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【イノシチとイモガラ珍百景】 #35 古代遺跡(3)あの頃僕らは若かった

古代遺跡(3)あの頃僕らは若かった

「ハッ……君たちは!」
カゲヤマさんが、突然現れた三人組に視線を向けた。
「久しぶりね、カゲヤマ君」
コマチさんが、どこかよそよそしい感じであいさつした。
「相変わらずだな、カゲヤマ」
ナリヒラさんもまた、同じような距離感で言った。
「おやおや、ミチナガ氏のみならず、ナリヒラ君にコマチ君まで一緒とは。一体これは、どういう風の吹き回しですかな?」
カゲヤマさんは余裕ありげな感じで返したものの、少しだけ緊張した面持ちに見えた。
「ふん、今さらとぼけてもムダですぞ、カゲヤマ氏。我々に無断で古代遺跡を案内するなど、なかなか度胸がありますな」
体格のいいミチナガさんが、僕らの前にのっそりとせり出してきて言った。
あれ? なんだかこのひとたち、みんなもしかして知り合い?

「これはこれは……先日は、姫様が大変お世話になりました」
ワイル王室執事が、ミチナガさんたちに深々とおじぎをした。
「や、こちらこそ。突然おじゃまして、大変失礼いたします」
ミチナガさんもまた、同じように深々とおじぎを返した。
そして彼は、僕とシシゾーの前にやってきて、いきなりこう言った。
「イノシチさん、シシゾーさん。ご無事で何よりです」
「はい? オレたち、別に危ない目に遭ってないッすよ?」
シシゾーが目を丸くし、僕もキョトンとした顔で聞き返した。
「ミチナガさん、あの、いったいどういうことでしょうか」

ミチナガさんは、僕らに申し訳なさそうな顔を見せた後、今度はカゲヤマさんをキッとにらみつけて言った。
「イノシチさん。この男──カゲヤマ氏は、“イモガラ珍百景”なるものを口実にして、イモガラ島の王族時代の歴史を愚弄しているのですよ」
「おや、何を根拠にそんなことを」
とカゲヤマさんが、ちょっと不服そうな表情で言った。
「小生はいつだって、過去の歴史には最大限の敬意を払っているつもりですよ。そのようなことを言われるのは、大変心外でありますなあ」
「またまた、この期に及んでそのようなことを! それにしては、ずいぶんと王族ゆかりのものまで“珍百景”扱いしてくれるではありませんか。これを愚弄と言わずして何であろうか!」
「フ、君たちはそもそも、“イモガラ珍百景”の定義を正しく理解しておられないようだ」
カゲヤマさんが、長髪をファサァ、とかき上げながら不敵な笑みを浮かべた。
「小生の主義は、当初から一貫しています。由緒ある立派なものも、思わずクスッとするような面白いものも、平等にこの島の財産=“珍百景”と定義づけることで、より多くの島民の皆さんに目を向けてほしい、という思いを込めているのです」
「いや、だからそれが問題だ、と言っているのですよ」
とミチナガさんは、濃すぎる渋いお茶を飲んだ時みたいな顔で反論した。
「なにゆえ君は、そこを一緒くたにしてまとめようとするのか! 私には、全くもってそこが理解できないですな。王族は王族、それ以外はそれ以外、でやれば済むことでしょう」
「ミチナガ氏、仮に小生がそのように分類した書物をまとめたとしても、君はこぶしを振り上げて猛反対するでしょうが。ゆえに、小生なりの解釈で、小生の好きなように好きなものをまとめた本を作った、それだけですよ」

ふたりの言い争いを、僕らは横でぽかんとしたまま眺めるしかなかった。けれども、僕にはなんとなく気づいたことがあった。
ミチナガさんが、ひたすら鼻息を荒くしてブーブー怒っているのに対して、カゲヤマさんはミチナガさんよりもずっと落ち着いていて、それよりもむしろ、このやりとりをどこか楽しんでいるようにさえ見えたのだ。これはカゲヤマさんの方が一枚上手、ということなのかな?
ともかく、彼らの口げんかは、それからさらに続いた。

「それにしたってカゲヤマ氏、君のやり方にはあまり感心しませんね。旧・王室劇場前ホテルのプールにある“黄金の牙水晶”、あれを勝手に珍百景に加えようとするなどと、実にもってのほかではありませんか」
「ですが、あの件は結局取り下げになったでしょう。それを言うならミチナガ氏、君だって相当ですよ。いいんですか? “花吹雪”を私利私欲のために使ったりして。今日だってどうせ、そのへんに隠れて──」
「ダアッ、ちょ、ちょ、それ以上はいけません、ダメッ」
ミチナガさん、急にあわて始め、カゲヤマさんの口を塞ごうとした。それを振り払い、カゲヤマさんはここぞとばかりにまくし立てた。
「ほら、やっぱり図星でしょう。小生の目が節穴とでも思いましたか?」
「むむー……そういうところですよ、カゲヤマ氏ぃぃ」

