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「不適切な表現に該当する恐れ」

NTT DOCOMOが運営するgooのブログを利用しているが、久しぶりに過去の投稿をチェックしていて、一部のページに「不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています」との指摘があることに気付いた。
調べてみると、2021年12月から「goo blogにおける、差別的又は差別を助長するおそれのある表現への対応方針」に基づいてに対応しているらしい。【資料1】

しかし、いったいどの部分を非表示にしているかが示されていないので、読んでいて意味が通らない箇所があると「?」という程度で、何が問題になっているのか、どの程度非表示となっているのかが、さっぱりわからない。

そこで、元データと、実際に表示されている文章を読み比べるしかなかったのだが、その結果、「非表示」になっているのは、「部落」「河原者」「非人」「屠殺」という単語であることがわかった。しかし、全てが非表示になっている訳でもなく、どういう基準で判断されたのか、疑問が膨らむ。

たとえば、2011年、人権啓発研究集会のワークショップ「姫路・皮革産業の歴史をたどる」に参加した報告では、ワークショップの地区名はそのままで、人権啓発において、なぜ皮革産業の歴史を取り上げるのかについて解説した部分の「日本の皮革産業の歴史は、被差別部落の歴史と重なる部分が非常に大きい」の中の「部落」という単語のみが消え「被差別部落の歴史」が「被差別の歴史」となっていた。

また、部落問題の研究に関する文献の紹介でも、タイトルや団体名といった固有名詞の一部が削除されていた。
東日本部落解放研究所の機関紙『明日を拓く』に掲載された「骨・血・筋・臓器の利用史と化製業の社会的役割について」では、「東日本部落解放研究所」という団体名が、「東日本解放研究所」となっていた。
東日本部落解放研究所は、「部落差別をはじめ一切の差別の撤廃をはかる」ことを目的として設立され、研究者など個人、団体、企業が会員となっている。会員の中には、NTT DOCOMOも加入する東京人企連がある。その「東日本部落解放研究所」という団体名を、「不適切な表現に該当する恐れがある」という理由で、「部落」を削除し「東日本解放研究所」と表示するとは、いったいどう解せばよいのだろうか。

論文「近世名古屋の非人について」というタイトルの「非人」が抹消され「近世名古屋のについて」という奇怪で意味不明なものになっている。論文「近世名古屋の非人について」は、近世の身分について論じたもので、『新修名古屋市史』の参考文献ともなっているのだが、このようにタイトルを改ざんするような扱いは、部落問題を理解し差別をなくすことに有効なのだろうか。

では、「部落」という単語を忌避して全て非表示にしているかというと、四日市市が編さんした『四日市の部落史』については、そのまま「部落」が表示されているので、単純に文字だけで判断している訳でもなさそうである。 

「河原者」についても、中世の被差別民衆史研究の先駆である横井清の文章の引用から、漢字の「河原者」が消えている。「山水河原者(せんずいかわらもの)の又四郎」が、「山水(せんずいかわらもの)の又四郎」となり、「山水河原者の苦悩」が「山水の苦悩」となっている。ひらがなの「かわらもの」はそのままで、漢字の「河原者」だけが消えている。

「屠殺」は、かつて日本で屠場、食肉市場で働く人に対する差別的な意識が強かった時代に、否定的な印象を与えるとして「屠殺場」は「屠場」と言い換えるようになった経緯がある。そのため、「差別的又は差別を助長するおそれのある表現」とみなされたのではないか。
しかし、今回対象となったのは、外国の文化を論じた文章である。肉食文化とは、動物の命を奪うことぬきには成立しないため、「屠殺」は避けて通れない行為である。そのため肉を食べるということは、宗教行為や人間観などの価値観と関わっている。
たとえば、ユダヤの人びとにとって、屠畜は宗教的な意味が重視される特別な行為であることを紹介した次の文章から、「屠殺」の二文字が消え、「正しく屠殺し」が「正しくし」となっていた。
「屠畜は、ショーヘートとよばれる専門のものによって、決められた手順で行われる。正しく屠殺し、病気に罹っていないかを確認し、塩漬けしてよく洗い、聖書が禁じている血が取り除かれた」(参考『ユダヤ思想の発展と系譜』) 

また、フランスの小説家ルナール(1864年- 1910年)が、貧しい田舎の一家の日々の暮らしの機微を描いた『フィリップ一 家の家風』から、豚を屠畜する日のことを紹介した文章からも、「屠殺」が消えた。「屠畜」とは、「屠殺」であることを、当時の人びとは現実として受けとめていたであろう。

