『東京の敵』#5 トヨタの張富士夫名誉会長に組織委員会会長を打診。コスト抑制とガバナンスのため。ところが森喜朗による猛攻撃が始まって。

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なぜ森氏が会長になったのか

 では、なぜ組織委員会はいまのように森氏が主導する体制となってしまったのか。
 2013年9月、招致に成功して、招致委員会を解散した後、組織委員会を立ち上げることになり、誰を会長にするかが大きなテーマになりました。
 僕は、JOC竹田恆和会長とともに「民間人の会長がふさわしい。コスト意識の強いトヨタの会長を務めた張富士夫さんが適任ではないか」という案をつくりました。すると、そうした動きを察知してか、森氏と安倍首相の会談が行われます。
 そこで、僕はすぐに菅義偉官房長官に会い「五輪は東京都とJOCが決める事項です。オリンピックが東京に決まった際にロゲ会長の前でサインしたのは、JOC会長と都知ですよ。ワールドカップは国ですが、オリンピックは都市が中心となるのです」と話しました。菅官房長官は 僕の話を理解してくれました。
 ただし、そうした僕の動きが、森氏を怒らせることになります。「森外しをしている」という話につながり、そこから、森氏からの猛烈な攻撃が始まります。2013年11月号の文藝春秋には、森氏の長い寄稿が掲載されて、その中では、僕に対してこう言及しています。
 「(猪瀬直樹知事は)自分の力でやったと思い込んでいるところが可愛らしいけど、彼が英語でスピーチしたところで招致レースには大した影響はない」
「前回の招致活動で約七億円の赤字を出したことや都議会が承認しなかったこともあり、今回、東京都はほとんどカネを出さなかった。そのくせ猪瀬知事はローザンヌとブエノスアイレスと二度にわたって、IOCの会議で『都はキャッシュで約四千億円を銀行に預けている」と宣言した。これから多くの施設を造るのだろうが、それらの多くは東京の所有物だ。何でも国におんぶに抱っこという気持ちはこの際、もう捨てて欲しい」
 招致活動で「東京都はほとんどカネを出さなかった」という趣旨に誤りがあります。
 2016年(招致活動は2009年)の招致で150億円と費用がかかりすぎたので今回の招致の税負担を75億円から35億円に減らしたのです。民間の寄付金54億円と併せ、総額89億円で招致を成功させたのでした。
 この文藝春秋が発売されたのは10月10日で、12日に森氏を会長とする方向で調整がなされていることを新聞各紙が報じます。一連の動きには排除されるかもしれないという危機感があったのでしょう。結果的に排除されたのは僕のほうでした。
 当初は張さんに会長になってもらい、僕と竹田さんで副会長を務めつつ、外資系金融・会計・コンサルで実績のある人間にCFO(最高財務責任者)として入ってもらえるよう、水面下で動いていました。ロンドン五輪の組織委員会でCFOを務めたのが、世界最大手会計会社のデロイト・グルーブのイギリス本社で共同責任者を務めていたニール・ウッド氏であったことや、世界的投資銀行であるゴールドマンサックスのテリー・ミラー氏がかかわっていたことにならっています。役人が上に立ってもガバナンスは利きません。トヨタで経営をしてきた張さんとシビアなCFOがいれば、お役所のような無責任経営にはならないと考えたのです。
 しかし、僕が12月に都知事を辞職せざるを得ない状況になり、森氏が会長に就任することになってしまいました。
 当時を振り返って、僕の読みが甘かったことも後悔しています。僕は森氏がそんなに力を持っているとは思っていなかったのです。
 森氏は首相を辞任した後、小泉さんが5年半総理大臣をやっていた間に、派閥を固めていたということを知りました。5年半のあいだ、ずっと人たらしをやっていたのです。
 そのなかに同じ派閥の安倍首相もおり、とりわけスポーツ協会や文教族の人間と関係を深めていました。
 小泉内閣のその期間 僕はずっと道路公団民営化のために奮闘していました。田中角栄・竹下登の経世会の流れを引く道路族が既得権益であり、敵だと思って活動していました。しかし、いつの間にかそういう人たちが権力を持っている時代から、教育やスポーツの予算を決める文教族が力を持つ時代になっていたのです。
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