僕らの隣では、ナリヒラさんとコマチさんが、意外にもニヤニヤしながらこの成り行きを見守っていた。
「悪ぃ、なんか俺、つい面白くなってきちまった」
ナリヒラさんが笑いをかみ殺し、コマチさんも苦笑いしている。
「あら、私もよ。困ったわね、こちらとしては見逃すわけにいかないのに」

「ねえ、これは一体どういうことなのかしら?」
ワール=ボイドが、身を乗り出して尋ねた。
「ハッ……さ、サトコ姫様! 大変失礼をいたしました」
ナリヒラさんとコマチさんは、あわてて姿勢を正し、ボイドに敬礼した。
「お見受けしたところ、あのおふたり、本当はもともと仲が良いのではなくて?」
「え、ええとそれは……ハハ」
ナリヒラさんが困ったように頭をかいていると、コマチさんが助け舟を出した。
「おそれながら姫様、ミチナガとカゲヤマとは、かつて同じ学び舎で共に過ごしたクラスメイトです。そして、このナリヒラとコマチもまた、彼らの同級生なのです」

「なんと!」
僕らはいっせいに、驚きの声を上げた。
「えっ、てことはさ、オレとイノみたいなもんじゃね? なあ、イノ」
「あら、あなたたちもそうなのね。道理で、息が合ってると思った」
コマチさんの言葉を受けて、ナリヒラさんが続けた。
「けど、アイツらはいつも何かにつけて張り合ってばっかでさ。ま、だからこそお互い良きライバルでいられたのかもしれないんだけど」

「ナリヒラ、あまり余計なことは言わないでもらいたい」
ミチナガさんがすかさずこれを遮ると、カゲヤマさんも負けずに反論した。
「そうですとも。彼がはたして、本当にそう思っているかどうかは疑わしいですね」
「当たり前でしょう! そもそも、私は昔から君のことはいけ好かない男だと思っていたのですよ」
「ほう、それは一応視界の端には入れてくれていた、という認識でよろしいかな? 無視されるよりは、よっぽど張り合いがありますね。フフ」
「だーかーらー、そういうことじゃないんです! 勘違いされちゃ困りますよ、カゲヤマ氏」
「おや、何ですか? ここはひとつ、勝負します? 相撲とかで」
「なっ……正気ですか君は! イモガラ島では、競技目的以外での相撲は法律違反ですぞ」
「そういえば、そうでしたねえ。ですが、ミチナガ氏」
不意にカゲヤマさんが、シリアスな表情でミチナガさんに詰め寄った。
「かつてそのような勝負をした結果、敗れて隣の島に逃れた者たちがいたこと、君は忘れたわけじゃないでしょうね? ん?」
「そ、それは……昔のことでしょうが! 今ここで引き合いに出すのはずるいでしょう。君、場をわきまえたまえ」

ついに辛抱しきれなくなったミチナガさんが、鼻息を荒げながらカゲヤマさんにつかみかかろうとした。それを見たナリヒラさんたちが、あわてて二人の間に割って入った。
「おいおい、やめろよお前さんたち」
「そうよ、ここは神聖な場所よ」

どうしよう、何やらちょっと穏やかじゃない空気になってきた……
と、その時。

「オホン。お取込み中のところを失礼」
なじみのある声に振り返ると、そこにはなんと、キノコ町の巡査・イノガタさんと、そのいとこで今や売れっ子作家のシシヤマさんの姿があった!
イノガタさんは、身寄りのない僕を弟のようにかわいがってくれた恩人。そしてシシヤマさんは、色々あって僕が有名人になったキッカケを作った張本人である。

「先ほど、こちらの古代遺跡から騒ぎ声が聞こえたと通報があったもので、このイノガタ、駆けつけた次第であります」
いつも生真面目なイノガタさんが、ビシッと敬礼ポーズを決めた。
わりとぽっちゃり体型のシシヤマさんも、僕らに気づいて手を振った。
「ようイノシチ、シシゾー。久しぶり! お、ボイドちゃんも……って、あれ? ナリヒラ?」
「あっ、シシヤマちゃんじゃねーの! めっちゃ久しぶりじゃーん」
ウェーイ、と歓声を上げながら、シシヤマさんとナリヒラさんがハイタッチした。えっ、このふたりも知り合いだったの!?

思いがけない関係性を続けざまに見せられ、驚きっぱなしの僕らの横で、
「ほう、巡査と売れっ子作家のお出ましですか」
カゲヤマさんがすましてそう言うと、ミチナガさんは目をカッと見開いた。
「な、何をのん気なことを! イノシチさんにとっては大切な、兄上も同然のお二方ですぞ! おお、なんと尊い、ありがたや」
両手をすり合わせて、拝むようなポーズまでし始めた。いや、まあそうだけど、ちょっと大げさな気もする。

「……ともかく、ちょっと事情を聞かせてもらえないでしょうか?」
イノガタさんが、懐からペンとメモ帳を取り出しながら言った。


→最終回に続く…!

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