インターネットにおける揶揄、差別、憎悪に対して、運営スタッフが苦慮していることは承知している。問題解決のためには、利用者も含めて取り組むことが必要だ。

しかし、だからこそ部落問題を解決するために、これまで築き上げられてきた研究や運動の蓄積を、このような拙速な判断で改ざん・破壊することは、解決のために有効ではない。
「goo blogにおける、差別的又は差別を助長するおそれのある表現への対応方針」において参考にしたという「インターネット上の同和地区に関する識別情報の適示事案の立件及び処理について(依命通知)(法務省権調第123号 平成30年12月27日)」で指摘しているのは、「特定の地域が同和地区である、又はあったと指摘する情報」である。
更に「特定の地域が同和地区である、又はあったと指摘する情報であっても例外的に削除要請等の措置を講じるのが相当でない場合も考えられないではない。例えば、学術、研究等の正当な目的による場合」とも指摘している。

「差別」をなくすためには、理解に基づく共感が大切だと思う。安易な規制は、深く考え理解する機会を奪うのである。

この度の「部落」や「河原者」「非人」という単語の非表示は、依命通知の趣旨からみても適切ではないことは明らかだろう。
gooスタッフのみなさんには、ご理解いただけるものと信じている。

【goo blog  いのりむし文庫】
■これまでに書いたもの
2015-07-10 | いのりむしについて
中島久恵(Nakajima Hisae)

 ●「骨・血・筋・臓器の利用史と化製業の社会的役割について」 
  (『明日を拓く』 第65号 東日本部落解放研究所  2006
年) 

●『モノになる動物のからだ 骨・血・筋・内臓の利用史』 批評社 2005年
 
 ●「動物の利用に関する仕事」
     (『四日市の部落史 民俗編』 四日市市 2001年)

 ●「近世名古屋の非人について」 (『岐阜史学』86号 岐阜史学会 1993年)
 

【goo  blog  人と動物の過去・現在・そして… 】

◾️横井清 「殺生の愉悦」 1988
たとえば、山水河原者(せんずいかわらもの)の又四郎が語ったとされることば「それがし一心に屠家に生れしを悲しむ、故に物の命は誓うて之を絶たず、又財宝は心して之を貪らず」を紹介して、次のように述べた。
 →山水(せんずいかわらもの)の又四郎

又四郎もまた「不浄の源」を観じ、「貪欲の心」を抑制することに人として生きる道をみいだしていたのである。だが、ここには、人間ひとしなみに穢身を観想する思想の次元よりも、はるかに深い底のほうで穢というものを己が身の内に確認せざるをえなかった「賎民」としての山水河原者の苦悩が浮かんでいる。「中世の触穢思想 ―民衆史からみた―」 (『中世民衆の生活文化』1975)

◾️マルク・シャガール わが回想 1931年
屠畜は、ショーヘートとよばれる専門のものによって、決められた手順で行われる。正しく屠殺し、病気に罹っていないかを確認し、塩漬けしてよく洗い、聖書が禁じている血が取り除かれたという。(『ユダヤ思想の発展と系譜』 イジドー・エプスタイン著/安積鋭二・小泉仰共訳 紀伊国屋書店)
  →正しくし、

◾️ルナアル『フィリップ一家の家風 (Les Philippe) 』(1907年) 岸田国士訳
『田園詩』によると、フィリップ家は、特段決まった仕事をしているのではなく、家畜の世話、豚の屠殺、小麦の刈り取り、屋根ふき、家の修繕、錠前屋など、頼まれれば何でもやる「よろず屋」であったらしい。
   →家畜の世話、豚の、小麦の刈り取り、
『フィリップ一家の家風』には、豚を屠殺する日の出来事が記されている。
   →豚をする日の出来事

【資料1】
2021-12-09 11:36:48 | お知らせ

いつもgoo blogをご利用いただきありがとうございます。

本日より、goo blogでは、「goo blogにおける、差別的又は差別を助長するおそれのある表現への対応方針」に従い、ブログ記事について以下の対応を行わせていただきます。

・不適切な表現に該当する恐れがあるコンテンツについて、ブログ記事に「不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています」のメッセージを表示し、その一部を、goo blogサービス利用規約の内容を踏まえた当社方針に基づき非表示にさせていただきます

詳細につきましては、以下をご確認ください。

■goo blogにおける、差別的又は差別を助長するおそれのある表現への対応方針
https://help.goo.ne.jp/help/article/2585/
※再表示申告もこちらからお問い合わせください(2021.12.20 追記)

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