一人として覚えている者はいなかった。
その後の観客たちの狂乱ぶりといったら……しばらくの間、ニュースやワイドショーを見かけるたびに、僕らがキノコまみれになって踊っているシーン、そしてそこに一気に押し寄せるイノシシたちの映像が毎日流されるほどであった。
「いやあ、あんなに疲れたキノコフェスティバルは初めてだぜ! 面白かったけど」
シシゾーも、会うたびにこの時のことを笑いながら僕に振ってくるようになった。
「ねえシシゾー、僕らホントに、あれでよかったのかなぁ?」
「え? めちゃくちゃ盛り上がったから、それでいいんじゃね?」
だといいけど、と僕は苦笑いして、「プリンセス・サトコ」を一口飲んだ。特別な時にしか買えない大好きなお酒で、僕が演舞の前にあらかじめ買っておいたものだ。それだけは、忘れてなくて良かった。

【キノコフェスティバル】レア度:エリンギ級


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?